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329.膨れ上がる嫉妬心

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 香織が仕事へと戻り、入れ替わりに隼斗が休憩に入った。隼斗が何か喋りかけ、美羽はそれに答えたが、何も頭に入ってこない。

 せっかく隼斗が作ってくれた、牛肉がほろほろと崩れるほどに柔らかく煮込んだ絶品のポークローストも、砂を噛んでいるようにしか感じなかった。

「……ぅ。美羽!」

 自分の名前を呼ばれ、ようやく美羽は現実へと引き戻された。

「お前、大丈夫か? もし、体調が悪いなら無理するな」

 隼斗の真摯な瞳が、美羽を気遣わしげに見つめている。

 ぁ。また、隼斗兄さんに心配かけちゃってる。

「ううん、違うの」
「……あの人の、ことか?」

 華江のことを指摘され、美羽の心臓がドクッと嫌な音を立てた。

 教団施設を出た時は、母のことを心配していたはずなのに、未だに類に母のことも、オカダリョウジのことも聞けていなかった。類が自分を見てくれないこと、愛してくれないことで頭がいっぱいになっていた。

 隼斗兄さんに言われるまで、お母さんのことを考えることすら、忘れてたなんて……

 蒼白になる美羽に対し、隼斗が頭を下げた。

「美羽、すまない。俺なりに調べてはいるんだが、遠くにいてはなかなか情報を掴むことが出来なくてな。店のこともあるし……」

 真剣に美羽のために奔走してくれている隼斗のことを思うと、申し訳なかった。

「隼斗兄さん、どうか危険なことはしないで。私、隼斗兄さんに何かあったらと思うと、怖いの」

 これ以上隼斗が嗅ぎ回り、類のテリトリーに侵入してしまったら、彼が危険な目に晒されるのではないかと美羽は怯えた。

 隼斗はその言葉を聞き、クスッと笑った。

「俺のことなら、大丈夫だ。心配するな」

 貴重な隼斗の笑顔が見られ、美羽もつられて笑みを返したが……心の不安は拭い切れないままだった。

 休憩から戻ると、厨房のカウンター越しに香織と類が楽しそうに話しているのが見え、美羽の胸がズキンと痛む。

 そんな楽しそうな顔、かおりんに向けないで。
 私だけを見て……

 黒い思いが湧き上がり、そして後悔する。

 なんてこと、考えてるの。

 かおりんはただ、類と仕事の上での話をしているだけなのに。これ以上こんなことが続いたら、私はかおりんに嫌な気持ちを抱いてしまう。

 お願い、類。かおりんは、私の大切な親友なの。嫌いになりたくないの。これからも、ずっと大事にしたい関係なの……だから、これ以上かおりんに近づかないで。

 休憩から戻ると、類の声が聞こえてきた。

「あ、かおりん! これ、3番テーブルに持ってって」

 美羽は、思わずビクンと肩を震わせた。

 類は香織のことを、今まで『香織さん』と呼んでいた。

 どうしても、私に嫉妬させたいのね……類。

 美羽は唇を噛み締め、グッと拳を握り締めた。

 美羽は類と香織とのことを考えないようにと、仕事に集中した。暇な時間が少しでもあれば、いつもは清掃しないような場所を綺麗にしたり、在庫確認をしたり……とにかく、体を動かして、何も考える隙を与えないようにした。

 厨房カウンターからそれを垣間見た浩平が、舌を巻いた。

「なんか今日の美羽さん、いつも以上にてきぱき動いてるっすよねー。ひゃー、仕事熱心!」
「お前もそんなこと言ってる暇があるなら、少しでも動け」

 隼斗が浩平の頭をコンと叩きつつ、美羽の様子をじっと見つめた。

 よう、やく……仕事が、終わった。

 更衣室で着替え終わると、類が笑顔で待っていた。

「ミュー、帰ろ♪」
「うん」

 美羽の心がほわっと温かくなった。

 良かった。少しでも、類と一緒にいられる……
 貴重な、ふたりきりの時間。

「あ、でもちょっと待ってて。かおりんも一緒に帰るから」
「えっ、かおりんも!?」



 なんで、かおりんが……いつも一緒に帰らないのに。



 香織は閉店作業までするので、いつもであれば帰りはふたりより遅い。
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