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347.唯一、欲しいもの

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 あの頃……類は、自暴自棄になっていた。自分ではどうにも出来ない事態に嘆き、苦しみ、悶えていた。

 ストレスの捌け口として気軽な気持ちで参加した、秘密クラブ。もちろん、そんなことで類の鬱積した抑圧が解放されるはずもなかった。

 だが、周りから崇められ、煽てられて、いい気になっていたのも事実だ。気がつけば、当初数人だった秘密クラブはあっという間に数十人単位となり、類はその最高位に君臨していた。

 あの秘密クラブでの儀式を通じ、義昭という存在に気づき、彼の特異な性癖を見抜くきっかけともなった。

 それが、美羽から隠しておきたかった自分の過去を暴くための材料となってしまうなんて……思いもしなかった。

 美羽は、自分をサディストだと思っただろうか。鞭を打つことで快感を得る、変態だと。
 美羽以外の誰にでも欲情するような、浮気者だと思っただろうか。

 或いは……虐待されているのでは類ではなく、父親ではないかと疑いを抱いただろうか。



 ったく、何もかもうまくいかない!!



 類は苛立たしい表情でくるりと躰を回転し、枕をボスッと殴った。

 美羽と再会すれば、彼女の気持ちは昔のように自分に傾くと思っていた。

 クリスマス・イブ……確かに、ふたりの思いは固く結ばれたはずだったのに。あの女の呪いによって、引き裂かれてしまった。

 あの女がいる限り……ミューと僕は結ばれない。
 呪縛を断ち切らない限り、繋がることができない。

 再び閉ざされてしまった、美羽の心。そこには、硬く鍵がかかっている。

 類は頸に指を伸ばし、チェーンに引っ掛けて持ち上げた。

 その先に光る、銀色の小さな鍵を掴む。美羽の首に掛けられた、南京錠を解く鍵だ。

 類は鍵を唇へと持っていき、そっと触れた。冷たい金属の感触が伝わってくる。

 ミューの心を開く鍵を持ってるのは、僕なんだよ。
 他の誰にも、できない。させない……
 ミューは、僕だけのものなんだから。
 
 たとえミューの鍵穴が形を変えたとしても……無理やりにでも、こじ開けてやる。

 短く息を吐き、スマホをスライドする。

 美羽の部屋にだけ仕掛けられていた監視カメラは、今やこの家の至る所に設置されている。家の中での美羽の行動は、すべて類によって見張られている。

 いや、家の中だけではない。南京錠に仕掛けられたGPSによって、家の外の行動すら、類は把握している。

 把握できないのは、美羽の心の中だけだ。

 浴室で美羽が少し背中を反らし、シャワーを浴びている。類の好きな白い頸から鎖骨の美麗なデコルテが見え、その先の豊かな胸が水飛沫を弾いている。長い髪が首元に纏わりつき、美羽は両腕をあげて髪を掻き上げ、背中側へと回した。

 類の興奮が、昂っていく。
 
 ミュー、ねぇ……こっちを見て。
 僕を、僕だけを見てよ。

 美羽を愛おしいと思うのと同じぐらい、あくまで拒絶しようとする彼女に憎しみも感じる。



 こんなに……こんなに、愛してるのに!!




 素直に愛情を示しても、優しくしても、同情をひいても、振り向いてくれない。僕のことを愛してるのに、愛してないと言う。
 嫉妬してるくせに、寂しくてたまらないくせに、意地を張る。

 ミューが憎い。憎くて堪らなくて……苦しめたくなる。もっともっと、痛みを味わせたい。

 僕のことで、気が狂うほどに。泣き叫べばいい!!

 感情が嵐のように大きく渦を巻く。大事にしたい、守ってあげたい、優しく愛したいという思いが、憎しみに呑み込まれていく。

 苦しくて、苦しくて……涙が目尻から溢れる。

「ウッッ……クッ」

 それでも、愛することをやめられないんだ。他なんて、どうでもいい。
 ミューだけが、欲しい。

 欲しいんだ……
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