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「ただいまぁー……」
玄関から疲れたいつもの声が聞こえて、美花はキッチンでビクン……と身体を揺らした。時計を見ると、まだ21時を回ったばかり。
ーーーちょっと、早すぎるんじゃないの?
毎日のように0時近くに帰ってくる浩峨の、思ってもみない早い帰宅に焦る。
しかし、玄関から直ぐにキッチンが見えるこのマンションの造りでは隠れようがない。
「あれれ? 美花ちゃん、そんな所で何してるの? 」
「なっ、何もしてないわよっ 」
言いながら、振り向いて背中に鍋を隠す。
「早かったのね、お帰りなさい 」
顔を見られないまま、俯いてそう言うと「うん、ただいま 」と、今度は明るい声が返ってきた。
ここでこの人と暮らし始めて、一ヶ月が経とうとしている。
最初は浩峨が帰りに買ってくる食事を待っていたが、全くどういう仕事なのか、週に1~2回ある夜勤と突然の呼び出しにこの人の言うことは本当だったと理解した。
宿泊代は払っている、気兼ねする必要はない。コンビニエンスストアの似たような味付けの弁当にも飽きた。
だから、何の気なしに言ったのだ。私が食事を買ってきておくと……。
ただそれだけのことだったのに、その時のこの人の嬉しそうな顔ったら無かった。
「美花ちゃんが買って、用意してくれるの? 」
「かっ、買ってくるだけよ。作る訳じゃないわ 」
「それで十分だよ 」
長い腕を伸ばされて、頭をよしよしと撫でられる。
「美花ちゃんは、いい子だね。毎日、キチンと掃除はしてくれるし、食事の後片付けもしてくれるし、慣れないのに洗濯も。」
前屈みになり、目線を同じにしてニッコリと笑い掛けてくるから、美花は気持ちがどこかモゾモゾとなって横を向いた。
「……それくらい、誰だってするわよ 」
「そんなことないよ。美花ちゃんだからやってくれてるんだって、ちゃんと分かってる 」
温かな大きな手が心地好い。
でも、こんなこと、親にも兄達にも、誰にもしてもらったことなど無かったから戸惑ってしまう。
じんわりと、けれど確かに心の中が温まってくるこの感覚を、何と呼んだらいいのか……。
いい子だねって、言われたい訳じゃない。優しく頭を撫でられたい訳じゃない。
でも、これだけのことでこんなに喜ぶなら、これ以上のことをやったらどういう表情を見られるのか知りたかっただけだ。
……まさか、こんな大変なことになってしまうなんて分からずに。
「美花ちゃん、外までいい匂いがしてたんだけど…… 」
「気のせいっ……、じゃない? 」
「ううん、気のせいじゃないと思う。 僕は、これはシチューとみた 」
言い当てられて、どくん……と心臓が跳ねる。
「隣の家よ、きっと 」
「……美花ちゃーん」
苦笑する声とともに、ふわり……と男の体温に包まれた。
仄かに鼻を突く、消毒薬の香り。
「……!? どこか、怪我をしてるの? 」
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