39 / 74
3.
4-9
しおりを挟む煩い位の蝉時雨。
纏わり付く暑さに辟易しながら、庭を抜けて裏門から外に出ようとした時だった。
突然の風に、被っていた帽子が攫われた。
『あ……っ 』
目で追った帽子の白さは夏の陽光の中、目にも眩しく、風に舞って青々と葉の茂る桜の木の枝に引っ掛かった。
帽子はそこで動きを止め、落ちる気配を見せない。
近寄ると思ったよりも枝は高かったが、美花の背でも背伸びをすれば何とか届きそうでホッとする。
けれどそれは甘い目測だったと、美花は直ぐに知った。
爪先で立って思い切り背を伸ばし、ぴょんと跳ねても、指先が掠るだけで一向に帽子は取れない。
時間はどんどん過ぎて、気持ちは焦る。
だから気付かなかったのだ、いつの間にかあの人が側に来ていたことに。
突然、後ろからスッと伸びてきた手は、白い帽子を簡単に取った。
驚いて振り向くと、背の高いスーツ姿の見知らぬ若い男が、帽子を手に取って立っている。
この人だ……!
美花は、直感的に悟った。
どうしよう、逃げそびれた。 それだけじゃない、きっと、逃げようとしていることも知られてしまった。
青くなりながら、美花は男の様子を伺う。しかし、男はいつまでも黙ったまま、美花の帽子を見詰めている。
どうしたのだろう……。思いながら、恐る恐る声を掛けようとした時だった。
男が微笑んだのだ。 それはもう、優しく、綺麗に。
男の人に綺麗だなんて、おかしいのかもしれない。 だけど、美花には、他に表す形容詞が見当たらなかった。
『あの…… 』
男の視線が、ようやく気付いたかのように美花を捉える。
『……これ、君の? 』
陽に透けた薄い茶色の髪が、サラサラと風に靡く。
さっきは気が動転していたが、改めて見ると、この人がおそろしく容姿の整っていることに気付いた。
同時に、正面から受け止めた微笑みは、既に先程のものとは違っていることにも。
頷いた美花の手に、返された帽子が乗せられる。
『すまない。 昔のことを……、知っている人のことを思い出していました 』
それはきっと、この人が誰よりも大切に想っているヒト……。
『私は斎賀 朔耶といいます。あなたは、七瀬さんのお嬢さんの美花さんですね? 』
斎賀 朔耶ーーー。
美花は心の中で何度も名前を反芻する。
ずっと、相手なんて、誰だっていいと思っていた。
誰だって、変わらない。だけど、この人に想われることが出来たなら、あんな表情をして貰えるの?
一番欲しかったものを、やっと見つけた気がした。
なのに、あの欲しかった眼差しも、向けられていたのは……。
「……そうだ。 橘さんは、好きにならなかったの? 」
「……? 」
「うちの……、七瀬のご当主様 」
美花は、喉の奥のささくれるような痛みを堪えて、小さく笑う。
七瀬の当主だからというだけではなかった。
実際に、斎賀 朔耶は、全てを奪って何も持たなくなっても、璃桜ちゃんを自分のものにした。
皆が璃桜ちゃんを欲しがる。
世の中の綺麗を全部集めたような、透明で、濁りのない、宝石みたいな璃桜ちゃんを。
「七瀬家の当主というと、朔耶の奥さんの璃桜さんのこと? でも、どうして僕が? 」
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる