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しおりを挟む浩峨が身を屈め、メモを手に取るのを見て、美花は顔を背ける。
本当なら、見ないでと叫んでしまいたい。
だけど、これで良かったのだとも思う。 今から話さなければいけなかったことを、口に出して言う必要が無くなるのだから。
見て欲しくない気持ちと見られて良かったと相反する気持ち。異なる気持ちが美花の中で何度も交差した。
……嫌いになってくれればいい。
美花は思う。こんなに良くしてやったのに、黙って出て行こうとした恩知らずな奴だと、私のことなんか呆れて見捨ててくれればいい。
そうしたら私は、楽園のようだった優しい場所から、心を残さずに出て行くことが出来る。
でも、そう思うのに、そうしなきゃいけないのに、どうしてこんなに胸が痛いの?
苦しくて苦しくて、息が出来ない。まるで自分の回りの空気が無くなってしまったようだ。
その時間は、一秒にも一時間にも感じられた。
実際には、ほんの数秒のことだったと思う。
手紙に目を走らせた浩峨が、プツリと沈黙の糸を切るように、言葉を発した。
「なんだこれ、昨日の今日で舌の根も乾かないうちにおっかねぇなぁ…… 」
呟く声に、ビクッ……と肩が揺れる。ヒラヒラと紙を振る音がした。
「ねぇ美花ちゃん。 俺の嫁さんになる約束しておいて、他の男と駆け落ちですかー? 」
嫁さん? そんな約束した覚えは……。
そこで美花は、初めて気付く。さっきの婚約者というのも、まさか昨夜の?
嘘よ、だってあれは……。
すると、混乱した美花の耳に、市之宮の相手を馬鹿にした含み笑いが聞こえた。
「は? お前、頭おかしいのか? 美花と結婚だって? 」
それを聞いて、頭の中が少し冷える。
そうよ、あれはあの場の冗談だった筈。本気にしてはいけない。
けれど、浩峨は市之宮の声が聞こえていないかのように、静かな、しかし部屋に響く通る声で美花に言った。
「……おい、美花。 顔を上げてちゃんと俺の顔を見ろ 」
呼び捨てにされた名前に浩峨の怒りを感じ、顔を伏せたまま首を横に振った。
「美花! 」
苛ついた声でもう一度名前を呼ばれて、美花はもっと首の振りを激しくする。
あんなに優しい浩峨さんをこんなにも怒らせてしまった。
見ろと言われても、どんな顔をして見ればいいのか分からない。
何時までも首を振り続ける美花に、埒が明かないと浩峨が大仰に吐息する。
「お前はさ、一体何が怖いの? まさかとは思うけど、そこに転がってるドラ息子なんかに俺が負けるとでも思ってる? 」
尖った鋭い声の含む意味。
気付いた美花は、ピタリと動きを止めた。
もしかして、浩峨さんは全てを知っている……?
「そうだとしたら、低く見られたもんだね。こっちは、美花の為なら宗旨替えしてでも守ってやるって思ってるのに 」
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