57 / 152
7.
11-9
しおりを挟む「ちゃんと、分かってはいるんですね 」
「え…… 」
「認めてはいるんだ、俺が貴方の《運命の番》だって 」
くっくっと嚙み殺すような笑い声。表情は俯いたままで見えない。
「久、我……? 」
「宥めても、賺しても、訴えても、懇願しても受け入れて貰えないなら、貴方の気持ちとやらは今は要りません 」
今までとは違う、ひんやりとした物言いに背筋が冷たくなる。
「……久我? 」
心配になって下から顔を覗き込もうとしたら、その前に央翔が顔を上げた。
「お前、どうし……」
「好きですよ 、真祝さん 」
泣いてるのかもしれないと思ったのに、にっこりとした笑顔を向けられて、思わず怯む。
「次はアフターピルなんて使わせませんよ 」
そんな、笑えないことを言って真祝をゾッとさせ、狼狽させた央翔は、不意に今日は帰ると言った。
「すみません、ちょっと質の悪い冗談でしたね。そんなに怖がらないでください 」
本当に冗談だったのかと思いつつも、緊張し、強張った身体の力が抜ける。
「明日の朝、どうしても出席しなくてはいけない会議があるので今日は帰りますね。明日、また来ますから 」
上掛けにくるまりながら、「もう2度と来んな 」 と言ったら、「憎まれ口も可愛いです 」と抱き寄せておでこにキスをした。
「やめろよ 」と真祝が振り払うと、「はい 」と両手を上げて素直に離れる。
やめろよと言ったくせに、簡単に離れられると何故か不安な気持ちになった。
帰り支度を始め、スーツのジャケットに腕を通そうとした央翔が、肩越しに振り返り真祝を見て、何かに気付いたように「あ、そうだ 」と言う。
そして着掛けたジャケットを脱ぐと、質の良いそれを真祝の肩に掛けた。
意味が分からなくて「何? 」と聞いたら、「きっと、必要になると思います 」と央翔が微笑む。
夜はまだ寒いこの時期、室内に居る真祝よりも、外に行く央翔の方が余程必要だろうに、言葉の意図を分かりかねた。
「いらねぇよ 」と返そうとすると、「真祝さんは本当に《番》を甘くみてるんですね 」と苦笑され、馬鹿にされた気になった。
「本当は一緒にいてあげたいんですが、突然こんなことになったので、何にも準備してないんです。できるだけ早く、真祝さんの所に帰って来るつもりですけど、精神安定のために少しでも巣作りのための巣材は必要でしょ?」
《巣作り》とは、発情期のΩが、愛するαを待つ間、αの匂いに包まれていたい、と本能的にαの衣類や物をベッドなどのΩにとって居心地が良い場所に持ち込み、くるまっている行為である。
意識すれば、ジャケットからは、あまくて心地の良い央翔の匂いがした。匂いに包まれて、うっとりと酔いそうになる自分が怖くて、真祝は央翔にジャケットを投げ返す。
「いらねぇって言ってるだろ。」
投げ返されたジャケットに、央翔が「全く…… 」と、ため息を吐く。
「心配なんですよ 」
「お前に心配されることなんて、何もない 」
央翔はもう1度、真祝にジャケットを掛けてくるむと、そのまま耳許で囁くように言った。
「今は僕が貴方の身体の中に注いだものが効いていて、貴方の発情を抑えてる。でも、明日になれば、その効力も弱まって、身体が僕の味を覚えた分、欲しくて堪らなくなる 」
「なっ……?! 」
震えるような低音で紡がれる悪魔の呪文みたいな言葉に、思わず囁かれた耳を押さえると央翔が真祝から身を離す。
「いつもの発情期の比なんかじゃありませんよ。気が狂いそうになる位、苦しい筈です。しかも、その苦しさから助けてあげられるのは《番》である僕しかいない。もう貴方は僕だけのΩで、他の相手を誘うことも出来ないし、抱かれることも出来ないんですから 」
シャツのままの央翔は、つかつかと自分の鞄を持つと玄関に向かう。
「僕がここに戻るまで、良い子にしていて下さいね 」
振り向き様、微笑みながらそう言って、央翔は部屋を出ていった。
35
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
続編執筆中
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる