月夜の小鳥は哀切な嘘をつく【本編完結。アナザーストーリー連載中★】

山葵トロ

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 「ちゃんと、分かってはいるんですね 」

 「え…… 」

 「認めてはいるんだ、俺が貴方の《運命の番》だって 」

 くっくっと嚙み殺すような笑い声。表情は俯いたままで見えない。


 「久、我……? 」

 「宥めても、賺しても、訴えても、懇願しても受け入れて貰えないなら、貴方の気持ちとやらは今は要りません 」

 今までとは違う、ひんやりとした物言いに背筋が冷たくなる。


 「……久我? 」

 心配になって下から顔を覗き込もうとしたら、その前に央翔が顔を上げた。


 「お前、どうし……」

 「好きですよ 、真祝さん 」

 泣いてるのかもしれないと思ったのに、にっこりとした笑顔を向けられて、思わず怯む。

 「次はアフターピルなんて使わせませんよ 」

 そんな、笑えないことを言って真祝をゾッとさせ、狼狽させた央翔は、不意に今日は帰ると言った。

 「すみません、ちょっとたちの悪い冗談でしたね。そんなに怖がらないでください 」

 本当に冗談だったのかと思いつつも、緊張し、強張った身体の力が抜ける。

  「明日の朝、どうしても出席しなくてはいけない会議があるので今日は帰りますね。明日、また来ますから 」  

 上掛けにくるまりながら、「もう2度と来んな 」 と言ったら、「憎まれ口も可愛いです 」と抱き寄せておでこにキスをした。

 「やめろよ 」と真祝が振り払うと、「はい 」と両手を上げて素直に離れる。

 やめろよと言ったくせに、簡単に離れられると何故か不安な気持ちになった。
 帰り支度を始め、スーツのジャケットに腕を通そうとした央翔が、肩越しに振り返り真祝を見て、何かに気付いたように「あ、そうだ 」と言う。

 そして着掛けたジャケットを脱ぐと、質の良いそれを真祝の肩に掛けた。

 意味が分からなくて「何? 」と聞いたら、「きっと、必要になると思います 」と央翔が微笑む。
 夜はまだ寒いこの時期、室内に居る真祝よりも、外に行く央翔の方が余程必要だろうに、言葉の意図を分かりかねた。

 「いらねぇよ 」と返そうとすると、「真祝さんは本当に《番》を甘くみてるんですね 」と苦笑され、馬鹿にされた気になった。

 「本当は一緒にいてあげたいんですが、突然こんなことになったので、何にも準備してないんです。できるだけ早く、真祝さんの所に帰って来るつもりですけど、精神安定のために少しでも巣作りのための巣材は必要でしょ?」

 《巣作り》とは、発情期のΩが、愛するαを待つ間、αの匂いに包まれていたい、と本能的にαの衣類や物をベッドなどのΩにとって居心地が良い場所に持ち込み、くるまっている行為である。
 意識すれば、ジャケットからは、あまくて心地の良い央翔の匂いがした。匂いに包まれて、うっとりと酔いそうになる自分が怖くて、真祝は央翔にジャケットを投げ返す。

 「いらねぇって言ってるだろ。」


 投げ返されたジャケットに、央翔が「全く…… 」と、ため息を吐く。

 「心配なんですよ 」

 「お前に心配されることなんて、何もない 」

 央翔はもう1度、真祝にジャケットを掛けてくるむと、そのまま耳許で囁くように言った。


 「今は僕が貴方の身体の中に注いだものが効いていて、貴方の発情を抑えてる。でも、明日になれば、その効力も弱まって、身体が僕の味を覚えた分、欲しくて堪らなくなる 」

 「なっ……?! 」


 震えるような低音で紡がれる悪魔の呪文みたいな言葉に、思わず囁かれた耳を押さえると央翔が真祝から身を離す。

 「いつもの発情期の比なんかじゃありませんよ。気が狂いそうになる位、苦しい筈です。しかも、その苦しさから助けてあげられるのは《番》である僕しかいない。もう貴方は僕だけのΩで、他の相手を誘うことも出来ないし、抱かれることも出来ないんですから 」

 シャツのままの央翔は、つかつかと自分の鞄を持つと玄関に向かう。


 「僕がここに戻るまで、良い子にしていて下さいね 」

 振り向き様、微笑みながらそう言って、央翔は部屋を出ていった。





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