39 / 43
第7話
合宿と適正 ②
しおりを挟む
一学年七名と引率の教官を乗せたマイクロバスは、東北自動車道で那須へ向かった。
那須ICで下道に降り、さらに十分ほど進むと、道沿いに牧草地が出てきた。
干し草ロールを発酵させてつくる、サイレージが積まれている。
二泊三日の夏季合宿である。
合宿と呼ばれているが、訓練漬けの日々から離れ、レクリエーションを愉しむ行事だと先輩からは聞いていた。
あいがイメージしたのは、中学時代の林間学校だった。
マイクロバスは峠を二つ越え、宿泊予定の民宿に到着した。
「よぉ来てくださいました。ちょうどええ時間やし、昼食を用意してありますよ。その後は、ウチが木ノ俣まで案内させてもらいます」
出迎えてくれた宿の従業員が、耳馴染みのある関西訛りのある言葉で言った。
大矢のあとに続いてバスを降りたあいは、驚いて同期の間から顔をひょっこり出した。
「か、加奈恵?」
「よ、あい」
オーバーオールに七分丈のシャツを着た加奈恵が、にかっと笑い、あいに軽く手をあげた。
標高が高く自然に囲まれた土地柄、清涼な空気に包まれている。
「ここまで酔わへんかったか? 前に、バスは苦手や言うとったやろ」
「う、うん。少し酔ったけど、正士郎君が揺れの少ない席と替わってくれたから、大丈夫だった」
「ほうほう、相変わらず優等生やっとるなぁ」
加奈恵がからかうような視線を隣の正士郎に投げかける。
「別に普通のことさ。それより、厩務員課程生である君が、どうしてこんなところにいるんだい?」
正士郎はにこりと笑ってやり過ごし、あいも抱いていた疑問を口にした。
「ここ、ウチの叔父さんがやってんねん」
「僕が合宿の宿泊場所を決めかねていたら、誰から聞きつけたのか、彼女にここを紹介されてね」
引率の若い教官が加奈恵の言葉を引きとって説明する。
「料金も手ごろで、場所もよかったんで、今年はここを利用させてもらうことにしたんだよ」
「選んでもらってありがとうございます、センセイ」
「でも、なんで加奈恵が?」
「あいがキャンプの日程教えてくれたやん。ウチの休養日に一日目が重なっとったから、外泊申請して来たんや」
厩務員課程は騎手課程とは違い、休養日に申請すれば一泊の外泊なら許可されている。
「じゃあ、明日の朝には学校に帰っちゃうんだね」
あいは少し残念だった。
明日には那須ハイランドパークに行く予定となっている。地元を出てはじめてできた友達の加奈恵と回れたら楽しそうだ、と思った。
「そない寂しそうな顔せんと、今日一日、目一杯遊んだらええやん」
「そ、そうだねっ」
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえや。ウチも手伝って、叔父さんとごちそう用意してあんで」
一行は加奈恵に案内され、民宿の裏手に回った。
長めにとられた軒先がカフェテラスとなっていて、そこにテーブルと椅子が並べられていた。
オーナーである加奈恵の叔父が出てきて挨拶をして、昼食が運ばれて来た。
「叔父さんは、関西弁じゃないんだね」
「せやな。若い時に東京で就職して以来、こっちで暮らしとるからな。民宿は昔からの夢で、脱サラしてはじめたんや」
「そうなんだ」
夫婦二人で営んでいる民宿らしかった。
二階建ての和洋折衷の家で、十人ぐらいは楽に泊まれそうな大きさである。
牧場と隣接しており、テラス席からは放牧されている牛が眺められた。
「あの奥に乗馬場もあってな、ウチの家で飼ってた馬も、実は今あそこにおんねん」
「加奈恵の家って、確か酪農をやってたって」
「メインは乳牛やったけど、馬も二頭いて、牧場を見に来たお客さんらに、乗馬体験とかも楽しんでもらとったんよ」
「そうだったんだ」
「木ノ俣川でのキャニオニングから帰ったら、少しでええから一緒に会いに行かん?」
「会いたい」
あいが二言返事で答えると、加奈恵は嬉しそうに目を細めた。
「よかった。あい、近頃よく綾の話してくれるやろ。だからウチも、ウチの家族を紹介したかったんよ」
入学した日の夜、あいは綾を想い涙した。それからしばらくは、できるだけ綾のことを思い出さないよう努めていた。
けれど、サファイアやオハナ、加奈恵、騎手課程の同期と日々を過ごすうちに、いつの間にか自然に綾の話ができるようになっていた。
綾を思い出しても、身を引き裂かれるような哀しみに襲われることは、もうほとんどない。
そういう自分の変化への、一抹の寂しさがあるだけだ。
私、少しは成長できているのかな、綾。
あいは心の中で、遠い姉妹に語りかけた。
那須ICで下道に降り、さらに十分ほど進むと、道沿いに牧草地が出てきた。
干し草ロールを発酵させてつくる、サイレージが積まれている。
二泊三日の夏季合宿である。
合宿と呼ばれているが、訓練漬けの日々から離れ、レクリエーションを愉しむ行事だと先輩からは聞いていた。
あいがイメージしたのは、中学時代の林間学校だった。
マイクロバスは峠を二つ越え、宿泊予定の民宿に到着した。
「よぉ来てくださいました。ちょうどええ時間やし、昼食を用意してありますよ。その後は、ウチが木ノ俣まで案内させてもらいます」
出迎えてくれた宿の従業員が、耳馴染みのある関西訛りのある言葉で言った。
大矢のあとに続いてバスを降りたあいは、驚いて同期の間から顔をひょっこり出した。
「か、加奈恵?」
「よ、あい」
オーバーオールに七分丈のシャツを着た加奈恵が、にかっと笑い、あいに軽く手をあげた。
標高が高く自然に囲まれた土地柄、清涼な空気に包まれている。
「ここまで酔わへんかったか? 前に、バスは苦手や言うとったやろ」
「う、うん。少し酔ったけど、正士郎君が揺れの少ない席と替わってくれたから、大丈夫だった」
「ほうほう、相変わらず優等生やっとるなぁ」
加奈恵がからかうような視線を隣の正士郎に投げかける。
「別に普通のことさ。それより、厩務員課程生である君が、どうしてこんなところにいるんだい?」
正士郎はにこりと笑ってやり過ごし、あいも抱いていた疑問を口にした。
「ここ、ウチの叔父さんがやってんねん」
「僕が合宿の宿泊場所を決めかねていたら、誰から聞きつけたのか、彼女にここを紹介されてね」
引率の若い教官が加奈恵の言葉を引きとって説明する。
「料金も手ごろで、場所もよかったんで、今年はここを利用させてもらうことにしたんだよ」
「選んでもらってありがとうございます、センセイ」
「でも、なんで加奈恵が?」
「あいがキャンプの日程教えてくれたやん。ウチの休養日に一日目が重なっとったから、外泊申請して来たんや」
厩務員課程は騎手課程とは違い、休養日に申請すれば一泊の外泊なら許可されている。
「じゃあ、明日の朝には学校に帰っちゃうんだね」
あいは少し残念だった。
明日には那須ハイランドパークに行く予定となっている。地元を出てはじめてできた友達の加奈恵と回れたら楽しそうだ、と思った。
「そない寂しそうな顔せんと、今日一日、目一杯遊んだらええやん」
「そ、そうだねっ」
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえや。ウチも手伝って、叔父さんとごちそう用意してあんで」
一行は加奈恵に案内され、民宿の裏手に回った。
長めにとられた軒先がカフェテラスとなっていて、そこにテーブルと椅子が並べられていた。
オーナーである加奈恵の叔父が出てきて挨拶をして、昼食が運ばれて来た。
「叔父さんは、関西弁じゃないんだね」
「せやな。若い時に東京で就職して以来、こっちで暮らしとるからな。民宿は昔からの夢で、脱サラしてはじめたんや」
「そうなんだ」
夫婦二人で営んでいる民宿らしかった。
二階建ての和洋折衷の家で、十人ぐらいは楽に泊まれそうな大きさである。
牧場と隣接しており、テラス席からは放牧されている牛が眺められた。
「あの奥に乗馬場もあってな、ウチの家で飼ってた馬も、実は今あそこにおんねん」
「加奈恵の家って、確か酪農をやってたって」
「メインは乳牛やったけど、馬も二頭いて、牧場を見に来たお客さんらに、乗馬体験とかも楽しんでもらとったんよ」
「そうだったんだ」
「木ノ俣川でのキャニオニングから帰ったら、少しでええから一緒に会いに行かん?」
「会いたい」
あいが二言返事で答えると、加奈恵は嬉しそうに目を細めた。
「よかった。あい、近頃よく綾の話してくれるやろ。だからウチも、ウチの家族を紹介したかったんよ」
入学した日の夜、あいは綾を想い涙した。それからしばらくは、できるだけ綾のことを思い出さないよう努めていた。
けれど、サファイアやオハナ、加奈恵、騎手課程の同期と日々を過ごすうちに、いつの間にか自然に綾の話ができるようになっていた。
綾を思い出しても、身を引き裂かれるような哀しみに襲われることは、もうほとんどない。
そういう自分の変化への、一抹の寂しさがあるだけだ。
私、少しは成長できているのかな、綾。
あいは心の中で、遠い姉妹に語りかけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる