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第7話
合宿と適正 ②
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一学年七名と引率の教官を乗せたマイクロバスは、東北自動車道で那須へ向かった。
那須ICで下道に降り、さらに十分ほど進むと、道沿いに牧草地が出てきた。
干し草ロールを発酵させてつくる、サイレージが積まれている。
二泊三日の夏季合宿である。
合宿と呼ばれているが、訓練漬けの日々から離れ、レクリエーションを愉しむ行事だと先輩からは聞いていた。
あいがイメージしたのは、中学時代の林間学校だった。
マイクロバスは峠を二つ越え、宿泊予定の民宿に到着した。
「よぉ来てくださいました。ちょうどええ時間やし、昼食を用意してありますよ。その後は、ウチが木ノ俣まで案内させてもらいます」
出迎えてくれた宿の従業員が、耳馴染みのある関西訛りのある言葉で言った。
大矢のあとに続いてバスを降りたあいは、驚いて同期の間から顔をひょっこり出した。
「か、加奈恵?」
「よ、あい」
オーバーオールに七分丈のシャツを着た加奈恵が、にかっと笑い、あいに軽く手をあげた。
標高が高く自然に囲まれた土地柄、清涼な空気に包まれている。
「ここまで酔わへんかったか? 前に、バスは苦手や言うとったやろ」
「う、うん。少し酔ったけど、正士郎君が揺れの少ない席と替わってくれたから、大丈夫だった」
「ほうほう、相変わらず優等生やっとるなぁ」
加奈恵がからかうような視線を隣の正士郎に投げかける。
「別に普通のことさ。それより、厩務員課程生である君が、どうしてこんなところにいるんだい?」
正士郎はにこりと笑ってやり過ごし、あいも抱いていた疑問を口にした。
「ここ、ウチの叔父さんがやってんねん」
「僕が合宿の宿泊場所を決めかねていたら、誰から聞きつけたのか、彼女にここを紹介されてね」
引率の若い教官が加奈恵の言葉を引きとって説明する。
「料金も手ごろで、場所もよかったんで、今年はここを利用させてもらうことにしたんだよ」
「選んでもらってありがとうございます、センセイ」
「でも、なんで加奈恵が?」
「あいがキャンプの日程教えてくれたやん。ウチの休養日に一日目が重なっとったから、外泊申請して来たんや」
厩務員課程は騎手課程とは違い、休養日に申請すれば一泊の外泊なら許可されている。
「じゃあ、明日の朝には学校に帰っちゃうんだね」
あいは少し残念だった。
明日には那須ハイランドパークに行く予定となっている。地元を出てはじめてできた友達の加奈恵と回れたら楽しそうだ、と思った。
「そない寂しそうな顔せんと、今日一日、目一杯遊んだらええやん」
「そ、そうだねっ」
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえや。ウチも手伝って、叔父さんとごちそう用意してあんで」
一行は加奈恵に案内され、民宿の裏手に回った。
長めにとられた軒先がカフェテラスとなっていて、そこにテーブルと椅子が並べられていた。
オーナーである加奈恵の叔父が出てきて挨拶をして、昼食が運ばれて来た。
「叔父さんは、関西弁じゃないんだね」
「せやな。若い時に東京で就職して以来、こっちで暮らしとるからな。民宿は昔からの夢で、脱サラしてはじめたんや」
「そうなんだ」
夫婦二人で営んでいる民宿らしかった。
二階建ての和洋折衷の家で、十人ぐらいは楽に泊まれそうな大きさである。
牧場と隣接しており、テラス席からは放牧されている牛が眺められた。
「あの奥に乗馬場もあってな、ウチの家で飼ってた馬も、実は今あそこにおんねん」
「加奈恵の家って、確か酪農をやってたって」
「メインは乳牛やったけど、馬も二頭いて、牧場を見に来たお客さんらに、乗馬体験とかも楽しんでもらとったんよ」
「そうだったんだ」
「木ノ俣川でのキャニオニングから帰ったら、少しでええから一緒に会いに行かん?」
「会いたい」
あいが二言返事で答えると、加奈恵は嬉しそうに目を細めた。
「よかった。あい、近頃よく綾の話してくれるやろ。だからウチも、ウチの家族を紹介したかったんよ」
入学した日の夜、あいは綾を想い涙した。それからしばらくは、できるだけ綾のことを思い出さないよう努めていた。
けれど、サファイアやオハナ、加奈恵、騎手課程の同期と日々を過ごすうちに、いつの間にか自然に綾の話ができるようになっていた。
綾を思い出しても、身を引き裂かれるような哀しみに襲われることは、もうほとんどない。
そういう自分の変化への、一抹の寂しさがあるだけだ。
私、少しは成長できているのかな、綾。
あいは心の中で、遠い姉妹に語りかけた。
那須ICで下道に降り、さらに十分ほど進むと、道沿いに牧草地が出てきた。
干し草ロールを発酵させてつくる、サイレージが積まれている。
二泊三日の夏季合宿である。
合宿と呼ばれているが、訓練漬けの日々から離れ、レクリエーションを愉しむ行事だと先輩からは聞いていた。
あいがイメージしたのは、中学時代の林間学校だった。
マイクロバスは峠を二つ越え、宿泊予定の民宿に到着した。
「よぉ来てくださいました。ちょうどええ時間やし、昼食を用意してありますよ。その後は、ウチが木ノ俣まで案内させてもらいます」
出迎えてくれた宿の従業員が、耳馴染みのある関西訛りのある言葉で言った。
大矢のあとに続いてバスを降りたあいは、驚いて同期の間から顔をひょっこり出した。
「か、加奈恵?」
「よ、あい」
オーバーオールに七分丈のシャツを着た加奈恵が、にかっと笑い、あいに軽く手をあげた。
標高が高く自然に囲まれた土地柄、清涼な空気に包まれている。
「ここまで酔わへんかったか? 前に、バスは苦手や言うとったやろ」
「う、うん。少し酔ったけど、正士郎君が揺れの少ない席と替わってくれたから、大丈夫だった」
「ほうほう、相変わらず優等生やっとるなぁ」
加奈恵がからかうような視線を隣の正士郎に投げかける。
「別に普通のことさ。それより、厩務員課程生である君が、どうしてこんなところにいるんだい?」
正士郎はにこりと笑ってやり過ごし、あいも抱いていた疑問を口にした。
「ここ、ウチの叔父さんがやってんねん」
「僕が合宿の宿泊場所を決めかねていたら、誰から聞きつけたのか、彼女にここを紹介されてね」
引率の若い教官が加奈恵の言葉を引きとって説明する。
「料金も手ごろで、場所もよかったんで、今年はここを利用させてもらうことにしたんだよ」
「選んでもらってありがとうございます、センセイ」
「でも、なんで加奈恵が?」
「あいがキャンプの日程教えてくれたやん。ウチの休養日に一日目が重なっとったから、外泊申請して来たんや」
厩務員課程は騎手課程とは違い、休養日に申請すれば一泊の外泊なら許可されている。
「じゃあ、明日の朝には学校に帰っちゃうんだね」
あいは少し残念だった。
明日には那須ハイランドパークに行く予定となっている。地元を出てはじめてできた友達の加奈恵と回れたら楽しそうだ、と思った。
「そない寂しそうな顔せんと、今日一日、目一杯遊んだらええやん」
「そ、そうだねっ」
「そうと決まれば、まずは腹ごしらえや。ウチも手伝って、叔父さんとごちそう用意してあんで」
一行は加奈恵に案内され、民宿の裏手に回った。
長めにとられた軒先がカフェテラスとなっていて、そこにテーブルと椅子が並べられていた。
オーナーである加奈恵の叔父が出てきて挨拶をして、昼食が運ばれて来た。
「叔父さんは、関西弁じゃないんだね」
「せやな。若い時に東京で就職して以来、こっちで暮らしとるからな。民宿は昔からの夢で、脱サラしてはじめたんや」
「そうなんだ」
夫婦二人で営んでいる民宿らしかった。
二階建ての和洋折衷の家で、十人ぐらいは楽に泊まれそうな大きさである。
牧場と隣接しており、テラス席からは放牧されている牛が眺められた。
「あの奥に乗馬場もあってな、ウチの家で飼ってた馬も、実は今あそこにおんねん」
「加奈恵の家って、確か酪農をやってたって」
「メインは乳牛やったけど、馬も二頭いて、牧場を見に来たお客さんらに、乗馬体験とかも楽しんでもらとったんよ」
「そうだったんだ」
「木ノ俣川でのキャニオニングから帰ったら、少しでええから一緒に会いに行かん?」
「会いたい」
あいが二言返事で答えると、加奈恵は嬉しそうに目を細めた。
「よかった。あい、近頃よく綾の話してくれるやろ。だからウチも、ウチの家族を紹介したかったんよ」
入学した日の夜、あいは綾を想い涙した。それからしばらくは、できるだけ綾のことを思い出さないよう努めていた。
けれど、サファイアやオハナ、加奈恵、騎手課程の同期と日々を過ごすうちに、いつの間にか自然に綾の話ができるようになっていた。
綾を思い出しても、身を引き裂かれるような哀しみに襲われることは、もうほとんどない。
そういう自分の変化への、一抹の寂しさがあるだけだ。
私、少しは成長できているのかな、綾。
あいは心の中で、遠い姉妹に語りかけた。
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