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しおりを挟む『ほんと、お前は妙に勘が良いよな』
バイトを始めて三週間が経った頃、一応心配していたらしいハルキから電話がかかってきた。
カナトにも電話したらしく⋯「しっかりしていて、とても助かってる」と言ってくれていたようだ。
私は電話のついでにこの間気に掛かったカナトの反応をハルキに聞いてみたのだが⋯
「それはやっぱり何かあるってこと?」
『カナトは小さい頃に事故で両親を亡くしてんだよ。でも近所に住む父方の爺ちゃんに引き取ってもらったから寂しくはなかったって言ってたな』
「そんな簡単に人んちの事情話していいのかい⋯」
『あいつ隠してないからな。てか普通に聞けば普通に答えてくれてるぞ?そういう奴だし』
知り合って日が浅いのにそんなこと普通に聞けるわけがない――とハルキに言ったところで、ちゃんと分かってもらえないだろうと思い、通話口で大きな溜め息を吐いた。
何やら溜め息に文句を言っているようだが、まともに聞くつもりはないのでスマホを耳から離した。
『ハァ⋯兎も角、その爺ちゃんも料理は炒め物くらいしか出来なかったらしいから⋯それでだろ』
そしてカナトの祖父は高校卒業後すぐに亡くなり、今いる家族は母方の祖父と叔父だけだと聞かされた。
やっぱりこんな事情を抱えた人は” 夢の人生 ”の中で聞いたことがない――そう分かっていても何故か警戒心は全く出ない。
それほどまでにカナトの態度は大らかで優しいものだった。
『お前は姉御肌というか母ちゃん肌だからカナトと合ってるだろ?』
「母ちゃん肌って⋯」
『その歳で無駄に主婦力が高くて面倒見が良いせいか、のんびりしてる奴がほっとけないだろ?』
” 夢の人生 ”を経験して大人びていったにしても⋯昔っからのんびりで大らかな実の兄にそう言われて、「誰のせいだ!」と声を上げてしまった。
『俺のせいかよ!』
片付けも掃除も全て後回しにして、やっても最低限。
連絡はいつもギリギリで、それが家族限定の行為なのがまた腹立たしい。
他にもあるが言っていたらキリがないほどだ。
『兄ちゃん、東京で頑張ってんだからもう少し優しくしてくれてもいいじゃん!』
「頑張ってお給料稼いでねー。来月の誕生日期待してるよー」
「ハハッ、それでハルキ怒っちゃったんだ」
バイト中に洗濯物を畳みながらハルキとの電話の話をするとカナトがアイスコーヒーを飲みながら楽しそうに聞いていた。
「稼ぎのある兄に期待できるのはプレゼントとお小遣いくらいだと思っただけなんですけどね」
「きっと少しは心配してほしかったんじゃないかな?」
心配していないわけではない。
だらしない兄が外食ばかりしないように定期的に自炊の確認と掃除片付けをしているかの確認の連絡は取っていた。
それを「お母さんでしょ」と笑われて、少し恥ずかしさを感じる。
「ちなみにうちの母はよくイケメンの友達を連れて帰ってこいってLINEしてましたよ。先生が来たことで満足したみたいです」
「そうなの?」
「えぇ、不本意でしょうが⋯」
バイトに来る度に色々と話をする中でアラタが驚いたのは女性トラブルだ。
家政婦を雇った時の話以外にも大学時代はよく女性に話し掛けられて全く落ち着かなかったり、知らない女性から弁当を渡されたりもしたらしい。
勿論全ての女性が寄ってくるわけではないがカナトに惹かれた一部の欲の強い人達は迷惑行為を平気でしてきて大変だったという。
同性の知り合いは女を釣る道具としてカナトを連れ歩こうとしたが当の本人は既に小説家としてデビューしていたので仕事と勉強とで忙しく、しかもそんな理由で仲良くする気にもなれずに全て断っていると話し掛けてこなくなり、孤立していったという。
孤立したことは気にしてなかったがそんな時に知り合ったのがハルキで⋯ただ隣でのんびりと音楽を聞いていたり、くだらない話で笑い合い、カナトの予定に合わせて食事に誘ってくれたりしたという。
「ハルキの家族はほんと良い人達だよね。ハルキは俺自身を見てくれるし、明るいけどうるさいわけでもしつこいわけでもないから⋯凄く付き合いやすいんだ」
「なんか不思議ですね。そんな悩みは漫画の世界だけだと思ってました」
変かな?――と頭を掻くカナトに首を横に振る。
実際それで悩んでいるカナトを否定するつもりは毛頭ない。
何か気の利く言葉を言えればいいのかもしれないがその言葉すら出てこないので、私は笑顔だけを返した。
「アラタちゃんがハルキに似てて良かったよ」
「先生に対しての態度のことを言ってるなら兄と私は父親に似てるんだと思います。母と妹は普通にイケメンを見るのが好きなので。昔、父が言ってました。「俺は器がボロくても中身にしじみの味噌汁が入ってりゃ飲む。綺麗な器でも中身がトマトジュースなら飲まん」って」
何年前の話だったかな?ーーと考えながら言葉を続ける。
「それに対して母は「綺麗な食器は飾っとくから価値がある」って言うんですよ」
嬉しそうに話を聞くカナトを見て、心が温まったような感覚に頬が緩んだ。
洗濯物を仕舞い終わって戻るとお茶とお菓子が用意されていた。
「明後日から学校でしょ?」
カナトの向かいに座り、お菓子に手を伸ばす。
「ハイ。四時半から五時までにここに来ます」
「わかったよ。今までと変わらず一日置きに来てくれると有り難いかな。無理な時はLINEしてね?」
久々の学校でイチカに会うと早々にバイトの状況を確認され、問題ないことを話した。
「でも私と遊べないくらい忙しかったんでしょ?」
「バイトじゃなくて母さんと父さんの仕事が忙しくなったから自分の家のことが忙しくなったのさ」
夏休み中に仕事で帰りが遅くなったり、家でも仕事をしていた両親に変わって、家事を全てやってバイトにも行っていると高校初めての夏休みは遊ぶ暇なく終わってしまっていたのだ。
呼んでくれれば手伝うから――とイチカに言われ、掃除が溜まった時は必ず呼ぼうと心に決めた。
「あとさぁ⋯バイト先の先生のこと噂になってるよ?」
「そうなの?先生、引き籠もってるけど⋯」
人と関わるのが好きじゃないカナトは余程のことがないない限り、自宅から出ようとしない生活をしていた。
「一部でなんだけどね⋯三年の倉田先輩が夏休み中にスーパーでアラタと二人で歩いてるの見たって」
「確かに一回だけ一緒に行ったけど⋯よりによって倉田先輩か⋯」
倉田は三年の中でも目立っていて、人より容姿が整っているせいか知らないが、人を見下して気に食わない奴にはキツく当たることで有名だった。
” 夢の人生 ”で倉田との接点はなかったが偉そうで気の強い姿を見ていたのでこの後どうなるのか手に取るように想像出来てしまい、心底面倒臭くなった。
さっさと帰ってしまおう――と決めて、ホームルームが終わるとすぐに学校から出て自転車に飛び乗り、急いで自宅までペダルを漕いだ。
バタバタと家に入って、乱れた呼吸を整えていると母が顔を覗かせた。
「そんな慌ててどうしたの?まだバイトの時間じゃないでしょ?」
「ちょっと面倒な先輩に捕まりそうだったからさっさと逃げてきた」
「面倒?あんたそんな人に構われるような性格してないでしょ?」
リビングにリュックを置いて、ソファーに豪快に座ると母から冷たいお茶を手渡された。
それを受け取って一気に飲み干し、空のコップをテーブルに置く。
「何か先生とスーパーに行った時に見られてたらしくてさぁ、その先輩の性格からして⋯イケメンと歩いてた私は” 気に食わない ”から文句言ってくると思うんだよね」
「変な子だねぇ。文句だけなら聞き流せばいいけど⋯下手に一人で対処しようとしたらダメだからね?せめて友達や学校の先生を頼りなさいよ?」
空のコップを持って、キッチンに向かおうとする母親が振り返った。
「あとカナト君に迷惑が掛かったらすぐに言いなさい。母さんから学校に連絡するから」
わかった――と返事をした後、着替える為にリュックを持って自分の部屋に行った。
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