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しおりを挟むいつも通りの時間に鍵を開けて中に入っていくとソファーには頭を抱えたカナトが横になっていた。
「先生⋯おはようございます」
「ん゙~⋯アラタ、ちゃん⋯」
二日間続けて深酒をしたカナトは酷い二日酔いで顔を青くして、寝込んでいた。
キッチンから水の音と食器がカチャカチャ鳴る音がするので向かうと、食器を洗い終わったタケルが手を拭きながら振り向いた。
「こんにちは、アラタちゃん」
「こんにちは。あの⋯置きっぱにしといて良かったんですよ?」
「ん?俺はここに泊まらせてもらってるんだからこれくらいはするさ。それより何かスープを用意したいんだ。あいつ朝から何も食えてなくてな」
丁度良かった――と手に持った袋からしじみの入っているポリ袋を出し、鍋を用意して味噌汁を作り始めた。
「二日酔いを想定してしじみを持ってきたのか?」
「ハイ。まさかあそこまで潰れてるとは思わなかったですけど」
「あいつはビールとか焼酎じゃ全く酔わないんだが大好きな日本酒だと潰れるんだよ」
「大好きで呑み過ぎちゃうんですか?」
「そうだな。好きな物には我慢が利かないんだ」
しじみの味噌汁が完成して、器によそうとカナトの所に持っていった。
「せんせーい」
「ん゙~⋯いい匂い⋯」
「アラタちゃんがしじみの味噌汁作ってくれたぞ」
「飲めますか?」
ゆっくりと起き上がって、器を受け取ると火傷に気を付けながら啜る。
「あ゙~、五臓六腑に染み渡るわ」
「酒呑んだ次の日には嬉しいよな」
タケルもカナトの目の前で味噌汁を啜っている。
味噌汁を飲み切ったカナトはお礼を言うとまた横になった。
二日酔いの為に用意した物を鞄から取り出し、カナトが横になっているソファーの背凭れに腕を置いて上から話しかけた。
「先生、甘い物嫌いってラムネもダメですか?」
「ラムネ?食べれないことはないけど⋯」
目の前に誰もが知っている某メーカーのラムネを出した。
「少し食べませんか?ブドウ糖摂取したほうが楽になりますよ?」
「じゃあ⋯一つ⋯」
容器の蓋を開けて、カナトの手に出そうとしたが⋯手を全く出してこない⋯
熱を出した時の甘えたアカネを思い出しながら自分の手にラムネを出して、指で摘んで持つとカナトの口に運んでいく。
開いた口にラムネを入れるともぐもぐと口を動かした。
「⋯二個入れたでしょ」
「自分で食べないからですよ」
「俺も貰っていいか?」
どうぞと言って、容器を丸ごと渡すと手に半分ほど出して豪快に口に詰め込んでいった。
「二日酔いの対応が出来る高校生ってのも凄いな⋯親が酒呑みなのか?」
「ハイ。兄も呑むの好きです」
「アラタちゃんがいると安心して二日酔いになれるな」
「ならないようにお酒を呑むのが一番良いと思うんですけど⋯」
「ハハッ、違いない」
気付けば眠ってしまっていたカナトにブランケットを掛けて、仕事をしようとしたがタケルが洗濯も掃除も終わらせてしまっていたので、コーヒーとお菓子を出してダイニングテーブルで話しをすることになった。
コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れているとタケルに笑われてしまった。
「苦いのが苦手で⋯甘いのが好きなんです」
「そういうとこは子供らしいな」
コーヒーを一口飲んで、カナトに視線を向ける。
「あいつはな、人への警戒心が凄い強いんだ⋯生まれ持った顔が良すぎたせいでな」
「話は大体伺いました」
「そうだったな⋯」
顔に興味が無くても女を釣る以外に一緒にいることで優越感を得ようとする人も多くいて、気付けばまともに友人も作れなかったという。
「まさか今はうちの兄しか⋯」
「あぁ、カナトの友達はハルキ君だけだ」
もしかして今まで彼女も出来たことがないのかと思い、聞いてみる。
「気になるか?」
「ん~⋯無理して聞きたい訳では無いレベルです」
「さっぱりしてるな⋯⋯彼女はいなかった⋯作れなかったが正しいか。そういう歳の頃にはすでに女性を警戒していたからな」
せめて並のイケメンだったら楽しく恋愛出来ただろうに――と不憫に思ってしまう。
「まぁ、女性経験がないわけではないけどな」
彼女は出来なかったけど、経験はある⋯
言葉も出なかったがカナトもちゃんと年頃の欲はあったんだと考えると少し安心したような気持ちになった。
「そうなんですか。確かに相手には不便はしないでしょうね」
「ハッハッハッ、本当に君は⋯⋯⋯アラタちゃんは恋をしたことあるか?」
「そりゃあ、ありますよ」
「へぇー、中学の時か?」
そう⋯中学時代の一個上の先輩で” 夢の人生 ”でも心惹かれていた存在だったが声をかける勇気が持てず終わっていた。
だからこそ現実では勇気を出して声をかけ、見かける度に構ってもらえるほど仲良くなった。
そして遠方の高校へ進学する先輩に卒業式で想いを伝えたが⋯結果は悲惨なものだった⋯
私なんかにそんな感情を持たれていたことがショックだと言われ、ちゃんと自分に合ったレベルを好きになったほうがいいとまで言われてしまったのだ。
当時、尋常じゃないほど落ち込んだ私は家族にバレないように布団に潜って声を殺し、大号泣したのだった。
勿論” 夢の人生 ”の話はせずに中学時代の失恋の話をした。
「そうか⋯⋯それが青春だ。若人よ」
「片岡さんも若人ですよ?」
確かにそうだなーーと豪快に笑うタケルに釣られて、自分も大笑いした。
「これからも会ったり話したりする機会があるだろうし、気兼ねなく名前で呼んでくれ」
「名前ですか⋯⋯タケルさん?」
「そのほうが気楽だ」
そして何かあった時の為に連絡先を交換し、タケルが荷物を運んでいる間にカナトを起こそうとした。
「先生⋯せんせーい!」
顔の横に座って、カナトを呼ぶが「ん゙~」しか言わない。
「タケルさん帰っちゃいますよー」
「もうほっといて構わんよ。仕事の話も出来たし、十分だ」
眠ったカナトを置いて、玄関に見送りに出る。
「それじゃ、ご馳走になったな。ありがとう」
「いいえ、気を付けて帰って下さい」
「ん。⋯⋯カナトを頼むよ⋯あいつは基本甘ったれだから迷惑かけると思うが⋯何かあったら連絡してくれ」
そしてタケルはタクシーに乗って帰っていった。
リビングに戻って、再びカナトを起こそうと声をかける⋯⋯が、やっぱり起きない。
肩を叩きながら何度か声を掛けると唸り声を上げて、薄っすらと目を開けた。
「アラ、タ⋯ちゃ⋯」
「タケルさん、帰っちゃいましたよ?」
「ん゙~、⋯⋯ん!?」
一気に目を開いて、伸ばしてきた手が私の顔を掴むとカナトに引き寄せられた。
拳二つ分ほどの距離を開けてお互いの顔がある状況にさすがに少し動揺してしまう。
「何で⋯あいつを名前で呼ぶわけ?」
「え⋯気兼ねなく名前で呼んでくれと言われて⋯」
「俺は?」
何となく先生と呼ぶようになったが特にこだわりを持っているわけではない。
俺は?――にはどういう意図があるのか⋯
呼び方のせいで自分だけ距離感が遠く感じるのか⋯
「これからは俺も名前で呼んで?」
何故そうなるのか⋯でも私自身、何がなんでも” 先生 ”と呼びたいわけでもはない。
「いいですよ。それより二日酔いはどうですか?」
「⋯⋯大分楽になったかも。お腹空いたわ」
「ですよね。今、何か用意します」
こうして編集者のタケルとの初対面は無事に終わり、更に頑張って仕事をしようと身が引き締まった。
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