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しおりを挟む「何か疲れてない?大丈夫?」
心做しかゲッソリとした私を見て、カナトが心配そうにする。
「あぁ⋯テストが近いんで⋯大丈夫です」
「明日からテスト休み取るとは言ってたけど⋯今回、難しいの?」
「難しいわけではないんですけど、普段の勉強をつい疎かにしてしまったので放課後はイチカのスパルタ授業を受けてるんですよ」
「どんだけスパルタなのさ⋯」
コンロの火を消して、リビングのソファーに置いている鞄から二冊の本を取り出す。
「これ⋯ありがとうございました」
「もう読んだの?」
「面白くて一気読みでした」
カナトが受け取った本をジッと見つめた。
「まさか本読んでたせいで勉強してない⋯とか?」
厳しく刺すような目で見られて、勢い良く目を逸らしてしまった。
だが顎を掬い上げられて、顔の距離が近くなり強制的に視線が合う。
カナトの顔は笑っているが⋯怒っているのが隠し切れていない⋯
「テストまで何日?」
「⋯⋯明後日が初日で⋯テスト期間は二日です」
「そっか⋯とりあえず本の続きはテストが終わってからね」
「ウソ!?」
「本当です。明日は休みだけど教科書持って、うちにおいで。俺が教えるから」
顎から手は離されたが話に集中していて、私達の顔の距離は変わらなかった。
「マジですか!?」
「マジです!一気に読むとは思わなかったけど、本を貸したのは俺だからね。責任持ちます」
初日のテストの教科の勉強道具を持ってくるように約束させられて、本が読めない私は肩を落としながら家に帰った。
家族で遅い夕飯を食べながら「明日はカナトさんに勉強を見てもらってくる」と親に報告すると「小説家の仕事をしながら大学を卒業したカナト君なら間違いない」と快く承諾され、しっかり勉強してくるように言われた。
「イチカ、今日は放課後行けないわ」
「は?テスト明日だぞ!?」
イチカに言ったのに、何故か長嶋が詰め寄ってきた。
「先生が勉強見てくれるって言うから⋯」
「先生!?バイト先の!?」
「そのほうがいいかもね。頭良いだろうし」
イチカの言葉を聞くと、納得するどころか余計ムキになり、私の机に力強く手を付いてきた。
「今日だけ見てもらっても明日成果が出るとは限らないだろ?」
「アラタは普段の復習をしてなかっただけだからテスト範囲の苦手なとこだけ教えてもらえば問題ないよ」
「ほんと?先生にそう言っとくわ」
学校が終わって、そのままカナトの家に向かおうとイチカに手を振って教室を出る。
下駄箱から靴を出しているといきなり肩を掴まれる。
振り返るとそこには眉間に皺を寄せた長嶋がいた。
「和原が教えてくれるのに、わざわざその先生のとこ行く必要ないだろ」
「いや、イチカだって三人に教えるの大変でしょ?」
「でもお前は苦手なとこだけなんだから⋯」
「それなら尚の事、私だけでも別で勉強するよ。長嶋は宮崎に付き合ってあげな」
肩に乗ったままだった手を下ろさせて、靴を履き替えると振り返ることなく外に出て行った。
本来は休みということで一応カナトの家のインターホンを鳴らすと開いた戸から驚いた顔をしたカナトが現れた。
「あっ、制服だ⋯てか何でインターホン?」
「バイトの日じゃないんで。家に帰らないで真っ直ぐ来ちゃいました」
中に上がって、カナトの後ろを付いていく。
「バイトじゃなくてもインターホン要らないよ」
「でもっ――」
「アラタちゃんならいいよってことね」
片手で頭をガシガシ掻きながら、反対の手をボトムスのポケットに入れて歩くカナトの背中を見て、何だか嬉しくなって無意識に笑みが溢れた。
ダイニングテーブルに座って、教科書とノートを出しているとカナトが飲み物とお菓子を出してきた。
「ありがとうございます」
「いいえ。⋯タブレットは使わないの?」
「学校では使ったりしますけど、普段の勉強では使わないですね」
「いいね。俺も紙に書く勉強スタイルが好きだよ」
そしてイチカに言われたことをカナトに伝えながら教科書を開き、苦手なとこも伝えていく。
教科書を手に取って、軽く目を通すと「大丈夫。任せて」と言われ、イチカから貰った対策プリントをやり始めた。
「この法則は―――」
カナトは想像以上に教えるのが上手かった。
私が心底嫌いな理科も興味を持つような言葉と言い回しで教えてくれるので気付けば無意識に聞き入っていた。
お陰でプリントも難なく解けていった。
「出来てるね。ほんとに苦手なの?」
「苦手です。理科はいつも赤点ギリギリです」
「赤点ではないんだ」
「赤点が回避出来るくらいには対策してたので。でも今回はカナトさんのお陰でもっと点数取れそう」
満足そうに笑ったカナトがお茶を口に運んだ。
「とりあえずイチカ様のプリントがまだあるんでやっちゃいます」
「このプリントも凄いよね。イチカちゃんは勉強してないの?」
「普段、しっかりやってるんで特に慌ててやる必要がないんですよ。お陰でこれを作ってもらえました」
カナトと話しながら得意の数学を進めていく。
「でもここまでしっかり作ってくれるのも相当でしょ」
「多分、私以外にもあと二人に教えてたんで⋯それで作っちゃったんだと思います」
カナトが手に持ったお茶のグラスをテーブルに置いて、私に視線を据えた。
正確には下を向いてプリントをやっているので分からないが、刺さるような視線を感じる以上⋯そうとしか思えない。
「一緒にカラオケに行った子達?」
「そうです。私がイチカに教えてもらうのに便乗してきたんです」
「まぁ、出来れば好きな子に教えてもらいたいよね~」
ハッキリと物を言うイチカの性格に凹んでいる二人の話をするとカナトが楽しそうに笑う。
「俺はそういうタイプのほうが楽だけどね。アラタちゃんは?」
「イチカは何故か私には甘いんですよ。でも出されたプリントの量が多くて⋯内容も全く分からなくて⋯」
「自分の勉強の出来なさに精神的ダメージを食らったってことか」
「恥ずかしながら⋯」
終わったプリントを渡すと口元に拳を添えながら確認していく。
その間に次の教科のプリントを出して進めていると耳にかけていた前髪がパラッと前に落ちてきた。
気にせずシャーペンを走らせていると視界にカナトの手が入り込み、前髪に触れて耳にかけ直される。
顔を上げるといつもと同じように笑うカナト。
「数学は大丈夫だね。全部合ってるよ」
「数学はまだ理解しやすいんで」
「国語と歴史関係が得意なんでしょ?本、好きだもんね」
ハハハ~と笑って、プリントを再開するとカナトが立ち上がって何処かにいった。
特に気にせずにいるとまた耳から落ちていた前髪が耳にかけ直されて、何か髪に付けられたような感覚がした。
横に顔を向けるとカナトの顔が近くにあって、少し驚いたアラタは体を後ろに引いた。
「ゴメン、ゴメン。前髪邪魔そうだからヘアピンで留めたんだよ」
「あ⋯ありがとうございます。でも私の髪ってヘアピン落ちちゃうんですよ」
「大丈夫だと思うよ。俺も同じ理由で普通のは使えないけどそれ全然落ちないから」
カナトも仕事の時はいつも目に掛かるほどの前髪を長方形で深緑のデザインのヘアピンで留めていた。
それならお言葉に甘えて――とそのままヘアピンを借りて、プリントを次々と終わらせていく。
間違ったところはカナトに教えてもらい、暗記する部分はカナトからコツを聞いて取り組んだ。
「終わったー!」
やり終えたプリントをリュックに仕舞って、テーブルに突っ伏しながらお菓子に手を伸ばす⋯が地味に届かない。
「糖分をください⋯」
「ハイハイ」
袋に入った一口大のチョコを出して、口に押し込まれる。
驚いて飛び起きたが口の中にチョコレートの甘さが広がり、美味しさの方に気持ちが向いた。
「美味しい~。脳の疲れが取れる~」
「もっといるかい?」
また袋を一つ取って、開けていく。
「自分で食べます」
チョコを貰おうと手を出したが結局はカナトの手によって口に押し込まれた。
仕方なく食べているとカナトが指についたチョコを舐め取っている。
「⋯⋯甘い」
嫌そうな顔をして残りの指のチョコも舐めていく。
「普通の子の前でやったら事件ですね」
「何が?」
「その行動⋯」
よく分かっていない顔をされ、無自覚なことに頭を落とした。
指のチョコを舐め取るとこなんて一般人に公開できないな――と思いながらチョコを飲み込んで、お茶を飲む。
「あっ⋯ヘアピン、ありがとうございました」
髪から取って返すと、立ち上がって前に身を乗り出したカナトが、また私の前髪を横に流してヘアピンで留めた。
「同じのもう一個あるからあげるよ。このヘアピンいいでしょ?」
「確かに落ちてこなくて良かったですけど⋯」
「なら使いな。テストの時も留めてた方が楽でしょ?」
「ありがとうございます」
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