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10−1 看病
しおりを挟む少しずつ気温が高くなってきて、雪が解けていくのを見ると春が近付いてきていると肌で感じられる陽気の良い日。
窓からは暖かな明るい日差しが入ってきているというのに、仕事部屋に籠もるカナトからはドス黒い雰囲気が漂っていた。
事の始まりは数ヶ月前⋯いつものように順調に仕事を進めていたカナトに一本の電話が入った。
相手は義理の叔父であり、担当編集者でもあるタケルだ。
普通に受け答えしていると思ったら、いきなりカナトが怒鳴り始めた。
「今抱えてる仕事もあんのにふざけんなよ!」
本名で出しているものとペンネームで出しているもの。
どちらも連載中の為、計画的に進めていたカナトだったが突如、読み切り小説を依頼されたのだった。
元々、発売を予定していた作家さんが急病で長期入院することになってしまい、発売中止となるとこだったが社長であるカナトの祖父が「折角だからカナトに書かせろ」と言ったらしく⋯カナト本人は大変ご立腹だった。
締め切りまでの期間も短いようで断り続けていたが、それでも最終的には何かに釣られたように仕事を受けてしまったのだ。
それから数ヶ月経ち⋯締切が間近に迫ってきて、カナトは部屋に缶詰状態。
ほっとくと食事も取らないので、気付けば心配で毎日カナトの家に来ていた。
「食事置いときますよ」
「⋯うん」
部屋のテーブルに片手で食べられる物と飲み物を置いとく。
ここ暫くはカナトの口から「うん」以外の言葉は聞けていないが⋯大丈夫だろうか⋯
仕事をする背中ばかりで顔もちゃんと見れていないから睡眠が取れているのかも分からない。
私は心配のあまり、初めてタケルにLINEを送った。
既読になったと思ったら、すぐに電話がかかってきた。
『久しぶりだな。ちゃんと遊んでるか?』
「お久しぶりです。ちゃんとイチカと出掛けてますよ」
『そうか、そうか。で、カナトがそんな心配か?』
「ハイ⋯」
部屋に置いといた食事は食べてくれているようだがそれ以外で食べているのか、眠れているのか⋯
ハッキリと分からない以上、安心できなくて当然だ。
『俺はアラタちゃんがいるから心配してないぞ』
「どうしてですか?」
引っ越してくる前のカナトは今と同じ状況になると飲まず食わずで仕事をして、しかもまともに睡眠も取らない。
結果、原稿が完成した後は体調を壊して暫く寝込むのが普通だったという。
『でも今はアラタちゃんが見てくれてるだろ?』
「それでも私が用意できるのは一食分で⋯毎日行ってますけど⋯」
『じゃあ毎日一食も食わせてくれてるのか!ありがとな』
たった一食だけでお礼を言われるなんて⋯
心配している自分のほうがおかしい気がしてきてしまった。
「要するに⋯今のままで十分ということですか?」
『そうだな。寝てるかは分からないにしても一食は食って、水分も取って⋯風呂にも入ってるか?』
「洗濯物を見た感じでは⋯入っているみたいです」
『なら大分マシだ!締切は明後日だし、体調を崩すだろうが⋯頼んだぞ』
カナトは何とか締切当日に原稿を上げ、シャワーを浴びた後は泥のように眠りについた。
食事の為に起こすのもなんだったので、すぐ食べる物だと分かりやすいようにお皿や小鉢に入れたおかずにラップをして冷蔵庫に入れておいた。
翌日、しっかり栄養を取ってもらおうと買い出ししてから家に向かう。
食材を仕舞う為に冷蔵庫を開けるが昨日のおかずがそのまま⋯
まだ起きてなかったんだ――そう考えながら食材を仕舞って、一応寝室に行ってみようと足を二階に向けた。
「カナトさん、起きてますか?」
返事がない⋯ゆっくりと遠慮がちに戸を開けるとカーテンが閉まった薄暗い部屋にカナトの呼吸音だけが響いていた。
まだ寝てるかな?――と思ったが、眠っているはずの呼吸音が異様に速いような気がして、ベットまで近付いて顔を覗き込んだ。
顔を赤くして、汗をかいている⋯苦しそうに顔をしかめて、荒れた呼吸⋯
寝室から出て、必要な物をお盆に乗せると急いで戻った。
「ア、ラタ⋯ちゃん?」
目が覚めてベットの脇に立つ私を呼ぶ。
持ってきたタオルで汗で濡れたカナトの顔を拭く。
「寒くないですか?汗凄いんで着替えたほうがいいと思うんですけど」
カナトが起き上がると枕とシーツ、布団も汗で濡れていたのでそれらも替える為に一度寝室を出る。
新しいシーツや布団を抱えて戻って来るとベットの脇で崩れ落ちているカナトの姿に焦った。
急いで寝る場所を整えて、カナトを抱え起こすと信じられないほど体が熱い⋯
パジャマも下は着替えたようだが上は着替える前に力尽きてしまったのだろう。
「上、着替えられますか?」
「⋯手、貸して⋯くれる?」
勿論――と言って、上のパジャマを脱がせるとささっと汗を拭く。
背中や腕はいいが、正面を拭くとなるとさすがに私も恥ずかしくなった。
でもそんな事も言ってられず、急いで拭いていると頭に熱い手が置かれる。
視線を上げるとニコッと微笑むカナト。
「は、早く着て下さい!」
着替えが終わり、横になってもらうと追加で出してきた毛布と一緒に布団を被せる。
体温計を渡し、脱いだパジャマを洗濯に持って行く。
「何度でしたか?」
部屋に戻って、手渡された体温計には三九度二分と出ていた。
「高いですね。薬飲む前に何か食べましょう。おかゆとうどん、どっちが良いですか?」
「⋯⋯おかゆ⋯」
作ったおかゆに叩いた梅干しを添えて、薬と水を一緒に持って行く。
カナトは食べる為に体を起こしたが熱のせいでボーっとしている。
「食べられますか?」
頷きはするがあいも変わらず意識はハッキリしていなさそう。
スプーンを乗せたお椀を渡そうとするが⋯
溢して火傷するのが目に見えるな――と思い、スプーンで掬ったおかゆに息を吹きかけて冷まし、カナトの口へ運んでいった。
「カナトさん、口開けて?」
ゆっくりとこっちに顔を向けたカナトが口を開けたのでおかゆを食べさせる。
「ん⋯美味い⋯」
やっと目の焦点が合ったようだ。
「自分で食べられますか?」
「このまま⋯お願いしても、いい?」
笑っているがやはり辛そうだ。
一口ずつ冷まして食べさせると汗を流しながらとても嬉しそうにするので合間にタオルで汗を拭きながら笑顔を返した。
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