結局恋しちゃうんです

畑 秋香

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11−1 就活

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 穏やかながらも刺激のある日常を過ごしているからだろうか。
 気付けばあっという間に高校最後の夏を迎えていた。

「イチカ~、進路決まった?」

 空調の設定がぬるい教室で持参したハンディファンを浴びながらイチカに尋ねる。

「就職にした。町から出る気ないし。知ってるんじゃないの?」

 勿論知っている。” 夢の人生 ”でも進学か就職かずっと悩んでいたイチカ。
 成績が良いので先生達にも進学を勧められていたが結局本人は町から出ないことを選んだ。
 そしてあまり体が丈夫ではない母親の代わりに実家のお店を手伝うのだ。

「まぁね⋯じゃあ就活終わりじゃん。羨ましい~」

「アラタも就職でしょ?どこか希望は?」

 私は就職一択。
 町から出るつもりがないならこの時代でも進学はあまり関係ない。
 就職先もそれなりにある。
 だが「希望は?」と聞かれると⋯

「分かんない⋯私って何が出来るんだろ⋯」

 高校でやってきたのは最低限の勉強と読書と家政婦のバイトだ。

「もう先生のとこでフルタイムで働けばいいじゃん」

「フルタイムで家政婦なんて要らないでしょ」

 家は広いが所詮は一人暮らしの男性の世話をするだけだ。
 家事の量なんてたかが知れている。
 自分の家の家事のほうが何倍も大変だ。

 とはいえ、どういう職を希望するかくらいは決めとかなくてはいけない。
 私は意見をもらおうと両親に相談することにした。



「進路のことなんだけどさー」

 バイトが休みの夕飯の席で両親に話を振る。

「就職でしょ?」

 高校入学時から就職を希望していることは伝えてあったのでそれに関して親は何も言わない。

「そうだけど⋯どういう職がいいかな?私、やってみたい仕事とか全く無いんだよね」

「そうねぇ⋯近所のコンビニでパートにしたら?」

 この母親は何を言っているんだ⋯
 開いた口が塞がらないとはまさに今の私の状況だ。

「何を言ってるの?就職だって言ってるでしょ?」

「でもな⋯お前が就職したらカナト君のとこはどうするんだ?」

 今では家事の全てを私がやっている為、就職で辞めることになれば確かにカナトは大変な思いをするだろう。
 でも家政婦でのバイト代は社会人の給料としては低すぎる⋯
 一人暮らしを目標にしていた私には厳しい。

「確かに心配だけど⋯ちゃんと就職しないと家出られないし⋯」

「何も慌てて出ていく必要はないだろ」

 確かにそうだが⋯
 でも私はちゃんとした職に就いて独り立ちし、親を安心させることを目標にしている。
 それを口にしてしまったら⋯押し付けがましいにもほどがありそうだが⋯

「⋯⋯お前はしっかりしてるから、ちゃんと大人になった姿を俺達に見せて安心させたいんだろうけどな⋯そんな事を求めたことは一度もないんだぞ?」

「私達はアラタに甘えて、仕事に集中しちゃったけど⋯もっとワガママ言ってもいいんだよ?」

 ワガママ?特に我慢していた覚えはないが⋯

「確かに姉ちゃんって嫌がらないし、ねだらない。勉強だってちゃんとやるし⋯それって疲れない?」

 そこまで評価される覚えはない。
 家族が誰の話をしているのか分からなくなってきてしまった。

「それがお前の性格ならこれ以上は言わん⋯けどな、急いで大人になんかならなくていいんだ。今まで頑張ってきたんだ。親を上手く使って好きに進路を考えてみろ」

 ただ就職先の話をしたかっただけなのにどうしてこんな話になったんだろうか⋯
 しっかりしてるって?ワガママ言ってもいいって?疲れてないかって?
 そんなの考えたこともない。
 いや、正しくは一〇歳以降からの話だ。
 一〇歳までは落ち着きのないワガママな子供だったことは間違いない。

「何がダメなのか⋯分かんないよ⋯」

 自室のベットの枕に顔を埋めて、理解の出来ないことに頭を悩ませた。





「ボーっとしてどうしたの?」

 洗濯物を畳んでいる手が止まっていたようでカナトに声をかけられた。

「あぁ⋯ごめんなさい。何でもないです」

 気を取り直して畳もうとタオルを広げるとカナトが私の手を掴んだ。

「こっちおいで?」

 そのまま手を引かれて、ダイニングチェアに座らされると目の前にお茶とお菓子が置かれた。
 隣に座ったカナトがお菓子を取って、私の口に押し込んでくる。

「甘い物でも食べてさ、話してみてよ。何があったの?」

 見つめてくる優しい瞳に縋りたくなってしまい、重い口を開いた。

「就職で悩んでて⋯私に何が出来るんだろうって⋯」

「もうそんな時期か⋯」

 親に相談したはいいが何故か自分自身の話をされてしまい、結局何も参考になる話をしてもらえなかったことと何故家族があんな事を自分に言ってきたのか分からなくて、ずっとモヤモヤしていることを話した。

「ん~、そのままだと思うよ?家族からしたらアラタちゃんは疲れてないか心配になるほどしっかりしていて、アラタちゃんは無自覚だって話だよ」

「無自覚⋯」

「まぁ何故かハルキ相手にはそんな事ないみたいだけど、今はハルキもいないでしょ?捌け口がないんじゃないかって心配されているんだよ」

 昔からハルキにだけは頼まれごとを嫌がったり、物を強請っている。
 小学生の時には泣いてワガママを言ったこともあった。
 それはきっと” 夢の人生 ”で家族と不仲な中でもハルキだけは最後まで私に手を差し伸べてきてくれたからだろう⋯
 私の中でハルキが家族の中でも特別な存在であることは確かだ。

「兄ちゃんに対して気を抜いているのは否定しませんけど⋯」

「ハルキはいいな。アラタちゃんに一番信用されてて」

 眉尻を下げながら微笑むカナトに向かって、首を横に振った。

「一番はイチカです。イチカの前が⋯一番気が抜けます」

「気が抜けるって言った時点で普段ずっと頑張ってるって言ってるようなもんだよ」

「そんなつもりは⋯」

「不意に出る言葉ほど正直な言葉はないよ。別に頑張ってるって思われてて困ることもないでしょ?何も無理して態度を変えろなんて誰も言っていないんだから。自分らしくいればいい。それは誰にも強制できないからね」

 この人は本当にいつも私が求めている言葉をくれる。
 見透かされているような気持ちになるが⋯全く不快に感じない。

「ほんと⋯イチカちゃんとハルキが羨ましいよ。俺もアラタちゃんが気を抜いてくれるような存在になりたいんだけどね」

 カナトの側で気を張っているわけでもないが、ある意味気が抜けないのは事実だ⋯
 どのように言葉を返そうか視線を伏せて考えていると視界にカナトの鼻と口が入ってきた。
 驚いて視線を上げると更に距離が縮まり、鼻先が触れてしまいそうな位置にカナトの顔があった。

「それか、アラタちゃんが唯一気が抜けないって自覚した相手になろっかな?」

 私の座る椅子の背凭れに手を置いて、退路をなくし接近してくる。
 一気に顔に熱が籠った。鏡で確認する必要もない⋯絶対に顔は真っ赤だ。

「ハハッ、そんなに真っ赤な顔初めて見たよ」

 ほら⋯思った通り⋯
 初めてカナトに全力で照れてしまったことが悔しくて唇を尖らせる。

「もしかして、今までは俺にくっつかれても平気だったのにこの距離感には照れちゃったことが悔しい?」

 やけに今日は勘がいいような⋯
 この人は読心術でも使えるんですか?
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