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14−2
しおりを挟むその頃⋯
湯船に浸かりながら天を仰ぐカナト。
(あれは反則だろ⋯)
前に着ていたワンピースより丈が短くて、曝け出された生足。
濡れた長い髪を横に流して現れたうなじ。
風呂上がりというだけでもキツいところに着ているのは自分のシャツであるという現実がカナトの理性を叩き壊そうとする。
(こんなキツいとは思わなかった⋯これが明日もか⋯)
つい最近自覚したばかりのこの恋心。
しかも二五歳で初恋だ⋯
この恋をこれからどう進めていこうか⋯どう育んでいこうか⋯
楽しみで心が踊っていたはずなのに、今は理性と欲望が葛藤している。
(あ゙~⋯ハルキの言った通りだった~)
ハルキとの電話でカナトの顔が赤く染まった理由⋯
『好きな女の風呂上がり⋯我慢できるか?ハハッ、見ものだな!』
その好きな女が自分の妹だっていうのに⋯もう、何も言葉が出ない⋯
だが今まで女性のどんな姿にも心惹かれたことがないカナトにとっては確かに初めての衝撃だった。
たかが風呂あがり⋯たかが生足⋯たかがうなじ⋯たかが自分のシャツ⋯
カナトにとっては全て” たかが ”で済むようなことのはずなのにアラタに対しては” たかが ”で済まないのだ。
だが耐え抜かねばならない⋯
渡仲家の人達の信頼の他にもアラタ自身の気持ちも分からないのだから⋯
カナトが風呂から上がったことに気付かず、私は頭にタオルを被ったまま真剣にTVを見ていた。
「髪、乾かすでしょ?」
急にかけられた声に驚いて小さく体をビクつかせるとカナトがコンセントに差したドライヤーを渡してきた。
しっかりタオルで拭いていたのでもう殆ど乾いているのだが折角用意してくれたのでタオルで乾かしきれない部分を乾かそうと有り難く受け取った。
ささっと髪の内側を乾かして手櫛で整えているとカナトが後ろからブラシで髪を梳かしてくれた。
「ほんとに癖っ毛だったんだね。ゆるふわだ」
「これ、寝起きにはもっとクルクルになるんです」
梳かされる時にたまに首を掠めるカナトの指がくすぐったくて肩が動いてしまう。
くすぐったりだから仕方ないと必死に耐えたが耳を掠めた瞬間、体が大きく跳ねてしまった。
⋯⋯⋯。
固まって動かない二人の間に数秒の沈黙が流れる。
たった数秒がとても重たく感じ、耐えられなかった私はドライヤーを持って振り返った。
「カナトさんも乾かしますよね?」
ぱちくりさせたカナトの目がいつもの穏やかな垂れ目に戻って、何となく一安心する。
「乾かしてくれるの?」
ワクワクしたような顔で聞いてくる。
本当に遠慮なく甘えてくるようになったな――と思いながらソファーから下りて座るようにお願いする。
ドライヤーを当てながら柔らかい茶髪に指を通していく。
サラサラして触り心地がとても良い。
「乾くの早いですね」
「そうでしょ。いつもは楽でいいんだけど今日はこの髪質が憎いよ」
「何で?」
「人に乾かしてもらうのって気持ち良いんだね。もっとされてたかった」
どうやらまともに美容室にも行ったことがないらしく、そんなカナトの為に必要に迫られたタケルが必死に練習してカナトの髪を切るようになったという。
だから他人に髪を乾かしてもらった覚えが全くないというのだ。
「小さい頃とかは親がやってくれてたんだろうけどね。さすがに鮮明には覚えてないから⋯」
髪に触りながら話してくれるカナトの後ろ姿を見て、何かよく分からない感情が湧き上がる。
「明日も⋯乾かしてあげますよ?」
振り向いたカナトに小さめの声で「ありがとう」と笑顔で言われると更に何かが湧き上がってくる。
これは⋯何か嫌なやつだ⋯
必死に底に押し込んで仕舞っておかないといけないような⋯
一階の客間として使っている部屋に布団を用意するとその日は早々に眠りについた。
翌朝、目覚めると見慣れない灰色の天井が視界に入る。
ハッキリしない頭で必死にここはどこか考えようとするが眠気に敵わない。
捲くれている布団を被り直して体を丸めると温かい布団が気持ち良くて再び目を瞑る。
朦朧とする意識の中で何かを思い出す。
(朝ご飯⋯確か⋯鍋で⋯カナトさんが、雑炊⋯)
ガバっと勢い良く起き上がり、バタバタとリビングに向かうとTVを見ながらコーヒーを飲むカナトと目が合った。
「おはようございます!すみません。カナトさんより早く起きれなくて⋯」
マグカップに口を付けたまま笑ったカナトがゆっくりと洗面室を指差す。
「おはよう。顔、洗っといで?あと着替えに俺のトレーナーも置いといてるから」
返事をして急いで支度をする。
置いといてくれた黒いトレーナーもパジャマと同じくらいの丈で安心して着ていられそうだ。
しかも裏毛があるタイプだから凄く温かい。
ハルキから貰ったヘアアイロンを出して、昨日の夜よりウエーブのキツくなった髪をストレートにしていく。
最後に前髪を横に流して、カナトに貰ったヘアピンを付けるとキッチンに向かった。
冷や飯と卵でささっと雑炊を作り、漬物と一緒にテーブルに並べると待ってましたと言わんばかりの顔で椅子に座ったカナトと食べ始める。
「まだ吹雪いてますね。凄い風の音⋯」
「起きてすぐ確認したら、もう一階は雪で埋まってたよ。これって止んだ後どうしたらいいの?」
「昔同じような吹雪になった時は父さんが二階から飛び降りて玄関を発掘してました」
「俺⋯出来る気がしないんだけど⋯」
自信なさげなカナトに自分がやるから大丈夫だと言うと力強くテーブルに手を付いた。
「絶対ダメ!何かあったらどうすんの!?」
凄まじい剣幕で反対され、思わず「しません」と言うと安心したように眉尻を下げて、残りの雑炊を食べる。
カナトに心配をかけるのも申し訳ないと思い、朝食の片付けをして洗濯機を回してから天気予報を確認し、父に電話をかけた。
『おう、カナト君に迷惑かけてないか?』
「大丈夫だと思う。ねぇ、吹雪収まるの今日の夜中らしいじゃん?」
『そうだな。だから明日の午前中から町中に除雪が入るらしいんだが――』
この辺は住宅街なので除雪の優先順位が低い。
その為、近所に住んでいる父の友人が自前の除雪トラックでご近所一帯を善意で除雪して回るという。
『その後母さんとアカネと一緒にカナト君の家を掘り起こしに行くから大人しく待ってろ!くれぐれも父さんの真似して二階から飛び降りるなよ!』
通話が終わった画面を見ながら一息吐いて、カナトに父から聞いたことを話す。
ならばやる事もないからゆっくり過ごしたらいいと言われて、カナトは仕事をしに二階に上がっていった。
やる事がないと言われてもとりあえず洗濯物は干して、昼食と夕飯の献立を考えておく。
カフェオレとお菓子を用意して、ソファーに座ると何気なくイチカに電話した。
『ハイハーイ。雪ヤバいね!』
「ヤバいよね!てか、聞いてよ!」
昨日からの状況をざっくりと話して、最後に思いっきりハルキの愚痴を吐き出そうとすると
『ちょっと待って⋯あんた何でそんな平然としてんの?』
スマホの向こうからイチカの困惑した声が聞こえてきた。
何が?――と伝えると特大の溜め息を吐いた音が響く。
『一つ屋根の下で年頃の男女が吹雪で引き籠もってる状態だよ?』
「そうだね」
『しかも着替えがないから先生の服借りて着てるんでしょ?』
「そうです」
『もう恋人同士じゃん⋯』
イチカの言葉にカナトと色違いのマグカップを持つ手が止まった。
『実際は違うにしても⋯万が一何かあれば⋯受け入れるか拒絶しないといけないんだよ?分かってる?』
一体なんの心配をしているのだろうか⋯
無駄にイケメンで穏やかで優しい人が自分みたいな凡人と何かあるわけないだろう。
ハルキの妹だから普通の人より関わりやすくて距離感がおかしくなっているだけなんだから⋯
でも何故だろうか⋯そう思うと息苦しさを感じる。
「心配いらないって。私なんだから。もし何かあったら⋯夢だと思っとくよ」
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