結局恋しちゃうんです

畑 秋香

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20−1 付き纏い

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 夜中にいきなりカナトが現れて抱き締められた翌日。
 私は朝、普通にハルキに声をかけてから仕事へ行き、普段通りに仕事をした。

「アラタちゃん⋯」

 何度かカナトが心配そうに声をかけてきたが、いつも通りの笑顔で「何?」と聞けばハグされるだけでそれ以上何も聞かれなかった。

 本当はお礼を言わなければならない。
 分かってはいるがそうしたら色々と話さなければいけない流れになってしまう。
 それは避けたかった。

 ハルキも何か言いたげにしながら東京に帰っていき、特に何も変わらない日常を過ごしていた。



「あれ?ハルキの妹?」

 いつもの日常は突如終わりを告げた。

「そうだ、ハルキんちってここだったな」

 仕事帰りに自宅の前で高橋に会ってしまった。
 足がすくみ、冷や汗が流れる。

「高橋さん⋯でしたっけ?」

 当たり障りなく言葉を返すと満足気にニコリと笑った。

「そうだよ。マサルって気軽に呼んで?」

 呼ぶわけがない――とショルダーバックの肩紐を握る手に力が入る。

「今帰り?俺はコンビニに行こうと思ってたんだけど、良かったら――」

「あの、これから家族と夕飯なんで⋯失礼します」

 返事を聞かずに背を向けて、自宅に入っていった。
 玄関の戸が閉まって、やっと自分の心臓の音が尋常じゃないほど鳴り響いていること気付き、止まっていたのかと思うほど息切れした呼吸を整えた。

「アラタ、帰ったの?今、ご飯出すからね」

「ゴメン。カナトさんとこで軽く食べてきちゃった」

「そうなの?それならそれでいいから今度からは連絡しといてよ?」

 わかった――と返事をして、二階に駆け上がり部屋に籠もる。
 夕飯が喉を通るような状態じゃない。
 息をするだけで精一杯の体をベットに倒して、震えながら涙を流した。



 次の日も⋯その次の日も⋯高橋は毎日、自宅付近に現れた。

「どこで仕事してるの?」
「休みはいつ?」
「連絡先教えてよ」
「これからご飯行かない?」

 最初のうちはたまたま出会った言い訳を並べていた高橋。
 それも次第に言わなくなり、会えばすぐに馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。

 必死に逃れる言い訳を並べて逃げ帰る。

 いつまで耐えれば終わるのだろうか⋯

 まだひと月も経っていないのに、心が砕け散ってしまいそうだった。



「アラタちゃん、顔色悪いよ?」

 近頃、仕事中のハグの回数が一気に増えた。
 いつもなら困るとこだが心身共に疲弊しきっている今の私にはとても嬉しいことだった。

 温かく優しい⋯
 絶対に私を傷付けないと断言できる人。
 この人の腕の中は⋯どこよりも息がしやすい。

「大丈夫。気の所為だよ」

 はぐらかしているのが分かるのか抱き締める腕に力が込められる。



 カナトに顔色が悪いと言われたから、最近まともにしていなかった食事をしようと箸を持つ。
 何とか口に入れて、水で胃に流し込んでいく。
 吐き戻しそうにはならないが体が食事を拒絶しているように喉を通そうとしない。
 水で流し込んでいるせいで数口飲み込めばお腹が膨れてしまう。

 短くなった睡眠も横になってひたすら目を閉じ続けるようにした。
 所々眠れているようだが⋯よく分からない⋯

 それでも努力の甲斐あってか体が楽になったような気がする。

 この感じならそこまで心配かけないないだろう――と安心して過ごしていたが、ある日⋯
 カナトの言葉を聞いて、頬を汗が流れていった。

「暫くの間、家まで送っていくから」

 顔色も大分良くなったはずだし、前より調子も良い。
 なのに何故このようなことになったのか⋯

「どうして?」

「まだ本調子じゃなさそうだし、俺が大丈夫だと判断するまでは⋯ね?」

 毎日、自宅付近で待ち伏せされている⋯
 このまま帰ればカナトを巻き込んでしまう⋯

 途轍もない不安に襲われながら、自宅までの道をカナトに付き添われて歩く。

 幸い、高橋は現れなかった。

 その後もカナトに送ってもらうようになってから顔を出さなくなった高橋。
 これで終わったのかと一瞬思ったが、私の知るアレがこうも簡単に引き下がるはずもない⋯



 休みが被ったイチカと久々にランチに出た。

「あんた⋯痩せた?」

 当たっているので否定せずにあははと笑って頭を掻く。

「⋯⋯奢るからちゃんと食べて!」

 食べやすいだろうとリゾットを注文してゆっくり食べていく。
 最近は奴の顔を見ていないせいか食べる量も増えてきた。
 それでも注文した物を完食することが出来ず、イチカに謝る。
 頭を横に振ったイチカが静かに口を開いた。

「⋯⋯現れた?」

 肩がビクついた。
 その反応だけでイチカには十分だったようだ。

「どうして言ってくれなかったの?巻き込みたくないなんて言葉は聞かないよ!」

 なら言うことはないな――と口を閉ざす。

「私はそんなに頼りない?」

 自分のことを大事にしてくれているイチカを頼りないなんて思ったこともない。
 それどころか頼りにしすぎているくらいだ。
 否定しようと口を開けた⋯⋯その時⋯

「あれ?アラタじゃん」

 声を聞いたアラタの顔から血の気が引いた。
 表情の変化に気付いたイチカが声の方向に顔を向けると高橋の他にも⋯

「友達?こんにちは、俺アラタの兄貴の同級生。よろしくね」

「はぁ⋯」

「マサル、その子が言ってた子?」

 高橋じゃない人の声を聞いて、更に血の気が引いていく。
 何とか無難な対応を取る為に顔を向けると⋯そこには高橋の母親がいた⋯

「あら、いいじゃない」

「だろ?母さんなんだけど、ハルキの妹が可愛いって話してたんだよ」

「あとは家事が出来れば完璧だけど」

「家政婦の仕事してるんだから問題ないよ」

 私達が座るテーブルの横で好き勝手に話し続ける高橋親子。
 痺れを切らしたイチカが伝票を持って立ち上がる。

「私達もう出るので」

 テーブルと高橋親子の間を無理矢理通って私の腕を掴みに来ると立たせた私と高橋親子の間に立って、レジまで歩いてくれた。
 さっさと支払いを終えたイチカと急いで車に乗って、店から離れた。
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