結局恋しちゃうんです

畑 秋香

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21−1 恐怖の終わり

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 今日の夕方にはハルキとタケルが来るという。
 珍しくイチカがカナトの家にやって来てソワソワしているのでほくそ笑んでいると怒鳴られた。

「何!?その顔止めてよ!」

 顔を真っ赤にしてムキになっているものだからもっと揶揄いたくなってしまう。

「いやいや、だって楽しみなんでしょ?」

 否定できないのか手で顔を覆って、ソファーに倒れ込む。
 洗濯物を畳みながら可愛らしいイチカの姿に微笑んでいると横からクスクス笑う声が聞こえた。

「その姿、タケルに見せたいよ」

 カナトの声にイチカが慌てて起き上がる。

「あっ、いや⋯これは⋯」

「いいから、いいから。旅行以来なんだから楽しみだよね?」

 再び倒れ込んだ姿に笑い、二人が来るのを待つ。



「ヤバっ⋯色々とストックなかった⋯」

 キッチンで棚を漁りながら言葉を溢すとイチカが寄ってきた。

「今ないと困るの?」

「そうだね。すでに無いやつがあるから」

 それなら仕方がない――とイチカに車を出してもらって、近所のスーパーに向かう。
 もう二人が来てもおかしくない時間なので早く済ませようと足を速めた。

「イチカ、私醤油取ってくるから卵お願い」

 イチカと離れて、カートを押しながら調味料コーナーに行く。
 いつも使っている醤油を見つけて手を伸ばすと突然横から出てきた手に手首を掴まれた。

「やっと捕まえた」

 全身から血の気が引いていき、目線を上げると⋯⋯不気味に笑う高橋がいた。

「ここ、お店だから静かにね?」

 こいつは私を捕まえる機会を伺っていたのか⋯
 その行動に狂気を感じて、体が震える。

「付いてきて」

 カートを置き去りにして手首を引っ張られ、あっという間に店の外に出てきてしまった。
 足早に進む高橋の手を振り解こうと引かれる手を引っ張り返す。
 だが更に強く手首を掴まれて引っ張られていく。

 どんどんスーパーからもカナトの家からも離れていく。
 これ以上離れたらヤバいと思い、全力で振り解き元の道を走って戻った。

 もう薄暗い時間帯のせいか人があまり歩いていない。
 助けを求めたくても声が出てくれない。
 それでも何とか住宅街の中を走って、スーパーを目指したが呆気なく後ろから高橋に腕を掴まれて、引きずるように近くの公園に連れて行かれた。

 植え込みの木の影まで入っておくと振り返った高橋が私の両腕を掴んだ。

「何で逃げたの?俺、何かした?」

 毎日のように付き纏い、了承も得ないでここまで引きずって来ておいてどの口が言っているんだ――と思ってもそれも口に出ない。
 私が出来ることは目の前の存在に震え怯える様を見せることだけだった。

「ほんと⋯可愛いよね。ひと目見て思ったんだよ。すっごい好み」

 見下ろすような目で優越感に浸っているように話す。
 今にも食いついてきそうな雰囲気に絶望的な恐怖を感じた。

「でもさ⋯いつもアラタと一緒にいる男はなんなの?あいつの家で仕事してるんでしょ?」

 どう言えばカナトをこいつの意識から外せるか⋯
 動揺する意識の中で必死に考えた。

「顔は良いみたいだけど⋯それだけって感じじゃん?つまんなそうな男だよな」

 顔だけ?つまらない?
 こいつにカナトの何が分かるのか⋯
 その顔でどれだけ苦労してきたか、どれだけ可愛らしく甘えてくるか、どれだけ頼もしいか。

「てか、相当遊んでるだろうな。女誑しの顔だよ。俺なんか好みの女としかしたくないから今だ純粋なのによ」

 確かに欲だけ満たすのにそういう事もしてきただろうがお互いに了承の上ならばまだ健全だ。
 拘りを拗らせて、欲を吐き出したこともなく、こんな行動に出ているこいつのほうが余程おかしく感じる。

 腹が立ち、手を振り解いて奴の体を思いっきり押した。
 だが大して後退りすることなく、怒りに満ちた顔の高橋が胸倉を掴んできて、草の上に投げ倒される。
 覆い被さってきた高橋がグシャっと私の髪を鷲掴んだ。

「何が不満なんだよ。そうやってビクビクしてんなら素直に「ハイ」って返事してればいいじゃん」

 こいつの言ってることには何一つ同意できない。
 カナトを悪く言ったことだけは⋯許したくない。

「あんたに⋯あの人の、何が⋯分かるのさ⋯」

「はぁ?」

 恐怖と怒りでより一層体が震える。
 それでもカナトをバカにされて黙ってられない私は涙を流しながら叫んだ。

「知りもしないでバカにすんな!分かったような口聞くな!あの人のほうがあんたより純粋なっ――っ!?」

 手で口を掴まれて、言葉を塞がれると高橋は血走った目を見開いて顔を近付けてきた。

「あんなのを庇うのか?目の前に俺がいるのに?」

 言ってる意味が分からない⋯口を塞ぐ手を退かそうと両手で高橋の腕を掴んで押し返し、抵抗する。
 すると服の中に手を入れらて、直接お腹に触れてくる感覚に息が止まった。

「触り心地もいいじゃん」

 もうダメなのかな⋯

 涙で視界が揺れる⋯⋯すると高橋が横に飛んでいった。

 解放された口で必死に肺に酸素を入れていると体を引っ張り起こされ、温かいものに包まれた。

「アラタちゃん」

「カ、ナト⋯さっ⋯」

 カナトに抱き締められて、一気に緊張の糸が解けていく。

 本当に守ってくれた。
 カナトの背中に手を回して服を掴み、肩に顔を埋めて涙を流した。

「高橋⋯お前、うちの妹に何してんだよ!」

 振り返るとハルキが高橋の胸倉を掴んで、怒りを露わにして怒鳴っていた。
 その横にはタケルも立っていて、視界にイチカが入ってきた。

「アラタ、大丈夫?」

「⋯イチ、カ⋯ごめっ」

 無理矢理連れて行かれたことは分かっている――とイチカが言う。

 たまたまスーパーで私達を見たイチカの実家のお店の常連さんがアラタだけが男とスーパーを出て行ったことに違和感を感じて、イチカを探して教えてくれたのだ。
 慌てて外に出たがすでに見当たらず、念の為にダウンロードしていた追跡アプリを開いて居場所を確認し、急いでカナトに連絡して駆けつけた⋯
 説明するイチカは今にも泣きそうな顔をしていた。
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