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25−1 祖父の訪問
しおりを挟むある静かな午後⋯
カナトと休憩を済ませて掃除をしているとインターホンが鳴り響いた。
モニターを確認し、通話ボタンを押す。
「ハイ、どちら様でしょうか?」
モニターの画面に男性が映り込んだ。
その顔を見た私は目と口が大きく開いた。
『オレだ!』
私は慌てて玄関に行き、二階に向かって叫んだ。
「カナトさーん!社長が来たー!」
二階からガタン、ドタンと何かが倒れたような音が聞こえた。
やはり連絡はなかったらしい。
相当驚いているようだ⋯
玄関の戸を開けると満面の笑みの社長が私を見下ろしてきた。
「久しぶりだな!元気だったか?」
相変わらず元気な人だ⋯
実際の年齢が気になる。
「ハイ。⋯えっと、どうぞ⋯」
中に招き入れるとカナトが階段を下りてきた。
「マジか⋯何か用?」
数年振りの再会のはずなのに凄まじい塩対応。
しかし社長の笑顔は変わらなかった。
「顔を合わすのは数年振りだろ。もっと気を遣ったことは言えないのか?」
「アポ無し訪問するジジイに使う気遣いはない」
「相変わらずだな。まぁ今日は話も合ったから来たんだ。座って話そう」
ソファーに腰を下ろした二人にコーヒーを用意する為、キッチンに入る。
「オレの後任の件だが⋯タケルに決めたぞ」
「それが一番良いでしょ」
「だが相続に関しては――」
何やら他所の家の深い話しが背後から聞こえる。
これは私が聞いていても構わない内容なのか⋯
土地や建物の権利とか財産管理とか、一般庶民の私とは無縁の単語が飛び交っている。
コーヒーを二人の前に置き、二階の掃除をしてこようと踵を返す。
だが、カナトに手を掴まれた。
「どこ行くの?」
「二階の掃除をしようと⋯」
「久しぶりなのに釣れないなぁ。土産があるから茶を入れてきて食え」
目の前に綺麗に包装された包みが出された。
「チョコが好きだと聞いたからな。知り合いのショコラティエに作ってもらったんだ」
私は急いで紅茶を用意して、カナトの隣に座った。
「嬉しそうだな。さぁ、食え」
箱の中には食べるのが勿体無いほど綺麗なチョコレートが沢山詰められていた。
「⋯⋯綺麗⋯」
「そうだろ?味も絶品だ。勿体無いと思うかもしれないが目で味わったら舌でも味わって食べないとな」
スマホで写真を撮ってから一つ口に入れた。
「ん!」
今まで味わったことがない美味しさに身が捩れる。
こんな物食べてしまったら、もう普通のチョコレート菓子が食べれなくなってしまうんじゃないか!?
「信じられないほど美味しいです。ありがとうございます」
満足そうに笑う社長。
「カナトが世話になっている。その礼だ」
豪快に笑っている姿を見ているとカナトが一つ摘んで私の口に入れてきた。
社長の前で止めてほしいが⋯
こんなニコニコされたら何も言えない。
「それとまだ先の話だが、お前の新しい担当も決まった」
確かに今の話じゃなくても、タケルが社長になればカナトの担当に空席ができる。
しかし、そう簡単に問題なくカナトの編集者が決まるものなのか⋯
「大丈夫なの?男でも人によっては僻まれて面倒事が起きるのに⋯」
「心配ない!雇ったばかりだが今はタケルが直々に仕事を教えてるからな」
「へぇ~。相当信用ある人みたいだね」
「そりゃそうだ!ハルキだからな!」
⋯⋯⋯。
私とカナトの時間が止まった。
「渡仲ハルキ?」
「そうだ」
「私の兄のハルキですか?」
「そうだ」
頭が痛い⋯
本当にいつも何も言ってこないが、まさか今回は転職⋯
しかもカナトの祖父の会社。
「タケルを後任に考えていた時からカナトの担当に欲しいと思ってたんだ。おおらかで明るく、責任感もある」
社長はカナトが安心して仕事が出来るようにとハルキにお願いしたらしい。
そして頭を下げる社長にハルキが言った。
「確かに⋯あいつは新しい奴を簡単に受け入れないでしょうからね。なら、あいつの仕事の世話は俺の役目です」
ついでに「プライベートの世話は妹の仕事ですけどね」と余計な言葉付きで⋯
話しを聞いたカナトは必死にポーカーフェイスでいようとするが、とても嬉しそうだ。
ハルキは本当に友人であるカナトを大事にしている。
私はあんなボンクラ兄貴でもそういう大事なものを必死に大事に出来る心根が大好きだ。
「社長。ご迷惑掛けるかと思いますが⋯兄を宜しくお願いします」
「ん、立派な社員に育て上げ、大事にしよう」
家に帰ったら、親に報告しなければ。
そして伝えよう⋯社長の偉大さとハルキの優しさを⋯
まだ会って二回目、それでもやっぱり思うことは前と同じだ。
この人の言葉はスッと入ってくる。
信じられる。
家や仕事の話しが終わるとカナトは一度仕事を終わらせてくると言って、部屋に戻った。
私はそのまま社長と会話を続けた。
「しっかし、結局はくっついたんだな」
まさか社長にそこを突っ込まれるとは思っていませんでした。
「お前がカナトが幼い頃言っていた夢の子だったとは⋯」
社長はここに来ると決めた時にタケルから話しを聞かされたという。
ただそれはカナトの話しだけだ。
タケルは私を気遣ってくれたようだ。
「だが話しを聞いていると妙なんだよな⋯。お前はアレだ、人生二周目って感じだな」
ドキッとした私に社長が話しを続けた。
「パッと見はただのしっかりした娘だが⋯その奥に妙な落ち着きと人生に対する覚悟を感じた」
人の上に立つ人とはこういう人ばかりなのだろうか⋯
見抜く力に長けているというのがいいだろう。
私と顔を合わせたのは二回目⋯あとは話しか聞いていないはずなのに⋯
「だから思ったんだ。カナトのように不思議な夢を見ることがあるとするなら、お前も夢か何かで一度先の人生を見たか経験しているのではないかと⋯」
肩の力が一気に抜けた。
カナトの事だけでここまで推理してしまうこの人に隠すことは何もないと⋯
私は⋯全てを話した。
「なるほど。オレの思ってた通りだったんだな」
「そうです。正直驚きました」
「オレは昔から人の腹の中を見るのが唯一の特技なんだ」
ニッと笑った顔に釣られて、つい笑ってしまう。
「よく頑張った」
笑っていた社長が優しく⋯穏やかな表情を浮かべていた。
「一〇歳で人生を振り返り、不幸を回避するということは⋯貴重な子供時代を無くしたも同然。勿論楽しい思い出もあるだろうが、いつも後ろから不安に囁かれただろう」
まるでその時の私を見ているかのように真っ直ぐに見つめてくる。
「それでもやり切ったお前は強い。カナトと夢で繋がったのもきっと何かの縁なんだ。この先、二人で幸せになるんだ。このジジイがいつでも力になろう」
カナトと顔は全く似ていない。
でも優しい言葉をかけてくれる時の穏やかな表情の作り方が同じだ。
私はこの表情にいつも心を救われてる。
「あ、りがとっ⋯ござっ⋯っ、」
涙が流れる。
社長の目の前で泣くなんて、みっともない。
涙を止めたいのにポロポロとどんどん溢れ出てくる。
こんなにすんなり受け入れられた⋯
カナトの祖父が自分を理解してくれた喜びの分だけ涙が流れてるようだった。
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