24 / 84
ローナ 10歳編
可愛い妹 ーイーサン視点ー
しおりを挟む自分が十の歳になる頃、母は娘を産んだ。
つまりは「妹」にあたる存在なのだが、自分でも驚くほどに、何の関心も抱かなかった。
妹は「ローナ」と名付けられ、両親から溢れんばかりの愛を受けて、蝶よ花よと育てられていた。
両親や使用人らが語る妹像は嘘のように完璧で、まさに貴族の娘らしい"持つ者"として、過分な程の見目や才能、愛想に運と、並べればキリがないほどのものをその幼い身に得ていた。
ーー哀れだとは思う。
まだ幼い身ながら、あんなにも当然のように与えられ持ち合わせていたら、一つでも失った時にどうなってしまうのかと。
だからといって、何をするわけでもなかったが。
妹が与えられたものの中で最も価値のある、どれよりも重みのあるものは、王太子殿下との婚約だった。
何物にも変え難い、この世でたった一つの称号。
貴族の女子にとって、最も名誉ある立場。
元より王太子殿下誕生に合わせて妹は生まれたのだろうと思っていたが、こうも上手くいくものかと感心したのを覚えている。
与えられていないものが何かを探す方が大変になった妹は、いついかなる時に見かけても、幸せそうに微笑んでいた。
母の友人の息子であるフントの令息の不手際によってローナが失明したと聞いた時は、手元にあったティーカップがズリ落ちそうになる程度には驚いた。
よもや失明とは。
失明と簡単に一言で言っても、妹からあらゆるものを奪うのには十分すぎる事象である。
ついに"持つ者"から"持たざる者"へと転落した妹がどう出るのか、面倒な可能性ばかりが頭をよぎる。
どうやら妹はアルブレヒト殿下に恋慕していたようなので、荒れるだろうと思った。
父に無茶な要求をして、原因となったフント令息に難題を言いつけて。
だがそれらはすべて、妹を溺愛し甘やかしすぎたツケがきたに過ぎない。
関わらないが吉だ。
元より「妹」という記号でしか認識していなかったのだから、今までと何ら変わらない。
向こうとて、そうだろうから。
* * *
なぜ自分でも声をかけたのかわからなかった。
気まぐれを起こすような性格ならばもっと早くに起こしていただろうし、気に障ったとしたらもっと違う言葉をかけていたに違いない。
だがーー侍女の制止を振り切ってでも車椅子を扱う妹に興味が惹かれたのは確かだった。
車椅子を自分で操縦するのは、万が一に備えてだと妹は語った。
成る程。確かにその通りだろうと、妙に納得したと同時に、ひどく驚いた。
これが本当に、"持つ者"から"持たざる者"に転落した人間なのか?
失ったものは妹が持つ中で最も強大で価値のあるものだった。
それだけではない。盲目となったことで、私には想像さえできない多くの事柄を失った筈だ。
にも関わらず妹はーーローナは、ひたすらに前を向いているのか。
そこに立ち止まり、かつての栄光を取り戻そうと自棄になるのではなく、残ったものに縋るでもなく。
今の自分に出来る最高を求めて、努力している。
「ローナは、良い子だな」
まさか自分がこんな事を誰かに、それも関わることはないだろうと考えていた妹に言うとは思いもしなかった。
口は自然と言葉を紡ぎ、ローナに近づこうと己の足は歩みを進める。
私の発した言葉を侍女が否定して、ローナは"とても可愛い良い子"なのだと訂正した。
侍女が私に否定したことに驚いたが、そうまでして伝えたかったことの内容にはさらに驚いた。
そういえば妹の顔さえじっくりと見たことがないと気付いて、私はその顔を改めて見つめる。
同じ色彩に同じような形をしているというのに、確かに侍女の言う通り、ローナは随分と可愛いようだ。
私に可愛いと言われたローナは、言われ慣れているだろうに、わざわざ頬を赤く染めて睫毛を揺らした。
予想外の初心な反応に首を傾げたが、もしやこれは"私が言った"ということに起因しているのだろうか。
……可愛い。
妹は、ローナはこんなにも可愛かったのか。
今まで知っていると思い込んできた「妹」というのは、私が作り上げた記号に過ぎなくて。
本物の「ローナ」は、こんなにも素晴らしかったというのに。
妹に対して思っていたことの全てを後悔した。
面倒だ、関わらない方が良いなどと、勝手に思い込んだ偶像をもとに判断して。
まさしく、愚の骨頂。
相手に対する決めつけや固定観念は、外交官として他国と交流していく中で致命的なミスになりうると、父から念を押されてきたというのに。
それなのに私は、無意識にも妹に対してそれを行ってきていたというのだ。
その全てを読まれた訳ではないだろうがーーしかし妹はある程度を察知して、私を"兄"とは呼び難いようだ。
当然だ。これまでを思えば、むしろ片言でも兄と呼んでくれたのは奇跡というもの。
無理をしなくていい。これから私は、ローナに兄として認めてもらえるように努力するつもりだから。
それなのにローナは、兄として拒否するはおろか、私のことを"大好き"だなどと言うではないか。
心臓が鷲掴みにされたように締め付けられ、くらりと頭が揺れた。
こんなにも甘くて柔らかい、可愛らしいのに美しくもあるものは何だろうか。何だというのか。
「兄さん」と嬉しそうに呼ぶローナを、抱きしめ潰してしまいそうになる。
その時私は、愛おしいとはこのことを言うのかと、生まれて初めて理解した。
腕の中で私とのこれからを予定して心底楽しそうに微笑むローナを見ていたら、私は堪らなくなってその小さな額にキスをした。
ぬいぐるみにキスを贈る女性の心理が分かったような気がする。
「やっぱりローナは、とても可愛い良い子だ」
可愛い可愛い、私の妹のローナ。
今までの失態を反省して、その分ローナを大切にすると誓おう。
この腕の中の愛おしい温もりが、もう二度と涙を流すことがないように。
25
あなたにおすすめの小説
醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。
髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は…
悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。
そしてこの髪の奥のお顔は…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴットハンドで世界を変えますよ?
**********************
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
転生侍女シリーズ第二弾です。
短編全4話で、投稿予約済みです。
よろしくお願いします。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。
お嬢様の悩みは…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴッドハンドで世界を変えますよ?
**********************
転生侍女シリーズ第三弾。
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる