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ローナ 13歳編
王家との結婚が意味するものは
しおりを挟むまさか母が考え無しに発言したとはとても思えない。
母には母なりの策があるから王家の前で断言したのだと信じて、今ばかりは私たちは王太子殿下に対して一歩も引かない姿勢をとると決めた。
ーーだって、今日で私たち三人を取り巻く"婚約"に関する全てを整理する心算なのだから。
もう後には引けない。
「"正当な理由なく"、ねえ……。この国でただ一人の、国王陛下の息子である僕の発言を考慮して貴族院が下した、君たちの婚約への反対の理由が正当ではないと、フント令息は言うんだね?」
困り果てたような声色の王太子殿下は、私たちの不安を煽ってセシルの発言を撤回させることで、この話をなあなあにしようとしているのだろう。
「はい」
王太子殿下の思惑通りに動かずに、セシルは引かなかった。
「……ふぅん」
それに対し、王太子殿下は珍しい事に、本心を露わにしてつまらなそうに呟いた。
もう、こちら側が脅しに屈しないと理解したからだろうか。
見えずとも、一気に急降下した王太子殿下の機嫌の悪さが落ちた沈黙の中で伝わってくる。
セシルが頑張ってくれたので今度は私の番だと、元より伸びていた背筋をさらに整え、私は「婚約の件に関して、殿下にお聞きしたい事があります」と切り出した。
「なあに?どうしたの」
不機嫌な雰囲気は変わらず、しかし声色だけは好意的なものに変えて答えた王太子殿下に尻込みしそうになるが、開いた口を閉じてはいけない。
「アルブレヒト王太子殿下と私、ローナ・リーヴェの婚約は三年前に破棄されました。それは、王家と貴族院の決定による絶対的なもので御座います……にも関わらず、殿下が私に固執する理由をお聞かせ頂けないでしょうか」
「…………」
固執……でいいはず。
三年の間ずっと「ローナ以外と~」の発言を撤回せずに一国の王太子が婚約しないままでいるのには、執念に近い執着を感じるのだから。
国に属する者として、巻き込まれた当事者として、この疑問を問いかけて答えてもらう権利が、私にはあるはずだ。
答えあぐねて黙りを続ける王太子殿下に、私はここに来るまでに用意していた手札の一つを差し出す事にした。
「殿下と私が結婚することによって生まれる利益について、前に、貴族院での会議を含めて父から聞かせていただきました。不利益についても、同様に」
「そう……貴族院会議の内容は家族であっても守秘義務があるのだけれど……まあ、今回の事は仕方ないかな。不問にしようか。続けて?」
「寛大なご判断、ありがとうございます……それではまず、利益について聞いたことをまとめさせていただきます」
口を濡らすだけの紅茶を含んで、私は父と話した時の記憶を思い起こしながら話を始めた。
「私たちが生まれる十二年前まで、レーヴェ王国とハーン王国は領地拡大を理由に戦っていました。いわゆる『五年戦争』で御座います。当時、領地の繁栄による軍隊の拡張によって勢いを増していたレーヴェ王国を抑えるためという名目で、クロイツ王国がハーン王国との軍事同盟によって参加した戦争でもあります」
「よく勉強しているね」という茶化しのような王太子殿下の合いの手に礼をしつつ、私は緊張で震えそうな声を律して続けた。
「その五年戦争のこともあり、関係悪化の一途を辿っていたクロイツ王国とレーヴェ王国でしたが、我が父であるギュンター・リーヴェとレーヴェ王国の姫の結婚によって、文化的交流の再開を果たしました。現在の両国の目覚ましい国交の回復は、リーヴェの結婚が大きく関係していると自負しております」
「そうだね、その通りだ」
「ですからクロイツ王国の将来を担うお方であらせられる王太子殿下とレーヴェ王国の王族の血をひく私との結婚は、クロイツ・レーヴェ両国の関係のさらなる強化を意味し、それに伴う文化的、経済的利益を生むでしょう」
この話を聞いた時ーー政治的側面は無いと幼い私に父が話していたのは、貴族院会議での決定を話せなかったからとはいえ、ここまで外交的な政治的側面の意味を含んでいた婚約だったのには驚いた。
ともかく。
ここまでが、王太子殿下と私が結婚したことによる利益の話。
クロイツとして耳障りの良い話を続けたけれど、政とは一面だけに終わるものではない。
ここからが、私が訴えたい不利益の話だ。
「ですが。よく、お考えになってください。私との結婚によってレーヴェ王国との関係改善は捗ることでしょうが、軍事同盟を結んでいるハーン王国とはどうなるでしょうか」
「レーヴェとハーンの仲の悪さは神代よりも前からだとの評判だからね」
「はい、その通りで御座います。彼方を立てれば此方が立たずといったように、レーヴェ王国との関係が深まれば、ハーン王国との軍事同盟の破棄。最悪は、五年戦争の再来となるでしょう……勿論、今度はクロイツ王国はレーヴェ王国の味方として」
いつまた戦争を始めてもおかしくないレーヴェとハーンに、火種を注ぐようにレーヴェ王族関係者とクロイツの王太子が結婚してしまったら、目も当てられない結果を生むかもしれない。
父はこの話をした時、王太子殿下と私の婚約を決めた、自分を含めた過去の貴族院はあまりにも浅はかだったと言っていた。
……でもしょうがない。だって、未来は誰にもわからなかった。
父は全てを語らなかったので、私が学んだ事とを合わせて考えて、まさかハーン王国が今のようになるとは考えていなかったのだと思う。
「決着を着けずに終戦した五年戦争でしたが、そこから勢力を大きく拡大した現在のハーン王国に反抗するような手を取るのは危険です。今のハーン王国ならびに同盟を結んでいる諸外国と戦争をしては、クロイツ王国が滅びかねません。私との結婚とは、クロイツの滅亡さえも意味するのです」
元より周辺諸国の文化の中心としてレーヴェ以外敵無しの大国だったハーン王国だったが、ここ最近は驚異的な成長を遂げている。
同盟国として良好な関係を保ち続けているクロイツ王国だからこそ攻められはしないが、先月だって、隣国がハーン王国の支配下に入ったと知らせがあったばかりだ。
「レーヴェとの利益よりもハーンの不利益の方が大きいこの結婚は、婚約破棄決定の貴族院会議でも、賛成の声の方が圧倒的に大きかったと聞きました」
きっかけは私が盲目になった事だったが、早かれ遅かれ、王太子殿下と私の婚約は破棄されていたということだ。
王太子といえど子供の駄々を通せるほど簡単な話ではないのだから、今の曖昧な状況はおかしいーーのだけれど。
「でもそれは、"リーヴェ侯爵家の意見"だよね」
クロイツの滅亡さえも危ぶまれる結婚だというのにーー未だに状況が変わらない理由こそが、彼に余裕を持たせているのだろうか。
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