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ローナ 13歳編
嘘つき
しおりを挟む『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』における『ローナ・リーヴェ』の人生は、主人公がどのエンディングを迎えるかによって左右される。
悪役令嬢である『カミラ・ベーゼヴィヒト』はどのエンディングであっても断罪されるのとは異なり、『ローナ・リーヴェ』には、彼女にとってのハッピーエンドが用意されていた。
『アルブレヒト・メクレンブルガー王太子殿下』ルートにて、主人公が『令嬢の落とし物』を見つけることができず、王太子殿下の一定以上の好感度を満たさなかった時に迎えるバッドエンドの事である。
それはーーカミラを使役し、セシルを手駒として扱い、主人公を貶めてでも彼女が"欲したもの"を得るエンディングで。
そうまでしてローナが欲しかったものは当然、好きな人の婚約者の座である。
「確かにあの日の緊急会議で、リーヴェ侯爵は君が今話したような事を発言していたよ。それに賛同する貴族も多数いた…………でもね、反対する者だっていたんだ」
柔らかで温かな声色で、まるで頑固な子供に言い聞かせるような口調で王太子殿下は口を開いた。
……これまでに考えなかった訳じゃない。
どうして王太子殿下ルートのバッドエンドで、ローナが再び王太子殿下の婚約者に返り咲くことができたのだろうか、と。
いくら『魔眼鏡』の存在があるとはいえ、一度は貴族院会議で下された半永久的な決定を覆すような、国として異例の事態を、ただ一人の令嬢の為に起こせるのだろうか。
何か他の、ローナと結婚することで得られる特別な利益が何かあるんじゃないかと考えて出た結論が、レーヴェ王国との関係強化、ハーン王国との戦争だった。
「そうだね。ローナが言う通り、レーヴェとの関係がますます良いものになる代わりに、ハーンを怒らせる事になる。ーーでもね」
喋り出す前に含んだ水分が全て無くなってしまって、口の中がカラカラに乾いている。
なのに、ティーカップに手を伸ばす動作さえ躊躇われるほどに、緊迫が私の肌を刺していて。
「ーーそれがどうしたっていうの?」
ゾワリと本能的な恐怖が全身に鳥肌を立たせた。
発せられたのは短い言葉だというのに、心臓に刃物を突き立てられたかのような恐怖と冷ややかさが感じられて。
自ずと身を守るように、片腕で己の体を抱きしめていた。
「大国ハーンの勢いを止めるなら今しかない。この機を逃せば、クロイツ・ハーン軍事同盟など紙切れ同然に化し、我が領土に侵攻されるかもしれない。ならばレーヴェとの関係を強化し、軍事同盟を結び、きたる襲撃に備えて軍備を整える方がよっぽど現実的なんじゃないかって……エルンスト公爵を筆頭に、僕も賛成した意見を無視しないでほしいな」
「で……ですがそれは、ハーン王国の最大勢力の同盟国であり、レーヴェ王国にとって因縁の相手である、かつての帝国……シルト王国をも敵に回す判断で御座います。私はそれを、賢明とは思えません」
「シルトは堕ちた。帝国だったのも、もはや50年以上前の話。彼の国が過去の栄光に縋っているだけなのは、有名な話だよね。現に、シルトはハーンに寄りかかってばかりいる」
米神から嫌な汗が頬を伝い、握り締めたせいで手袋がギシギシと音を鳴らしている手の甲に流れ落ちた。
理解している。そういう考えがある事は。
知っていた。家庭教師の先生に、学んできたのだから。
でも、でも。
「……王太子殿下は、戦争を引き起こす事になっても良いとお考えですか?」
「致し方ない場合もある。当然でしょう」
私とこの人とでは、あまりにも価値観が違いすぎる。
否、この時世に合わない考え方をしているのは私の方だ。
今まさに他国間の戦争が各地で起こっており、クロイツは同盟国として参加していると教わっているのだから。
それでも、前世の記憶が思い出された私にとって"戦争"なんていうものはーー平和主義の国に生きた人間としては、絶対に避けるべき事柄という認識が強くて。
「外交を担うリーヴェ侯爵は平和主義だから、ローナもその影響を受けているのはわかるけれど……あまり建設的な意見とは言えないな。破棄に対して賛成意見が多かったのは確かだけれど、そこにエルンスト公爵の意見を丸切り覆せるほどの利益はなかった。だから僕たちの婚約は破棄されてもなお、効力を保ち続けているんだよ」
項垂れて何も言えない私を、王太子殿下は慰めるような優しい声で呟くように言った。
私よりもずっと賢い人たちが集まって話し合った中でさえも出なかった、レーヴェ王国との利益を覆せるような提案を、私にできる筈がない。
「……戦争とは、人が死ぬのですよ」
いつの間にか、せめてもの反抗とでもいうかのように、反論にもならないような言葉が漏れ出ていた。
「そうだね」
「可能性だけで下した決断で、たくさんの国民が死ぬのです……死ぬのは何も、兵士として駆り出された者だけじゃない。場合によっては、一般市民も……我が国が敗戦すれば、真っ先に貴方様方王族は殺されます」
「うん」
止まらない私の言葉の一つ一つに、王太子殿下は簡単な相槌を返す。
それが命をとても軽いものとして扱っているように思えて、私は悔しくなって王太子殿下がいる方を睨みつけ、責めるような口調で声を上げた。
「なぜ、そうまでして私に拘るのですか」
エルンスト公爵の意見を覆せなかったと彼は言ったけれど、それは利益問題だけではく、王太子殿下が賛同したから、というのも大きな理由だろう。
貴方が賛成しなければ、こんな事にならなかったかもしれないのに。
過ぎた話にたらればなど、どうにもならないとわかっていても、そう思わずにはいられない。
戦争なんて、勝っても得られる利益は一瞬なのだから、王太子殿下だってできるだけ起こしたくはないだろうに。
どうして。
「ローナが好きだからだよ」
ーー直感的に「嘘だ」と思った。
その声は甘やかにすんなりと耳に馴染んだのに、見た目を愛らしく仕上げて、甘い匂いを付けただけのサンプル品のように"完璧"な偽物で。
それがなんだかとても哀れに思えてーー気づけば私は、睫毛に乗った雫の一粒を床にポトンと落としていたのだった。
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