盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 16歳編

プロローグ

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「絶対に俺の方が良いに決まっている」
「いいえ、こればかりは譲れません」


 ある昼下がりの平和を具現化したような午後ーークロイツ王国の外交を一手に担うリーヴェ侯爵の、素晴らしく優美で、そして壮観な根城の一画にて、男女が向かい合って言い争いを繰り広げている。


 対立の一方である男は、ダークチョコレート色の髪と煮込んだ赤ワイン色の鋭い瞳を持つ、年相応の幼さの残る顔立ちの中に、それとは矛盾する厳格さを漂わせる精悍な偉丈夫である。

 もう一方はというと、光を帯びて銀色にも見えるプラチナブロンドの髪を引っ詰めにし、太陽の輝く青空を思わせる瞳を持つ、実用性とそれなりのデザイン性を兼ね備えたお仕着せを身に纏う壮年の女。


 その正体は、片や侯爵令息、片や侯爵家お抱えの侍女という二人だが……どらちも手に一枚の図案を掲げ、間に火花を散らすほどに激しく睨み合っていた。


「よろしいですか?お嬢様が細工など不必要な程美しくいらっしゃるのは当然ですがーーそれとこれは別です!!最新の流行を積極的に取り入れつつ、新たな流行を生み出していくべきです!」
「細工など必要ないと言うのなら、下品極まりない流行なぞ取り入れる必要がない。リボンとレースをふんだんにあしらい、肌を一切見せないドレスこそが彼女に相応しい」


 どちらも互いの意見を聞き入れるつもりは毛頭なく、一歩も引こうとしない。

 しかし、どちらにも共通する事として、これだけ自信満々に己の案こそ相応しいと訴えるにも関わらず、話題の渦中たる張本人に同意を求めていない。


 なぜか。


「元気ねぇ」
「……この状況をその一言で済ませられるローナはすごいと思うよ」


 張本人たるリーヴェ侯爵家の令嬢ーーローナは、白銀の長い睫毛に縁取られた蜂蜜を蕩して微笑み、飼い犬が庭を駆け回る様子でも見ているかのような声色でそう言った。

 どこをどう聞いても、二人の激しい言い争いは"元気"の一言で済ませられるような簡単なものではない。
 隣に座る彼女の友人であるギーゼラは、ローナだけ違うものが聞こえているのではと疑わずにはいられなかった。


「下品とは何ですか、下品とは!今は踝が見えるくらいのスカート丈が洒落ていると、貴族の御令嬢方に人気なのです!精巧な出来栄えの靴を嫌味なく見せることができ、少女らしい活発さを演じることができて大変愛らしい丈だと評判を呼び、大大、大流行中なので御座います!それを、下品などと……!」
「ローナの踝を他の奴らに見せる必要性を微塵たりとも感じない。それにガードナー、貴方のその図案では踝だけでなく肩まで見せるようなデザインだ。肌の露出は許せない。絶対に!」


 まるで上等な音楽団の演奏でも嗜んでいるかのような顔で二人の言い争いを聞きつつ、ローナは紅茶を優雅に啜る。


 つまりーー大変珍しいことに、愛し愛しと想い合い、貴方の為ならばとセシルの提案に何でも頷いてしまうローナが、今回は同意せずに静観しているのだ。

 舞踏会用にあしらえるドレスも、普段に着るドレスでさえセシルの要望を叶える彼女が、だ。

 クロイツ王国の流行りから大きく外れた、ギーゼラ曰くの"修道女ドレス"を嬉々として受け入れているローナは、どうやら今ばかりはいないらしい。


 また信頼のおける侍女であるアンの案にも静観の姿勢を貫いている時点で、どちらの図案にも賛同してくれないというのがわかっているのか、アンもローナへ同意を求める声を掛けないでいる。


 そういう訳で。
 常ならばセシルの案を受け入れると声を上げるローナが傍観の立場を貫く様子から、彼女に己の図案を明確に拒否されるのを恐れている為、または普段は想い人の案を受け入れて流行遅れのドレスばかりを着用している主人へここぞとばかりに最新のものを身につけてもらう為、二人の言い争いは止まらない。


「確かにフントのはちょっとヤダなって私でも思うけど……アンさんの方は可愛いと思うよ?」


 セシルが掲げる図案に描かれたドレスは、一流の職人に彼が要望を伝えて図面に起してもらったものなので、何もかもが駄目という訳ではないが……。

 図案に描かれた流行遅れの首から足の爪先までキッチリ布で覆われた、顔と手先以外の肌を見せまいとする意図が感じられる"修道女ドレス"なのは兎も角として、いくら何でもリボンやレースが多すぎる。

 幼い印象を与えるどころか、ローナたちの年齢で着用するには、ちと痛い。


 それと比べると、アンが掲げる図案は天と地の差があると言ってしまっても過言ではないほどに素晴らしい。


 だというのに、ローナはギーゼラの言葉に曖昧に微笑むばかり。


 それもそのはず。

 ローナは心の中で、アンの図案に対して誰にも言えない意見を抱えていた。


 セシルが提案する図案に対して、ギーゼラが抱いた感想と全く同じことをローナは思ったので同意しなかったのは一先ずとしてーーアンが提案するそれは、ローナの頭にある前世の記憶に登場する『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』の中で『ローナ・リーヴェ』が着用していたドレスその物なのだ。

 『ローナのドレス』と銘打たれていたそれは、確かにプレイヤー達を魅了するだけの魅力が詰まっているが……ラスボス令嬢と名高かった彼女と同じものを着用する気には、到底なれないのだ。



 折角、王都一の腕前を持つデザイナーを呼んでのデザイン決めであったのに、このまま言い争いを続けるようでは、今日中に終わらないかもしれない。

 ローナは「元気ねぇ」と呟いたその裏では、この状況にどうやって終止符を打とうかと悩んでいた。


「ローナ、ようやく二年次の教科書ができーー……これは一体、どういう状況だ」


 そこへ現れたのは、この状況を打開すべくして現れたと言わんばかりの救世主ーー26の歳を迎え、両親から見目の良さがあっても三十路を超えれば御令嬢方は寄って来なくなる、頼むからいい加減妻を迎えてくれないかと悲壮感たっぷりに訴えられているローナの実の兄、イーサンである。

 室内の混沌とした雰囲気に若干の動揺を見せた彼の後ろでは、積み上げた教科書を腕いっばいにして持ち運んだ執事が控えている。


 ローナは教科書の礼を言い、これまでの経緯を簡潔に兄へ説明した。


「成る程……正直、私にはどちらの方がより良いのかわからない。だがローナは可愛い、きっとどちらも似合うのだろう」


 その言葉にローナは嬉しそうに頬を染めたが、ギーゼラはイーサンがセシルの案も受け入れていた事に、確かにわかっていないのだなと密かに頷いた。


「ローナは、何か希望は無いのか?」


 その言葉にハッとしたのはローナだけではなかった。
 イーサンが現れてからも言い争いを続けていた二人でさえも、口を止めたのだ。


「私、は……」


 ずっとローナの座るそばで落ち着きなくオロオロしていたデザイナーを筆頭に部屋中の人々が、彼女が紡ぐ次の言葉を期待して耳を傾ける。


「流行に乗るようなデザインではないのですが、一つ確かに、思い描いてみたものがあるのです」


 ……そこからの話は大雨が降った次の日の川の流れの如く、滞りなど少しも無かったかのように事が運んだ。


 ローナの案に否やを唱える者は一人としていなかったがーーアンはついにお嬢様に流行のドレスを身に付けさせることができると喜んでいた心持ちが灰と化して風に流れていくのを、何とも言えない心地で眺めていたのだった。



    *      *      *



 息を吹き返したデザイナーが新たなる流行の予感に心躍らせてローナの希望を図案に起し、図案を持ち帰って早速制作に取り掛かる為にローナの採寸を申し出た。


 婚約者の間柄とはいえーー淑女が下着一枚になるような場、しかも身体のサイズを測るような所に無遠慮かつ無神経に居座るつもりは無く。

 セシルはイーサンらと共にローナの自室を出た。


 晩餐会に招待されているので、帰宅するのではなくリーヴェ邸で待機する為にどこかの客室を借りようと、イーサンから申しつけられて案内を承った執事の先導について歩く。

 すると、廊下の向かい側からリーヴェ邸の主人ーーリーヴェ侯爵が小走りでセシルに近寄ってきた。


 義父となる人であり、そもそもの礼儀として挨拶をしようとしたセシルだったが、リーヴェ侯爵によってそれは遮られた。


「ああ、丁度よかった。ローナは今、何をしているのかな」
「制服の採寸をしているところです」
「成る程。それで、君は一人でいるのか」


 頷いたセシルに、じわりと汗が滲む額にハンカチを当てたリーヴェ侯爵が笑う。
 先の大戦の事後処理に未だ奔走する日々を送るリーヴェ侯爵は、いつもどこか急いている。

 何か労いの言葉をかけるべきか、いやしかし若造に言われたとて……とセシルが思案している間に、リーヴェ侯爵は共に小走りで現れた執事長に預けていた物を受け取っていた。


「ならばこれは君に頼もうか。私はこれから、少々急ぎの用があるのだが、どうしても今すぐローナに渡したい物があってね」


 そう言ってセシルに差し出したのは、一枚の紙きれと、手のひらで包み隠してしまえるほどに小さな筒のような物だった。


「これは?」
「ローナにとって、とても良いものだ。すまない、説明している時間はないんだ。その紙に用途が書かれているから、ローナの代わりに君が読んで説明してあげてほしい」


 それではね!と片手を上げ、再びリーヴェ侯爵は忙しなく来た道を戻って行ってしまった。

 ひとまず腰を落ち着けてから説明書きだという紙の内容を把握しようと、執事に言って客室までの案内を再開させた。



「それではしばらくの間、こちらでごゆっくりお寛ぎくださいませ」


 そう言って扉を閉めた執事の姿を横目で見届けて、体が沈むほどに柔らかい座面のソファーに座し、自分で注いだ紅茶を啜る。

 フント邸では殆どの時間を一人で過ごす為、ローナの側にいない時は一人にしてほしいと話したところ、寛容にもリーヴェは受け入れてくれた。


 その為、今客室にいるのはセシル一人である。


 ティーカップをソーサーに戻し、小さな筒を十分に観察してから、セシルはリーヴェ侯爵から受け取った物のもう片方である紙に目を通すことにした。




「『魔眼鏡』…………?」




 ーーそこに書かれていた単語を不思議そうに読み上げたのを、誰が耳に入れるはずもなく。


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