盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

エピローグ

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 王城から馬を走らせ慌てて帰宅した兄から話を聞いたローナは年相応の愛らしさを残す麗しい顔を青く染め、小さな唇を震わせながらもう一度を要求した。

 最愛の妹の今にも崩れ落ちそうな様子に、酷な話をもう一度告げるのは如何なものかと躊躇したが、しかし自分が今そうしたからといって、事実は少しも変わらない。


 だからイーサンは、一言一句違える事なく、先程と同じ言葉を紡いだ。



「貴族院会議で受理された婚約証明書が、何者かによって盗まれ、行方がわかっていない」ーーと。



 蜂蜜色の瞳を縁取る白銀の長い睫毛を震わせ、短くか細い息を漏らしたかと思うと、ローナの華奢な体が後ろに傾いた。

 慌ててイーサンも駆け寄ったが、それよりも先に、隣に立っていたセシルが受け止め抱き寄せる。


 愛しい人の、愛しい声で名を何度も呼びかけられているというのに、ローナの蜂蜜色は白い目蓋に閉じられたまま、開かれない。

 医者を呼べ、とイーサンが叫ぶ。セシルはその間中ずっと、ローナの名を呼び続けた。



 作り物めいた白い顔に紅がさすようになったのは、本来ならば歓迎できる事であったが、その理由は全くもって受け入れ難いものであった。

 今までの心労が祟ったという事もあるが、何より、季節の移り変わりによる温度変化に体が追いつかなかったのだ。
 丈夫とは言い難い少女の体に病魔が侵入するのは、さぞ簡単な事だったろう。


 真っ赤な顔でふうふうと苦しげな息を漏らす日々が続いた。
 医者は三日ほど安静に過ごせば治ると言ったが、ローナの体は一週間という時間を費やしても病魔を退治できないでいた。

 だが医者を責める事はできない。その人は良くやってくれた。処方された薬だって、十分な物だった。


 ならば何故治らないのかと言えばーー至極簡単なことだ、ローナに治す気力が無いのだ。


 彼女の中にもたらされた絶望はただでさえ立派であったのに、病魔で蝕まれた精神を餌に、さらに大きく成長してしまった。


 どうにかしてローナの気力を取り戻そうと、父は、兄は言う。

 騎士団が城に侵入者が現れた可能性を加味して、証明書の捜索と共に犯人探しに尽力してくれている。
 我が国の騎士団は周辺諸国の中で最も優秀と謳われるのだから、安心して療養しなさい。


 ローナは二人に微笑んでみせて、力無く頷いて返した。



 ーーだが、ローナの悲劇はこれだけにとどまらなかった。


 クロイツ王国より南に位置するハーン王国の、そのまた南に位置するシルト王国から海を渡った先にある、モーント帝国による侵略戦争が始まったのだ。


 予期せぬ事態に、周辺諸国は歴史上類を見ない団結力を発揮し、各国から侵攻を阻止する為の軍を派遣した。

 クロイツ王国もまた同じく。
 戦地にこそならなかったが、軍事同盟を結ぶハーン王国の国軍と協力する形で参戦した。

 軍に出入りしていたセシルとギーゼラはというとーー此度の戦争に徴兵する条件として、軍に所属してから一年以上経過し、満十五歳以上である事が必須とされた為、今回は免除となった。

 唯一の、不幸中の幸いであった。
 絶望に苛まれ、病に冒されていたローナからセシルが離れ、戦地に赴くなどしていたら……。


 ……侵略戦争が始まってすぐの頃、ローナは蜂蜜色を歪ませて、白に埋もれるベッドの上で呟いた。


「神様さえも、反対しているのね」、と。


 誰も何も言えなかった。口にこそ出さなかったが、誰もが心の奥底で考えていた事だったからだ。


 だが、セシルだけは違った。
 今にも消えてしまいそうな程弱々しく、儚い様子のローナの体をこの世に留めるように抱きしめて、嘘偽りの色を少しも滲ませる事なく宣言したのだ。


「そんな神なぞ、俺が斬り殺してやる」


 できるはずのない事だと彼だって理解しているだろうに、しかしできてしまいそうだと勘違いしてしまいそうな程、自信に満ち溢れている。


 ローナはその日、一ヶ月ぶりに心の底からの笑顔を見せた。

 そこからローナの病は、快方に向かう事となる。



 戦争は侵攻してきたモーント帝国の撤退により、終結した。
 主な戦地となったシルト王国やハーン王国の被害は甚大、戦力を派遣したレーヴェ王国やクロイツ王国もまた決して小さくない被害を被った。


 そして起こるは、各国の賠償問題である。


 モーント帝国への請求は当然の事として、その配分をどの国がどれだけ受け取るのかが、大きな議論を呼んだ。

 幸いな事にクロイツ王国は戦地となった訳ではなかったので他国ほどの被害はなく、またレーヴェ王国やハーン王国といった圧倒的な大国と比べると序列が明確であった為、大きく揉める事なく賠償金を受け取った。

 外交官のギュンター・リーヴェが奔走した結果、相応であり、他国からやっかみを受けない程度の賠償金を得られたのだ。


 戦争によって騎士団が駆り出された為、婚約証明書盗難犯人の確保並びに侵入者捜索は中断されていた。


 だが戦争が終わった今も尚、捜索再開の目処が立っておらずーー盗難の犯人は金目の物を一切盗ることなく書類一枚だけが城から無くなった事から、犯人は明確にそれを狙っての犯行だったと推測される以上、迂闊に証明書を受理する訳にもいかず。


 学園入学の15歳の歳を迎えても尚、二人の関係に公式の看板がかけられる事はないがーーそれでも"公認"の関係として、世に知れ渡っていた。



    *      *      *



 モーント帝国侵略戦争はクロイツ王国の上から下まで、全てに大きな影響を与えた。


 市民は次の戦争に怯え、今度こそ戦地はクロイツ王国になるやもしれないと、宗教に没頭する者が増えたという。

 また騎士団に志願していた子息を引き留め、子息もまた志願を取りやめる事例が多く見られ、騎士団の人材不足が目立つようになった。


 そしてーー貴族に多く見つけられた行動の一つとして、懇意にしていた孤児院などから男児を引き取る、というのがあった。

 一人息子に満足していた貴族はスペアとなる体の丈夫な者を、子が娘のみであった貴族は戦争による男子の激減によって婿取りが難しくなる事を想定して、跡取りとなる男児の孤児を欲したのだ。


 ライツェント子爵家もまた、他の貴族と同じように子を欲した。

 他とは少し違い、男児ではなく女児をーーそれも半分は血の繋がりがある娘を、だが。



 子爵夫人は子供が望めぬ体であった。それでも良いと受け入れたが、では跡取りはと考えて、子を産ませるために妾を取る事となった。

 妾に選ばれたのは、ライツェント邸で女中として働いていた美しい女。

 子爵は出来るだけ紳士に提案し、対応したつもりだったが、一庶民であったその女には何もかもが恐ろしくて堪らなかった。

 だから女は、貴族に対する恐怖心から妾になることを受け入れた。


 女はライツェント家の当初の望み通り、すぐに子を身籠った。

 これで男児ならば万々歳。女児でもいい、子に恵まれたのだから。
 子爵夫妻は大いに喜んだ。


 子は無事産まれた。少々残念なことに、子爵の面影は一切なく、母親である女にばかり似てはいるが、それでもこの上なく愛らしい事に変わりはない。

 この子を何よりも大切に、この世で一番の宝物として扱いましょう。


 だけどーー女には、それが耐えられなかった。


 赤子は愛する人との間に生まれた子ではない。
 それでも、私が産んだ子なのに。

 女は生まれたばかりの愛しの吾子を抱いて、夜の街に駆け出した。


 子爵夫妻がそれに気がついたのは、赤子が迎える初めての朝を祝福しようとあてがった子供部屋を訪れた時だった。

 それでも、子爵夫妻はしょうがないと受け入れた。

 己らの配慮が足らなかった。
 妾の立場を受け入れてくれたとしても、子を渡すのは母親として苦痛だったのだろうとーー完全な理解は及ばずとも、納得はしていた。


 だがその考えは、侵略戦争によって一変した。

 連れ去られて以降一度として姿を見ない娘になる筈だったその赤子を、子爵夫妻は一度たりとも忘れなかったし、愛を込めてどこかにいる子と母親の事を思い続けていた。

 だが戦争によって再び会えるだろうと考えていた人の悲報を耳にした時ーー娘となるはずだったあの子もまた、それに相当するのだと気がついた。

 次に戦争が起こったら、否、市民は貴族のように守られた生活を送っている訳ではない、常に死と隣り合わせだとも聞いた事がある。


 ライツェント子爵夫妻はあの子供を娘にすると決意した。
 どこかで幸せに暮らしている、では不安が募って仕方がなくなってしまったのだ。


 居場所はすぐに割れた。
 母親である女はライツェント邸からそう遠くない店で、お針子として働いていたのだ。

 女もまた侵略戦争に影響を受けたのかーーはたまた、父親から連れ去るようにして赤子を連れてきた事を後悔しているのかはわからないが、娘を子爵夫妻に差し出した。


 母親である女に瓜二つの少女は今年で15歳になるという。

 15歳というと、貴族の令嬢は箔をつける為に学園に通い始める歳である。

 だが彼女には貴族社会の最低限のマナーも、常識としての学も無い。

 来年の二年生に編入学する為、それら全てを詰め込むところから、少女の貴族として人生は始まりを迎えたのだった。

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