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ローナ 16歳編
はじまりは入学式から
しおりを挟むフント家の御者が外から扉を開けてくれたので、セシルから先に、その後に私がエスコートされて馬車から下りる。
御者は私たちが下りたのを確認すると、いつも通り中に残った車椅子を下ろしてくれた。
セシルに促されて車椅子に座す。
「それではセシル様、お嬢様、いってらっしゃいませ」
「ご苦労」
「いつもありがとうございます。いってまいります」
頭を下げて見送ってくれているだろう御者に軽く手を振って、セシルの車椅子を動かすという宣言に頷いた。
新しい制服に袖を通した令嬢らの褒め合う声や、真新しい衣装を品定めする令息らの声がざわめきを作る中へ、セシルはカラカラと車輪が音を鳴らして学園の門をくぐり抜ける。
するとあたりは先程までの騒がしさが嘘のように静まり返り、忙しなくしていた口の代わりに彼らが動か動かしたのは視線のようで、それは私たちを針山にせんとばかりに注がれた。
「……煩わしい」
すぐ目の前にいる私でさえ聞き取りづらい程の小さな声でセシルはそう呟いた。
仕方がない。去年から、彼らは飽きずにこうなのだから。
しかも私は二重の意味で新しい制服を着用しているのだから、ある程度は許容範囲である。
車椅子に乗る令嬢が珍しいのか、はたまたそれを押しているのが侯爵令息なのが不思議なのか。
理由として、どちらも間違いではないのだろう。
『私立アーデル学園』は"私立"とあるように個人が運営している、貴族子女のための学校である。
貴族令息であれば家庭教師から教わる以上の知識や、学友として出会う様々な繋がりを持つために。
貴族令嬢であれば徹底したマナーを学ぶため、女性同士の立ち振る舞いを知るために。
創設の血筋であり、現在の学園長であるアーデル伯爵は爵位、能力、生い立ちに関係なく、貴族として名を連ねる15歳以上の男女を平等に受け入れるという矜持によりーーただ一人の例外無く、どんな場合であれ学園生活の補助を可能にしてしまう使用人を学園に連れ立って行くのは禁止している。
例えそれが、私のように誰かの介助を必要とする生徒であっても、だ。
……どうにも可笑しな融通の効かなさだと思ったら、この件にはどうやらベーゼヴィヒトが絡んでいるらしい。
アーデル伯爵家は三代以上遡った先でベーゼヴィヒト侯爵家との繋がりがある。
随分ときな臭い弱味を握られているようで、ある程度の要求ならアーデル家は赤べこのようになってしまうのだとか。
それで現ベーゼヴィヒト侯爵も無事に学園を卒業できたのだと、兄さんが忌々しげに吐き捨てていた。
そういう訳で、私は学園にアンを連れて来れず、侯爵令息だというのに手ずから車椅子を押してもらっているのである。
周りは好き勝手に、婚約者を従者のように扱っているなどと噂してくるがーー正直なところ、セシル曰く「ガードナーを連れてきたとしても俺が押した」らしいので、ベーゼヴィヒトの地味な嫌がらせは大したダメージでは無いのだけれど。
こうして毎朝飽きもせずに注目を浴びせられるのは、少々気が滅入ってしまうのは、致し方がない事である。
「ローナ!おはよっ」
そうしてほんの少しだけ憂鬱になっていた私の気分を吹き飛ばさん勢いで後ろから現れたのは、今朝も鍛錬を熟してきただろうギーゼラだった。
「おはよう、ギーゼラ」
「わー!やっぱりそれ、すごく良いね。可愛いし、綺麗だし、それにかっこいい!わたしもお揃いにすれば良かったかな……」
「フッ」
「……今なんで鼻で笑った?返答次第によっては今すぐ決闘を申し込むけど?」
「そういう脅しは、俺に一度でも勝った事がある奴が言うべきだろう」
「二人とも、朝から喧嘩は駄目よ」
反りが合わないのか、もしくはこれもまたコミュニケーションの一つと捉えるべきか。
どうも二人が揃うと口喧嘩をしなければ気が済まないらしく、時たま更なる発展をしそうになるので少し困っている。
しかしギーゼラが活発に話し始めた事によって周りの注目が大分削がれ、ざわめきが徐々に戻りつつあった。
私たちが二人でいる時は異様なほど視線を感じるのだが、ギーゼラが来ると途端に視線がはけていくのは、謎の緊張感が解けるからだろうか。
確かに、ゲームで車椅子に乗った『ローナ・リーヴェ』と、それを押す『セシル・フント』の組み合わせはどことなく風格があったけれど。
「今日から新学年かぁ。学園生活は楽しいけど、新しいこと覚えなきゃいけないのがヤなんだよね……入学式の後、二年生以降は授業なんだよね?科目なんだっけ」
「第二言語よ」
「うわーっ、それ本当?サイアクだ」
それからの私が視線や嫌な静けさに悩まされる事はなくーーセシルとギーゼラとの他愛無い会話を楽しみながら入学式を執り行う講堂へと向かったのだった。
* * *
アーデル伯爵、もとい学園長が新入生へ送る言葉を述べた後、司会進行を務める先生が「次に、編入生の紹介を致します」と続いた。
きた、と率直に思った。
ついにこの時が、やってきたのだ。
10歳の私がセシルを自分に引き留め、アン考案のドレスを断ったのは、今日から始まる日々の為と言っても過言では無い。
来たる衝撃に備えて自ずと体が強張った私に気が付いたのか、膝にあった手をすぐ隣に座るセシルに取られた。
どうやら調子が悪くなったのかと心配させてしまったらしい。
大丈夫よと返した私は、上手く笑えていただろうか。
「それではまず、二年次へ編入する生徒から紹介していきます。モーア伯爵家嫡男……」
モーント帝国の侵略戦争による影響は大きくーー特に私たちの世代では孤児院や放置していた落とし胤を引き取り、何とか自宅で二年次までに最低限の教育をさせてから編入試験を受けさせるという貴族が相当数おり、去年の入学式の後も同じような段取りで沢山の編入生の名前が挙げられた。
その中に、私がよく知る名前がある。
「ーー子爵家嫡女、シャルロッテ・ライツェント」
人間は忘れる生き物だ。
それに例外は無く、どんなに記憶力が良い人であっても限界がある。
ましてや凡人などは。
忘れたくない事を忘れないために、人は紙などで形に残して記憶しておく事ができるが、それができない場合がある。
私はできなかった。
字が書けない訳ではない。書いた字を読むことができないのだ。
誰かに代読して貰うのも考えなかった訳じゃないけれど、未来予知とも、空想のいき過ぎともいえる内容を他人に明かすことは躊躇われた。
だから今の私は『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて』の詳細な内容を覚えていない。
当然だ。だって前世を思い出したのは、もう六年も前の事なのだから。
けれど大切な情報だけでも決して溢さないようにと、ふと思い至る度に記憶の箪笥からそれらを引っ張り出して、その作業を何度も何度も繰り返してきた。
だからこの目が見えなくとも、彼女がどんな見た目をしていて、今日初めて会った彼女がどんな人柄であるのかも、どんな人生を歩んできて、これからどんな事を経験するのかもーー私は覚えている。
シャルロッテ・ライツェント。
それは、この世界における"主人公"の名であった。
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