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エレクトラのしあわせ *
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「エル、大丈夫か」
低く、甘い囁きと、全身を包み込む熱にゆるりと瞼を上げる。
自分は今、黒い絹糸の幕と頼もしい腕の中に囲われていた。
互いの吐息が混じるほどに間近にあるのは、愛しい人の美しい顔。
いつもなら切れ長の目元は涼しげなのに、違う。
狂おしい程の熱を感じる。
「私…」
ようよう乾いた唇を開くと、そのまま塞がれた。
すると、水が口の中に入ってきて、こくりと飲み込んだ。
口移しで飲まされた水はどこか甘い。
「すまない、無理をさせた」
謝罪しつつも彼の唇はエレクトラのそれをゆっくり食む。
かすかな接触は静まりかけていた身体の奥の疼きを呼び覚ます。
「マンフレート様…」
「お前が愛しくて仕方がないよ、エル」
エル、と彼が決めた愛称で呼ばれ、喜びに胸が震えた。
ベッドの上で自分に覆いかぶさっている男の背中に届く黒髪は解かれて波打ち、濃い紫の瞳は愛で煌めき、情熱的に見つめてくれている。
王弟、マンフレート。
神殿と王を主とし、魔物から民を守る聖騎士団の総帥。
五人いる攻略対象の一人で、聖女エレクトラの第二の夫となる人。
「私も…心からお慕いしております、マンフレート様」
指と指を絡め合い、愛を語り合う。
この国は基本的には一夫一妻制だ。
しかし、高貴な身分となると家の存続のためにあらゆることが例外となる。
その一つが大聖女の婚姻。
今のエレクトラほどの力を持つ大聖女の出現は実に二百年ぶりで、その聖力を受け継ぐ子孫を残すためにも複数の夫を持つことを許された。
いや、国としては願ってもないことだ。
ただし、過去に聖女たちに無理やり子を作らせた王と貴族が神の怒りを買い、国が亡ぶ寸前になったという言い伝えがあり、更には聖女が関係を強いた場合も災いがおき、あくまでも双方の合意の上でしか実は結ばれないと神殿の最奥にある石碑に刻まれている。
よって、エレクトラは第二王子ハロルドの妻としてもうすぐ結婚式を挙げ、国民に祝福される予定だが、二人が暮らす大聖女宮にはエレクトラ自身の部屋はもちろんのこと、王子ハロルド、王弟マンフレート、魔導師ラース、騎士ゲオルグ、公爵令息アドルフの過ごす部屋が作られた。
そもそもマンフレート自身は聖騎士という肩書だけでなく王弟であり三十を過ぎた。都に大きな屋敷も所領もある。
そしてラースも魔導師として上位者だけに何かと忙しく、アドルフも公爵令息としての務めを山ほど抱えている。
エレクトラのそばに常にいられるのは王子であるハロルドよりも護衛騎士であるゲオルグかもしれない。
あえて彼らの部屋が存在するのは全員、エレクトラの夫でありたいと願ったからだ。
そのような経緯から、もしも子が生まれた時には必ず神殿で鑑定にかけて父親を特定し、成人するとその血統の家門へ授けると王命が下された。
この決定に不服を唱える者は誰もいない。
先日、未来の義兄である王太子もめでたく結婚し、国はいよいよお祝いムード一色だ。
王にもそれぞれの親族にも認められた一妻多夫の暮らしがもうすぐ始まる。
エレクトラは、幸せだった。
地獄の前世から解放し、この幸福に満ちた世界に転生させてくれた神に心から感謝した。
「やあ。お邪魔なのは分かっていたけどさ。エレクトラ様は早く知りたいだろうから、来ちゃった」
二人で身体を洗いあいむつみ合ったのちバスローブとガウンを羽織って寝室へ戻ると、隣の部屋の扉からひょっこりと少年が顔をのぞかせている。
第四の夫となるラースだった。
柔らかな明るい茶色の髪とたれ目ぎみの大きな緑の瞳は愛らしく懐っこく見えるが、口を開けば意外と辛辣な天才魔導師。
そしてひとつ年下ながら自分にとってなくてはならない、重要な駒でもある。
ラースの家族は長きにわたりクランツ公爵家の闇を請け負っており、わずか三歳で途方もない魔力を発現させた彼は早くから我が家の手足となって働いてくれた。
つまりは。
オーロラ・トンプソンの監視システムの構築と改良はラースと今は亡き彼の叔父の手によるものなのだ。
「ラース…」
物憂げなマンフレットのため息もものともせず、ラースは軽く肩をすくめた。
「マンフレット様。男としての気持ちはよおく理解できますがね。一応耳に入れて次の指示を仰がないと、俺も動きようがないんで。結婚式も迫ってきていることですし」
「…なら、このまま聞くぞ」
マンフレットはエレクトラを抱き上げ、膝に乗せてソファに座る。
「はいはい。さくっと終わらせますからご安心を。例の屋敷の件ですが…」
今夜はマンフレットと過ごす日。
本来ならラースは入室できないが、エレクトラの事情を深く知っているのはこの二人のみ。
今まであらゆる手段をもって悪夢をはらってくれていた父の役割をマンフレットが引継ぎ、ラースはこれまで通りに。
他の三人は、聖女または淑女らしいエレクトラを信じ、愛してくれている。
それぞれの愛。
今はひょうひょうとしているラースでさえ、二人きりになれば執着の色を見せた。
手放せない。
えらべない。
深みにはまってしまった。
私は。
ただ、生きたいと。
殺されたくないと思っただけのはずなのに、どうして。
低く、甘い囁きと、全身を包み込む熱にゆるりと瞼を上げる。
自分は今、黒い絹糸の幕と頼もしい腕の中に囲われていた。
互いの吐息が混じるほどに間近にあるのは、愛しい人の美しい顔。
いつもなら切れ長の目元は涼しげなのに、違う。
狂おしい程の熱を感じる。
「私…」
ようよう乾いた唇を開くと、そのまま塞がれた。
すると、水が口の中に入ってきて、こくりと飲み込んだ。
口移しで飲まされた水はどこか甘い。
「すまない、無理をさせた」
謝罪しつつも彼の唇はエレクトラのそれをゆっくり食む。
かすかな接触は静まりかけていた身体の奥の疼きを呼び覚ます。
「マンフレート様…」
「お前が愛しくて仕方がないよ、エル」
エル、と彼が決めた愛称で呼ばれ、喜びに胸が震えた。
ベッドの上で自分に覆いかぶさっている男の背中に届く黒髪は解かれて波打ち、濃い紫の瞳は愛で煌めき、情熱的に見つめてくれている。
王弟、マンフレート。
神殿と王を主とし、魔物から民を守る聖騎士団の総帥。
五人いる攻略対象の一人で、聖女エレクトラの第二の夫となる人。
「私も…心からお慕いしております、マンフレート様」
指と指を絡め合い、愛を語り合う。
この国は基本的には一夫一妻制だ。
しかし、高貴な身分となると家の存続のためにあらゆることが例外となる。
その一つが大聖女の婚姻。
今のエレクトラほどの力を持つ大聖女の出現は実に二百年ぶりで、その聖力を受け継ぐ子孫を残すためにも複数の夫を持つことを許された。
いや、国としては願ってもないことだ。
ただし、過去に聖女たちに無理やり子を作らせた王と貴族が神の怒りを買い、国が亡ぶ寸前になったという言い伝えがあり、更には聖女が関係を強いた場合も災いがおき、あくまでも双方の合意の上でしか実は結ばれないと神殿の最奥にある石碑に刻まれている。
よって、エレクトラは第二王子ハロルドの妻としてもうすぐ結婚式を挙げ、国民に祝福される予定だが、二人が暮らす大聖女宮にはエレクトラ自身の部屋はもちろんのこと、王子ハロルド、王弟マンフレート、魔導師ラース、騎士ゲオルグ、公爵令息アドルフの過ごす部屋が作られた。
そもそもマンフレート自身は聖騎士という肩書だけでなく王弟であり三十を過ぎた。都に大きな屋敷も所領もある。
そしてラースも魔導師として上位者だけに何かと忙しく、アドルフも公爵令息としての務めを山ほど抱えている。
エレクトラのそばに常にいられるのは王子であるハロルドよりも護衛騎士であるゲオルグかもしれない。
あえて彼らの部屋が存在するのは全員、エレクトラの夫でありたいと願ったからだ。
そのような経緯から、もしも子が生まれた時には必ず神殿で鑑定にかけて父親を特定し、成人するとその血統の家門へ授けると王命が下された。
この決定に不服を唱える者は誰もいない。
先日、未来の義兄である王太子もめでたく結婚し、国はいよいよお祝いムード一色だ。
王にもそれぞれの親族にも認められた一妻多夫の暮らしがもうすぐ始まる。
エレクトラは、幸せだった。
地獄の前世から解放し、この幸福に満ちた世界に転生させてくれた神に心から感謝した。
「やあ。お邪魔なのは分かっていたけどさ。エレクトラ様は早く知りたいだろうから、来ちゃった」
二人で身体を洗いあいむつみ合ったのちバスローブとガウンを羽織って寝室へ戻ると、隣の部屋の扉からひょっこりと少年が顔をのぞかせている。
第四の夫となるラースだった。
柔らかな明るい茶色の髪とたれ目ぎみの大きな緑の瞳は愛らしく懐っこく見えるが、口を開けば意外と辛辣な天才魔導師。
そしてひとつ年下ながら自分にとってなくてはならない、重要な駒でもある。
ラースの家族は長きにわたりクランツ公爵家の闇を請け負っており、わずか三歳で途方もない魔力を発現させた彼は早くから我が家の手足となって働いてくれた。
つまりは。
オーロラ・トンプソンの監視システムの構築と改良はラースと今は亡き彼の叔父の手によるものなのだ。
「ラース…」
物憂げなマンフレットのため息もものともせず、ラースは軽く肩をすくめた。
「マンフレット様。男としての気持ちはよおく理解できますがね。一応耳に入れて次の指示を仰がないと、俺も動きようがないんで。結婚式も迫ってきていることですし」
「…なら、このまま聞くぞ」
マンフレットはエレクトラを抱き上げ、膝に乗せてソファに座る。
「はいはい。さくっと終わらせますからご安心を。例の屋敷の件ですが…」
今夜はマンフレットと過ごす日。
本来ならラースは入室できないが、エレクトラの事情を深く知っているのはこの二人のみ。
今まであらゆる手段をもって悪夢をはらってくれていた父の役割をマンフレットが引継ぎ、ラースはこれまで通りに。
他の三人は、聖女または淑女らしいエレクトラを信じ、愛してくれている。
それぞれの愛。
今はひょうひょうとしているラースでさえ、二人きりになれば執着の色を見せた。
手放せない。
えらべない。
深みにはまってしまった。
私は。
ただ、生きたいと。
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