うまい話には裏がある~契約結婚サバイバル~

犬飼ハルノ

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ダドリー領編

会議を始めます

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「それで、これがグラハム卿の提示したことなんだけど」


 あの蛇面の家令はグラハムと言うらしい。

 最初の挨拶で名乗ったはずだが、内容の衝撃で記憶から飛んだ。

 交渉を終えた兄が執務室へ戻って来て、思い出せる限りの会話内容をざっと紙に書きだした。

 あと、新たに受け取ったのは金銭の授受などの決め事を締結した書類が数点。

 すでに、まとまった金を応接室に持ち込んでいたらしい。


「あちらは、うちの財政状況をほぼ把握しているということね」


 ナタリアはこめかみを指先で揉んだ。

 今の自分たちは、喉から手が出るほど金が欲しい。

 いったんなんとか持ち直しかけていたのだが、昨年季節外れの雹が降り放牧していた家畜と農作物を思いっきりやられたのが打撃になり、ジリ貧に戻った。

 それが綺麗に片付く額の結納金を提示してくるあたり、少しでも逆らうそぶりを見せたらどうなるかわかってるなと明らかに脅しにかかっている。

 凶作の原因はあくまでも自然災害。

 さすがにそこまで仕組まれたわけではないだろう。

 つけこまれ易い状況だったのは不運としか言いようがない。


「失礼します」


 ノックと同時に入室したのは、すぐ下の弟のルパートだった。

 馬を飛ばして駆けつけてくれたのだろう、騎士団の制服のままで麦の穂のような色のやわらかな金髪はすっかり乱れていた。


「ナターシャ。大丈夫か」


 大股で部屋を横切り、ぎゅっとナタリアを抱きしめてきた。

 小さなころからこの貧しい領地で一緒に育ってきたルパートは弟というより同志みたいなもので、彼のたっぷり日に当たった干し草のような匂いを嗅ぐと気持ちが和らぐ。


「うん、ありがと」


 大柄で鍛え上げられた広い背中ぽんぽんと叩きながら、ふうと息をついた。


「義姉さんの鷹が飛んできたのを見た瞬間いやな予感がしたんだけど、まさかこんな話とはね」


 ソファセットへ移動し、二人で兄夫婦の正面に座る。


「あの子、ちゃんと最短で飛んでくれたのね、良かったわ」


 トーマスに肩を抱かれて座ってるディアナは満足げに微笑んだ。

 ウェズリー侯爵の使者一行が到着し来訪の目的を告げた瞬間、ディアナは鳥小屋へ走り、常駐している騎士と飛ばせるだけの鳥を使って伝令を方々へ飛ばした。

 この領地は隣国との関係は良好で衝突が起きたりはしないが、傭兵崩れの盗賊は出る。被害を最小限におさめるにはまず情報共有なので、日ごろから様々な手段を使って細かなやり取りしている。非常時の対応に至っては家族全員慣れたものだ。


「それで、奴らは本物なのか?詐欺にしては大掛かりだよな」


 グラハムに付き従う騎士や従僕たちは侯爵家の家紋入りの衣装を身に着けていた。

 馬車は無紋であったが。


「そこなんだけど」


 ナタリアが書類の一枚を手に取った時、また、扉をノックする音がした。


「失礼します。ベインズです」

「入ってくれ」


 トーマスが声を上げると、三人の騎士が入ってくる。

 赤毛を短く刈り込み、金色の瞳が鋭いダン・ベインズ騎士団長を先頭に、豪奢な金髪にエメラルドのような緑の目をした部下のリロイ・ウインター、そして線が細くいかにも文官な雰囲気で茶色の髪と瞳のカーネル・レイン行政官だった。


「遅くなり申し訳ありません。レイン行政官も連れてきたかったので」


 屈強な武人らしい大柄なベインズがまず頭を下げると、背後にいた二人もそれに倣う。


「こちらこそ、ご足労頂きすみません、ベインズ団長」

「いえ、一大事ですから」


 黒豹を思わせる瞳をわずかに細めてベインズは答えた。


「ウィンター卿もレイン行政官も忙しいのにすまない。時間がなくてね。明日にはナターシャがここを発たねばならないから」

「・・・え?」


 三人は目を丸くする。


「どういうことですか。求婚に来たばかりだというのに」

「リロイ」


 ベインズが低い声で制すと、ウインターは端正な顔をゆがませてため息をついた。


「・・・失礼しました、つい」


 ウインターは五年前からこの地に赴任しルパートと同い年で仲が良いため、家族同然の付き合いだ。


「いいや、ほんっと有り得ないよね。俺も抗議したんだけど聞く耳持たないから、とりあえず親父殿たちに接待を任せたよ」


 トーマスはアルカイックスマイルを浮かべた。冴え冴えとした光を目から放ちながら。

 現在、執務室から一番遠い大広間に使者一行全員を押し込め、前伯爵夫妻主催の晩餐会の真っ最中だ。料理人と男あしらいが上手い酌婦を地元のギルドに緊急要請し歓待させている。


「お金、先に貰ったからね。それで贅の限りを尽くさせてる。吐くほど飲ませて明日は出られないくらいにしてって言っといたけどどうかなあ」


 その間に、策を練ろうという算段だ。


「で、レイン行政官。さっそくだけどこれらの書類、本物かな?」

「は」


 レインは胸元から取り出した眼鏡をかけ、書類を凝視する。


「・・・間違いないかと。まず大公閣下の手紙ですが、封蝋、封筒、便箋共に大公家御用達の特殊なものです。見本はこれなんですが、同じでしょう」


 肩から下げていたバッグの中から書類箱を取り出し、二つを並べた。


「大公閣下は無駄に長生きされて・・・いえ、とにかく割とどこにでも直筆の文書が出回っているのでようございました」


 白くて長い指が、とんとん、と指し示す。

 材質、筆跡ともに違いはないように見える。


「そして、婚姻届けの写しですね。それと証文。行政文書として体裁は間違いなく、あちらの証人の名前とサインともに筆跡は同じ」


 知らせを聞いて必要なものを全部そろえてきたらしく、次々とテーブルに広げた。


「これが偽造ならたいしたものです」


 この国で以前、自分の思うままに軍を動かそうとした高位貴族が勝手に文書を乱発し混乱をきたした前例があったため、騎士団には必ず行政官が数名所属するようになった。その中でもレイン行政官はまだ若いながらも有能で、何度も不正を摘発している。


「・・・ということは、私の嫁入りは確定ってことね」


 早馬が飛んでしまったのだ。

 王宮へ届いてしまえばあっという間に手続き完了だ。


「・・・俺がここにいればよかったな。そしたら確実に崖から馬ごと落としてやったのに」

「ルパート・・・。気持ちだけで十分だから」


 幼子が母に甘えるかのようにぎゅうぎゅうと抱きしめられ揺さぶられながら、弟が館にいなくてよかったとナタリアは遠い目をした。

「それで、これが婚姻契約の内容ですね」

「ええ」


 甘ったれの弟を引きはがしたナタリアはレイン行政官へ顔を向ける。


「もう、これって・・・。うますぎるどうこうじゃないでしょ」

「あからさまに裏があると言っているようなものですね」


 ウェズリー侯爵家からは結納金として、提示したのは以下である。

 まずは金銭に関わる条項が二つ。

 領地経営に関わる借金の一括返済(侯爵家が金貸しに直払い)。

 ちなみに今回持ち込まれた大金は太っ腹なことに支度金という名目らしい。

 そして、権力を使っての優遇措置。

 ダドリー家三男ジュリアンの王立学院の特待生制度利用の口利き。

 学院寮費免除と、生活における待遇改善。

 さらに今年度分の領地税金納付の猶予を国にかけあい、すでに了承されたという証書。


「ここまでくると・・・。めちゃくちゃ格差感じるわね」

「そこか」


 兄が苦笑する。


「いや、これが大公閣下にとってはした金ってことでしょ」


 こちらは税金滞納で領地返還の危機に瀕しているというのに、ぽんっと一括払い。

 しかも、成績は常に上位であるにもかかわらず放置されていたジュリアンへの待遇改善と財務省への口利き。

 息子可愛さにしても、その権力の使いっぷりには驚くばかりだ。


「それに対して、ダドリー家に対する要求は、使者一行と明日には王都へ向かって出立し、邸宅に着き次第婚姻すべし、とはね」


 挙式は到着一週間以内。

 それのみである。


「持参金はなしで、衣類装飾は全てこれから侯爵家で誂えるから道中に必要な荷物のみ支度しろってね・・・。猫の子じゃあるまいし」


 懐の広さをアピールしているように見えて、うさん臭さがここでもちらつく。


「まあ、この貧乏伯爵家から持ち出せるものなんてないのだから、そこは正論だと思う」


 かろうじて義姉の持ちものには手を付けないでいるが、ダドリー家に伝わる宝飾品をはじめとするぜいたく品はほぼほぼ売りつくした。


「なんにせよ、この契約書から読み取れるのは・・・」



『何が何でも早く、ローレンス・ウェズリーとナタリア・ダドリーの婚姻を執り行うこと』


 これに尽きる。



「とにかく、ウェズリー侯爵がなにかやらかして、目くらましがしたいだけなんだろうけれど・・・」


 最初、ナタリアとトーマスは名ばかりの婚約者が欲しいのかと思った。

 こんな底辺貴族が大公家の嫁になれるはずがない。

 独身で条件の良い高位令嬢ならいくらでもいるだろう。

 ほとぼりが冷めたら適当な理由をつけて婚約解消または破棄をして、しかるべき女性と正式に婚約するのではと、希望を持って推測したのだが甘かった。

 彼らは本気だ。

 ナタリアを正式に妻として据える気まんまんだ。


「こんなに釣り合いの取れない結婚を、あの、大公閣下が指示って、まずありえないでしょ・・・」


 権威至上主義の塊と名高い老大公が。


「すぐ、っていうのも気になる点ね。お義父さまの懇願も全く聞き入れてくれなかったのだから」


 ディアナは首を傾げ、眉をひそめた。

 これから領内は大規模な収穫期に入る。

 猫の手も借りたいくらい忙しい。

 とにかく領民総出で一気に収穫せねばならないのはもちろん、成果物を狙った盗賊を警戒し、昼夜を問わず巡回警備に当たるのが恒例になっている。

 農民のみならず、ダドリー家直属の騎士と辺境騎士団が協力し合い、ここ数年はなんとか被害を最小限に食い止めているありさまだ。

 そんなさなかに王都で挙式。

 往復に約一か月かかるとなればこちら側から誰も出席できないので、せめて冬のくる直前に伸ばしてもらえないかと親心を前面に出して頼んでみたものの、グレッグ卿の返事はにべもない。


『王都におられるジュリアンさまが出席なされば十分ではありませんか』


 ダドリー家代表が15歳の学生。

 立会人として、頼りないにもほどがある。

 簡素な挙式になることは間違いない。


「ねえ、どう考えても私、殺されるのよね?」

「ナターシャ!!」

「ナタリア様!」


 男たちは顔色を変え、騒然となる。


「落ち着いて。大丈夫、私は簡単に死なないから」


 執務室近辺に騎士を置いて、使者たちに会話を探られないよう気をつけてはいるが、大声を上げて何か感づかれては困る。


「だから、一緒に考えて欲しいの。ウェズリーに殺されないように」


 朝が来るまでに。

 なんとしても見つけなければならない。

 ナタリアと、ダドリー家が生き残る手立てを。

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