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しおりを挟むルナの実家へと向かう間、指定席に並んで座ったおれは、窓側のルナの横顔を見るともなく見ていた。
窓から差し込む陽光がルナの吸血鬼特有の、陶磁器のような白い肌をより美しく見せている。かと思えばトンネルの暗がりで車内の明かりだけが照らすと、それはまた闇夜に浮かぶ美しい幽霊のようにも見えるのだ。
ルナとは同棲のような生活を始めてから、まともに会話という会話をしていなかった。
おれが怒らせてしまったというか、失望させてしまったのはわかっている。
好きだから血を貰いたくない、なんて、考えもしなかった。おれはこれが最善策だと思っていた。何よりルナのことを愛しているから。こうすればまた、隣にいてくれると、期待していたから。
なんて言って謝ればいいのか、そして、どうすれば許してくれるのか、そればかりを考える日々だ。
「ルナ」
「……何?」
呼び掛けると答えてはくれるが、はやりこちらを見てはくれない。
「お前の実家だけど、どんなところなんだ?雪が多いのは聞いたが、今の時期は何かあるのか?」
少し間を開けて、ルナは興味無さそうに口を開く。
「……別に何も無い。山の中にポツンと家があるだけだ」
素っ気ない言葉でも、返事を貰えるだけでおれはほっとする。口も聞いてくれなくなったら、今度こそおれの心臓が止まってしまいそうだ。
新幹線で数時間、そして降り立った駅からさらに電車に乗って、何処にでもあるような、平凡な街の平凡な駅で降りた。
魔界都市よりほんの少し気温が低いような気がする。
駅構内を出ると、ロータリーには黒塗りの小ぶりなリムジンが停車していて、これぞ執事というような服装をした若い男性が待っていた。
「ルイス様、ルナリア様、おかえりなさいませ。それから秋原様、ようこそお越しくださいました」
「ああ、悪いね、わざわざ来てもらって。僕とルナリアだけだったら飛んで帰るところだけれど、秋原灯は飛べないからな」
残念だ、とルイスが肩をすくめる。この人は本気で言っているのか冗談なのか、いまいちよくわからないところがある。
「ルナリア様、お久しぶりでございます」
「ああ」
素っ気なく相槌を打つと、ルナはさっさと後部座席に乗り込んでしまった。
このエディという名の執事の吸血鬼は、ルナより少し歳上の、と言っても彼らの少しがどれほどかはわからないが、ともかく長い間ベルセリウス家に使えている使用人のひとりだそうだ。
とても人当たりがよく、人間であるおれにも分け隔てなく、しかし客として礼節は守る、よくできた人だった。
そんな彼が運転するリムジンは、平凡な街並みを抜けて山の方へと進んで行った。
しっかりとアスファルトで舗装はされているが、カーブが多く対向車も少ない道を30分ほど登り、途中で細い私道へ入る。その突き当たりに見えて来たのは、焦茶色のレンガ造りの大きな洋館だった。
正面の両開きの門扉は開いており、その中へと車を進める。
車を降りて洋館を前にすると、まるで別の世界に来てしまったかのような気分になる。なんて言ったらいいのか、ここは本当に日本の山奥なのだろうかと頭が混乱しそうだ。
「長旅で疲れただろう?早く我が家へ入って軽くお茶でもしようではないか」
などと言って、ルイスは意気揚々と中へ入っていく。ルナは何も言わずにルイスの跡を追って行き、取り残されそうで慌てて2人について行った。
玄関ホールは控えめな花が飾られ、壁にはどこかの風景が飾られていて、左右には廊下があった。正面の壁に張り付くように二階への階段がある。どこか海外の映画のセットみたいだな、などと庶民的な感想を抱いていると、右側の廊下から長い黒髪の薄い青のサマードレスというのだろか、上品な服装をした女性が顔を出した。
「おかえりなさい、ルイス、ルナリア。それから初めまして、わたくしは母のエイラ・ベルセリウスです」
淑やかに一礼して、ニコリと微笑む。その顔はルナとそっくりだ。
「初めまして。秋原灯です」
「そんなに怯えなくてもいいのですよ。取って食ったりしませんから」
あはは、と笑う姿は若々しくて、全く年齢の予想がつかない。
「それよりルナリア、思ったよりも元気そうね」
「……はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
おれはなんとも言えない違和感を覚えた。そう言えばルナはルイスにもこんな余所余所しい態度を取っているような気がする。
まるで他人であるかのようなそんな態度は、ルナの父親と対面した時に確信に変わった。
案内された客間でまるで待ち構えていたかのように満面の笑みを浮かべていたルナたちの父親は、豪放磊落という感じで、白金の短髪の背の高い人だった。ルーカスやルイスは父親に似たのだろう。
「初めまして!私はそこのバカ息子どもの父だ。サムエルと言う。まあ、適当にお義父さんとでも呼んでくれて良いんだが」
ガハハハと豪快に笑って、握手した手をブンブンとすごい力で振り回された。反応に困ってルナを見やったが、その視線はどこか壁の方へ向いていた。
おれの手を離したサムエルは、続いてルナへ向き直る。
「只今帰りました……ご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
片膝を床につけ、ルナは畏まってそう言った。そんなルナを、サムエルは呆れた顔で見下ろした。
「まあ……無事で何よりだが、久しぶりに顔を見せてくれたのだから、もう少し家族らしくしてくれると嬉しいんだが」
でもルナはスッと立ち上がって、こう言ったのだ。
「申し訳ないのですが、少し疲れてしまったので俺はここで失礼致します」
そしてまるで逃げるように、客間の扉を少しだけ開けて滑るように出て行ってしまった。
微妙な空気が客間を支配し、気の利いたことも言えないおれはとても居心地が悪かった。
「父上、僕には挨拶は無いのか?わざわざ魔界都市まで行って来たのに」
「お前はもう少し親を敬え。そしてその太々しさを少しでもルナリアに分けてやってくれ」
「何?僕は別に太々しくはないだろう。僕は寧ろルナリアの方が太々しいと思うんだが」
「わかったからもう口を閉じなさい」
やれやれ、とサムエルが溜息を吐きながら猫脚のソファに座った。そしてどうぞと言われるがままおれもクッションのきいたソファに腰を落ち着けた。
「わざわざ来てもらって申し訳ない。本来ならこちらが伺って礼を言うべきなのだが」
「いえ、気を遣わないで下さい。寧ろおれはルナの育った家が見られて嬉しいです」
多分おれはこの時、複雑な表情を浮かべていたのだろう。それを察してサムエルはまた、やれやれ、と口を開いた。
「あの子のあの態度が気になるのだろう?」
「……はい、まあ、少しですけど」
「あれは昔からだ。ベルセリウスの三男として産まれて、物心ついた頃からな。私の弟がルナリアの前任で、師匠みたいなものだったのだが、あの弟も似たようなものだった」
いつの間にか客間を出ていたルイスが、トレーに人数分の紅茶と洋菓子を乗せて戻って来た。ルナもそうだが、吸血鬼の特徴として、消えたのではないかと思うくらい物音を立てずに移動することがある。
「それはそれはとっつき難い叔父だった。ルナリア以外には……いや、ルナリアにも心を開いていなかったんじゃないかな。僕は挨拶程度しかしたことがないし、もう顔も覚えていないが」
ルイスは持って来た紅茶をそれぞれの前に配り、さっそく自分もカップに口をつた。
「必要以上に家族に関わる事もせず、かと言って他の者に心を開く事もなく、本当に命令だけを実行する機械のような生涯を送る。それが私たちベルセリウスの三男にかけられた呪いのようなものだ。仕方ないのも理解できるが、しかし、我々からすれば家族の一員なのだから、愛情を持って育てて来たつもりなんだがなぁ」
「不器用な親父に不器用な弟なのだ」
「ルイス、お前はいちいちうるさいんだよ」
話を聞いていると、今まで見て来たルナとルナリアは別人ではないかと勘違いしそうになる。
おれの知っているルナは、いつも明るくて適当で、自分勝手で……以外と泣き虫で。
それは間違いなく、最初のバディである深山総司の影響で。
悔しいけれど敵わない。
だからおれはおれのやり方で、もう一度笑って欲しいと思っていた。
その方法は全然検討もついていないのだが。
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