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 翌日、署に向かった俺と灯は、これまた微妙な雰囲気漂ういつもの事務室兼待機室へ、太々しくも顔を出した。

「おはようございます」

 と、灯が武士のごとく無表情に挨拶をする。

「おはよーう!あれ、なに?お通夜?まあいいけど。俺が悪いもんね!だって昨日……は、無断欠勤したけど、一昨日はちょっと錯乱しちゃったからさ。あ、吸血鬼って怖いよねぇ……俺も自分が怖かった、痛い!?」

 後ろからどつかれて、俺はよろけながら振り向いた。牧田課長がいた。

「お前は!!ちょっと来い!!」
「え?まさかあれか?呼び出して愛の告白でもする感じ?いやぁでも俺、自分が300年生きてるってのはわかってるけど、流石におっさんは趣味じゃないよ?」

 バチーンと、頭頂部を叩かれた。目の前に星が飛びそうだった。

「ふざけてないで来い!秋原も!」

 俺は渋々、お怒りの牧田課長についていった。

 向かったのは署長室だった。

 中には上野がいて、バツの悪い顔をして俺を見た。

「一昨日ね、秋原君に全部話してしまったの。彼、私のデスクの写真を食い入るように見つめていたから」

 上野さんは悲しげな顔で笑った。俺はまだ、彼女が雨宮のことを忘れていないのは知ってた。だから敢えて、医務室には近付かないようにしていた。

「ごめんね、ルナちゃん」
「別にいい。それに結果的にさ、灯の復讐を俺が果たした訳だし」

 そういうと、今度は灯がバツの悪い顔をした。

「俺はそうやってここで生きてきた。何も、誰も悪いことなんてないんだ。俺の自己満足でもあったから……で?何の呼び出し?」

 そこで瓜山署長が引き出しからファイルを取り出した。それはまさに、今し方話題に上がった事件のファイルだった。

「まあ、全部知ってしまったからね、秋原君には、自分の目で確かめてもらおうと思ったんだよ。あのね、罪滅ぼしと言うわけではないんだけど、秋原君にルナ君のことを誤解して欲しくなくてね」

 灯は固まっていた。そこに、自分が両親を亡くすキッカケになった真相が記されたファイルがある。その真相を知るのが怖いのかな、と思ったけれど、俺が語った以上のことは記されていないわけで。

「灯、大丈夫。俺はね、お前を助けた覚えはないけれど、父親の権力で減刑されたあの男を、ちゃんと殺した。お前がさ、本気で復讐したくてここに戻ってきたとしても、そいつはもうこの世にいないんだよ。だからね、ただ、お前の両親を殺した相手がどうなったかだけを、受け入れればいいんだ」

 俺の言っていることは、多分間違っていると思う。

 でもじゃあ、お前の親を殺した奴は、まだ刑務所で生きてます、と言われて、納得する奴もいないだろうと思う。

 例え死刑宣告されていたとしても、そいつは刑務所で三食飯食って生きているんだ。方や親を失った子どもが、孤児になろうが肩身の狭い思いをして親戚に引き取られようが、その犯罪者は何も考えないだろう。

 だから俺はずっと、誰かの為に復讐を代行してきた。

 何より大切だった最初のバディである総司の子は、きっと父親の顔も覚えていないままに、その後の人生を歩むことになったのだから。

「おれたちが秋原に言いたいのは、こいつはただ無感情に復讐してきた訳じゃないってことだ。雨宮が死んだ時、おれも、内川も、上野もそうだった。三人悪者になってもいいから、あのクソ野郎を地獄に落としてやる、ってな。こんな警察組織に身を置くおれたちが、考えてはいけない事はわかってたが、それでも許せなかった……ルナはそれを、おれたちのかわりにやってくれたんだ」

 俺は救われたい訳じゃない。でも牧田課長は俺の為に必死なんだとわかる。俺たちがバディでいられるように、それがまるで、自分の罪滅ぼしだとでも言うように。

「大丈夫です。おれは、ルナを信じているので。でも、そうですね……ルナの言う通り、おれは一度、けじめをつける為にもそのファイルを見る必要があります」

 そう言って、灯は瓜山署長のデスクからファイルを取った。そのまま無表情で、ペラペラと内容を改めていく。

「で、だ。ルナはこれからどうする?まだ復讐を続けるか?そろそろ潮時だろう。お前の作った死体が汚過ぎて、隠すのが面倒になってきた」

 灯がファイルを見ている間、牧田課長がそんなことを言った。それに瓜山署長が苦い顔をしている。

「それはもう辞める。あのメモ用紙もあと数人で終わるし。あとはルーカスかルイスがやってくれると思う。もっとこう、穏便な方法で。ベルセリウスとして、恥辱は晴らさないとだし」
「お前は、それでいいのか?あの夜ここに来たお前は、まるで吸血鬼そのものだったが」

 ベルセリウスの剣をさげてここへ来た日のことを言っているのだとわかった。

 でも俺は、そんなことはもうどうでもよかったんだ。

「もういいよ。俺がいくら人間の腹掻っ捌いたって、俺の痛みなんて誰もわからないんだって思ったから。それにね、単純に寝不足なんだよ」
「おお、恐ろしい。お前ら人外の感覚は、おれたち人間にゃわからねぇよ」

 牧田課長が茶化すように言った。でもなんだか少し笑っているような気がした。

「だからさ、これからは機動班の捜査官として行動しようと思ってるんだ。俺を地獄に落とした奴を、ここのやり方で懲らしめてやろうと思ってさ」

 そういうと、瓜山署長も牧田課長も、上野さんも驚いた顔をした。

「お前……大人になったんだな」

 などとしみじみと牧田課長が呟いた。

「どう言う意味だよ!?」
「いやなんでもない」

 俺は顔を顰めつつ、まあいいやと続けた。

「あのさ、これは俺の信用できる奴から聞いたんだけどね。この街で人身売買やらの元締めをしている人狼の情報を掴んだんだ。そいつは……」

 そこでやっぱり、俺の思考は停止した。

 蘇ってくる薄汚い牢屋での出来事。それと、俺の、全てを恐怖で塗り固めるような行いの数々。

 腹の中を、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような、不快感。

 うっ、と両手で口元を覆った時だ。

 灯がそっと、俺の頭を自分の胸に押し付けた。それで、俺は何だか気が抜けてしまったのだ。

「ルナの知り合いのウェイという吸血鬼から聞いたんです。ヴラドレン・アドロフという人狼の男が、違法な人身売買や売春の斡旋を行っているそうです」

 灯がいつもの無表情で言った。でも俺を抱きしめる灯の手は暖かかった。

「それは信用できる情報か?」

 と、牧田課長が眉を顰めるので、俺は気を取り直して答える。

「俺に脅された吸血鬼が、俺に嘘を言えると思う?あんたたちのよく言う、信用できるスジからのタレコミってやつより信憑性は高いよ。あいつら、命かかってるからね」
「……お前、友達いないだろ」

 牧田課長にそんなことを言われたから、俺は頭の中で友達と言える奴の数を数えようとした……が、思い浮かばなかった。

「でも確かな事がひとつあるとすれば、俺はそいつに何度も殺されそうになった。で、まあ、一生飼ってやってもいいとかなんとか言っていたのも覚えてる」

 何度もヤリ殺されそうになった、とは精神的にも灯の為にも言えなかった。でも徐々に向き合う事ができてきたような気もする。

「おれは、ルナにこんな仕打ちをした奴を許せない。それこそ機動班としては許されないが、殺してやりたいと思っています。でもルナが機動班としてそいつを検挙すると言うのなら、おれがそいつを捕まえたい」

 断言した灯がとてもかっこよかった。俺はニッコリ笑って灯を見た。

「なんだ?」
「いや、お前カッコいいなと思って。えへへ」

 牧田課長がゴホンとわざとらしく咳払いをした。

「職場でイチャイチャするな、気色悪い」
「おっさんのやっかみは放っておいてさ、瓜山さんはそれでもいい?」

 一応署長である瓜山に確認する。

 いつも見たくオドオドした微笑で頷いた。

「ええもう、好きなようにしてね、やり過ぎない程度に」

 と、言ってくれた。

 それで俺たちは、機動班のA班B班に、本町とエリス殺害の容疑者候補としてヴラドレンの捜査をさせ、俺と灯はそれとは別行動をとることになった。

 その時に、灯がふと聞いてきた。

「そういえば、なんですが……ルナの首のGPSはどうなっていたんですか?今後居場所が把握できないと困るので……」
「ああ、それはこっちで操作していたんだ。こいつが復讐に明け暮れている間、夜中の信号が秋原の家に固定されるようにな」

 灯は顔を顰めた。それからなぜか俺を睨む。

「あのさ、俺も灯の居場所知りたいから、灯の靴にでも信号機付けといてよ。なんかカップルみたいでしょ?お互いのスマホにアプリでそういうのあるじゃん」
「アホみたいな発言するな!恥ずかしくないのか!?」

 と、牧田課長は俺を睨み、しかし灯の表情を見て盛大に顔を顰めた。

 灯は何だか、頬を染めてニヤケそうになる表情筋を必死で抑え込んでいたから。

「君たち、意外とソックリなのね……」

 苦笑いの上野がそう言う。

 ともかく、俺は灯の靴にGPSの信号機を付けることに成功したわけだった。
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