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1-2 出発の挨拶と彼のお願い
しおりを挟むはぁはぁと息を零しながら広場に向かいレンガの階段を進む。
漸くたどり着くと、広場に響くきゃあ、わぁと激しい歓声。
耳を劈く音の中心には、見慣れた顔。
群衆に囲まれた鋭い深紅の瞳が此方を覗いた。
小さく彼の口が動いて、私はその足を止める。
「本当なんだ……」
中心の彼は飄々とした顔をして私に何かを伝えていた。
それは私の名前だったようにも、待ってろと伝えたようにも見えた。
だが、宿舎に働きに来ている者達が彼の周りに募っているようだ。それに、周囲から聞こえてくるにはこれからラズは仲間になるという人と会合するという。ならば私は邪魔者であろう。私自身は彼の姿を見れただけで十分だった。忙しい彼の邪魔はしたくもない。何を言われたのかハッキリしない今、分からなかったからと言い訳をして逃げられるのでここからまた走り出してしまえば良いだろうと思った。
なのに、歩き出すと手を掴まれていた。
「なんで、逃げんだよ」
いつの間に。ラズが手を掴んで歩き出そうとしていた私を引きつける。顔を持ち上げ見るとギリギリと怒りを耐えるような悲しいような表情を見せている。
「わっ!え、ラズ……?なんでここに?わ、私別に逃げてないよ。それはほんとだから……ラズは勇者になったんだから私が一緒にいると邪魔でしょ。これから勇者としての色々があるじゃないの?」
「……正直、俺はお前の飯がずっと食いたいだけで、勇者なんてものやりたくもない。それなのに、勇者にならざるを得ない俺に会って言葉を交わす温情すらくれないと?」
逃げようと少し腕を振ってみせるとその腕ごと抱きしめられた。少々痛いそれは私の行動の間違いを指摘して、私の意思を揺らがせる。何をしたいのだラズは。
「そ、そんなこと言われても。今から会うらしい皆様に迷惑じゃないの?」
「では、俺はお前と話すことなく強大な戦に身を委ねろと?」
グリグリと頭を髪に埋められ体が跳ねる。こんな行動、まるで彼が恋人みたいで……
「い、いや。そうは言ってないけど……」
「そうだよな。俺がめんどくさい事を言ってるのは分かってる。そうは言ってもお前を連れて回るのも無理だとも思ってる。俺からはこれを渡しておこう。だから、この箱を持ってろ。さっき、任命式にいた魔法使いから貰った」
どこから出したのかランチボックス程度の大きさの木箱を私の手の中に複数重ねていく。
「これはなに?」
「こいつは中の物を対の箱へ転移してくれる魔法具らしい。絶対この中に俺らへの食事を入れてくれよ。でなければ俺らは腹が減って死ぬ。外に出るとお前から直接は無理だから代替案だ」
「え、えっと」
「わかったか」
「う、うん」
ぐいと顔を持ち上げられれば、口に当たるのは柔らかな感触。
「俺、絶対戻ってくるからそれまで他のやつに貰われるなよ」
「え?うん……うん?」
「じゃあ俺は彼奴らと会議だから。またな」
ラズは私を置いて、小走りで去っていく。
「え」
残された私は触れられた口を抑え、噛み砕けない衝撃を受け止め始めた。
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