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第2章 対する想い
2-2 零れた涙は
しおりを挟む何度現れても、何度触れ合っても殿下の態度は変わらない。
冷たく、きつく、優しくなく、かの男は非道な姿を晒していた。
「はぁ、来週には夜会よね。参加しなきゃ。でも……」
椅子に座り込んだアーヴリルは肩を落とし一段と疲れていた。普段以上に飾られたドレスはとても重そうだ。
「私、本っ当に嫌なのよ。何度目よ、あの人にパーティ関連のことすっぽかされるの。そのせいで私、ようやく来たこの国に居にくいわ」
横に仕える私を一目見たアーヴリルはクッキーを摘む。
しっかりと他の業務時のように、最低の文言を使い仕えるべきなのだろうがアーヴリルは注意すべき他者がいない時は私を友達として扱ってくれることもあり会話が増える。
「アーヴリル、いつもお疲れ様。殿下が来られなくても社交、頑張っていてすごいわ」
「……ありがとう。何度も、不平不満言ってごめんね……流石にちょっと疲れちゃった」
そう言って彼女はソファにもたれかかった。
「別に気にしなくていいわ。私だってそういう時はあるもの。それに、その机にあるお茶、華やかな香りと爽やかな風味で美味しいらしいわよ。ほら、カップの装飾綺麗じゃない?そのお花みたいなモチーフで刺繍するのも楽しいと思うわ。貴方の腕ならするする作れちゃうでしょう?そういういい事に目を向け始めましょ。良くないことばかり見ると悲しい気持ちになってしまうわ」
「……私、貴方が婚約者だったらよかったわ」
「え、そう?」
彼女の発言に私が小首を傾げると、アーヴリルは小さく笑った。
「はぁ。ドレスの相談したくないわ。私、無意味に貶されてしまうならやらない方がマシよ。されたら泣きたくなりそう。いや、泣くわ。行きたくないわ、嫌よ」
彼女は個人の部屋の中で独りごちる。
「まぁ、これ終わったら、アーヴリルの好きなジンジャークッキーがおやつにあるわ。ここから一息頑張りましょう?」
「うん。それが王族としての務めよね」
そう言った彼女が外へ向かうのに数歩後ろから着いていった。アーヴリルは凛とした姿で留まって。
「……エルウッド様、お久しぶりでございます。」
殿下のお顔、久しぶりに見たわ。ついでに、彼の護衛であるアルディスの顔も。
いつもなら地位と元々の評判で何とかなっていてもこのパーティーは国の立国記念パーティーであるから、いつものように避けることは出来なかったのだろう。
パーティーでの様相を合わせるために部屋で座り込んでいたエルウッド殿下は目をピクリと動かし、不快そうに口元を歪ませた。それを見たアルディスも何か思うところがありそうな顔を彼に向ける。
「ふん。早いな」
「……そちらもお早いですね」
「そうか。では、俺はこれにするから、君は好きに着るといいよ」
そう言って手元の紙を指し、足早に去ろうとした。
それをアーヴリルが服を摘み留める。貴族令嬢としては許されない行為と言われかねない行動だ。
「ちょっと……殿下、私のことが嫌いにしてもやりようがあるのではなくて?」
机に置かれた資料には婚約者を持つものは相手をイメージとしま色を差し色に入れるべきとの通念を壊し、全身黒に均一された様相をすると書かれていた。語ることもないと逃げようとした殿下は喪服のような服を着て、婚約者の身に合わせる気無く勝手にしろと放り投げていたのだ。
アーヴリルの国は服飾にも精通している。だというのに、その国から来た次期王妃が適当なものを着るなど他の者達が何を思うか分からない。
「俺には、これ以外がわからん。では、また」
「……そう。そうなのですか」
この現状がアーヴリルには決定打になったらしい。
彼女の涙がハラハラと落ちる。
それに殿下は驚いて、目を剥いた。
「な、なんで泣いているんだ!君にはこれは、泣くほど嫌なのか!」
「ええ、もう、耐えられませんわ。私、この国に来てやっと心に決めましたのに。なのに、想い人に捨てられ続けるなんて!もう限界です!」
「はっ、はぁ?俺は君が、君が嫌だと思って!俺なんてただの小国の王子だぞ!?お前にはもっといい相手が!というか君が……」
彼はそう大声を出したと思うとアーヴリルを詰める。
「はぁ!?そんなわけないでしょう!私には貴方以上なんていないのに!」
「じゃあ、んで、そんなことに……」
「そもそも貴方が悪いのよ!私の気持ちも聞かないで!」
「……じゃあ、俺の今までの苦労ってなんだったんだ。好きな人に好かれるでもなく嫌われようと動き続けた俺の苦労……」
殿下は肩を落とし、顔を覆った。その隣ではアルディスが複雑そうな表情を浮かべている。彼の様子を見る限り、あの日、彼が私に聞いてきたことはこの2人のすれ違いが理由だったのかもしれない。
「え?」
「政略結婚だろうと俺もちゃんとアーヴリルのことが好きだったんだよ!でも、君は!」
「だとしたら、私へ……なんで?ねぇ、エルウッド殿下」
「……アーヴリル嬢。俺は今日、これで失礼させて貰う。俺たちは互いに考える時間が必要だ」
距離を詰めた彼女の体から数歩下がり距離を置いた殿下は苦しそうな声を出す。
「はい、分かりましたわ」
彼らが去る背中を見つめながら、アーヴリルは動かないでいた。
「……ねぇ、アーヴリル、体調は悪くない?」
「うん」
「本当に?顔が真っ青よ」
「うん。本当に。大丈夫なの。ほら、早く部屋戻りましょう?」
彼女の手は震えていた。
部屋に着くと、アーヴリルは他の者を下がらせ私と2人きりにした。
これで彼女と私の関係は護衛と姫から、友人同士になれる。彼女は友達としての私に用事があるようだ。
「……ねぇ、どうしよう、シルファ。私、やっと思い出したの」
「私、彼に婚約が嫌って言ってしまっていたの。それで彼はあんなことを……私ね、彼を初めて見た時、喋った時、なんて綺麗で天使みたいな人なんだって思ったの。私はこんなに醜いと言われ続けたのに、王族としての地位も下位でしかなくて力も知恵もないのに、大国で生まれた姫としての地位しかないのにって。彼には一生何も勝てない、隣に並び立つことすら許されないって思って……私、弄られてたの。国では使えないワインの絞りカスのような子として扱われててね」
アーヴリルの声が震える。
「彼以外にあんなに真っ直ぐに優しくされたことなんてなくて……分からなくて……小さい頃だったからお世辞も何も知らなかったの。優しい彼が怖い、こんな素晴らしい人と私と婚約なんてそんなわけないってずっと考えてたら夢だって思い込んじゃって、夢と現実の違いに気づかなかったの……だから、彼に嫌って、言って……劣等感で辛いわって……どうしよう……嫌われちゃう」
「大丈夫よ。アーヴリル。貴方は分かったのよね。殿下の行動の理由も自分がしたことも。なら、それをしっかり伝えて、分かってもらうことから始めることが大切なのではなくて?」
「うん……謝らないとよね、信じられなくてごめんなさいって、傷つけてごめんなさいって、私の気持ちを大切にしてくれてありがとうって……」
「そうね」
左手で隠された瞼からもっと涙が零れた。
彼女の零す弱音は今、私だけが知っていることだ。
でも、アーヴリルと殿下の関係は私と彼女の関係とは違う。彼女は彼に謝りたいし、縋りたいのだ。だから、私は泣き崩れるアーヴリルには触れなかった。
私に優しくしてくれたアーヴリルが彼と仲直り出来ることを願いながら。殿下が彼女への愛を持ち続けてくれることを願いながら。
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