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 翌朝早くからルヴィアナの母であるミシェルは夫のヘンリーにすぐにステイシーを王宮から連れ出すようにとしつこく迫っていた。

 「あなた、早く王宮に出向いてステイシーを連れ出して来てくださらない?あの子には聞きたいことがありますの。本当に…一体何を考えているのか。ルヴィアナが殿下と婚約していることはわかっているはずですのに…」

 「分かったから、今日中に暇をもらってステイシーは王宮から連れ出す。だが事情はわたしが聞いてみるから、お前は黙っていてくれないか」

 「何を言ってるんです?あなたの娘がルヴィアナを困らせてるんじゃないの!あなたのような人と結婚なんかしなければこんな事には…」

 ミシェルの相当苛立っていて言いたい放題の事を言った。



 ヘンリーは急いで王宮に出向く。

 ステイシーに面会を頼んで呼び出してもらおうとしたが、すでにステイシーはやめた後だった。

 どこに行ったかもわからないと言われてヘンリーはやむなく屋敷に戻って来た。



 リビングでミシェルに話をするヘンリー。

 「ミシェル、ステイシーはもう王宮にはいなかった。仕事はやめて昨夜のうちにどこかに出て行ったらしい」

 「あなた、それは本当のお話ですの?もしも娘をかばいだてなどしていたら私、承知しませんわよ!」

 ミシェルは疑り深い視線でヘンリーを見る。

 「噓など…私だってルヴィアナの結婚を邪魔させるつもりはない。ステイシーは殿下のそばから離すつもりだった。やっぱりステイシーの事だ。ルヴィアナに悪いと思ったんだろう。だからきっと黙って出て行ったんだ。取りあえずステイシーと殿下の事はこれでもう心配ないだろう。さあ、機嫌を直してくれ。私だってこんな事になるなんて想像もしていなかったんだ」

 「まあ、とにかくステイシーがいなくなったなら殿下も諦めるしかないわね。でも、ステイシーがどこに行ったか探して下さい。あの子には説明する義務がありますもの」

 「ああ、ステイシーをこのままにしては置けないからな」

 「まあ、心配してらっしゃるの?そうですわね。大切な子供ですもの…」

 ミシェルは一度話を区切った。



 そしてソファーから立ち上がった。ヘンリーと向かい合わせになると離縁状をテーブルの上に置いた。

 「それはそうとヘンリー私あなたとは離婚します。これ以上こんな迷惑を掛けられるのはもう嫌なんです。私はクーベリーシェ伯爵未亡人としてルヴィアナの母としてやるべきことがあります。あなたとはもう縁を切らせていただきます。書類を書いたら屋敷から出て行って下さい。安心して下さい離縁状は私が提出しておきますから」

 「いきなり何を?それは酷いじゃないか。ウィリアムはどうするつもりだ?あの子はふたりの間に出来た子供。私だって父親なんだ」

 「心配には及びません。クーベリーシェ家に養子として縁組するつもりですのでご安心ください。ウィリアムは男爵なんかよりずっといい暮らしが出来ますわ。それに姉は次期王妃ですよ。何の問題もありませんから…では、失礼」

 ミシェルは話が合わるとさっさとリビングを後にした。



 ****************


 その日のうちにディミトリーが前夜ステイシーを連れ出して別邸に連れ込んだことがわかる。

 国王は怒り狂いディミトリーにすぐに自分の執務室に来るよう命令する。

 ディミトリーは昼前に国王のところにやって来た。

 国王の機嫌はすこぶる悪い。眉を吊り上げるような顔で聞いた。

 「ディミトリーどういうつもりなんだ?ステイシーはどこにいる?」

 ディミトリーは立ったままはっきりという。

 「ステイシーは僕の所にいます。父上。僕はステイシーと結婚します。誰が何と言おうともう決めたんです」



 ニコライは歯ぎしりして執務室のデスクに拳を力いっぱい押し付ける。

 「それはどういう意味だ?お前にはルヴィアナという結婚相手がいるはずだが?」

 真っ直ぐにディミトリーを見る。

 ディミトリーも負けずと父をじっと睨む。

 「だからルヴィアナとは婚約を解消します。そして改めてステイシーを正式な妻として迎えるつもりです。僕はいずれ国王になる。だから僕が何をしようと自由のはず、誰も文句を言う人間はいないはずです」



 「お前という奴は…」

 ニコライはデスクからディミトリーの前に来た。拳を握りしめ、このバカな息子を思いっきりぶん殴りたい衝動を必死でこらえる。

 そして子供に諭すように話を始める。

 「…だが…国王になるには議会の承認がいる。そして国民にも認められるような行いをしなくてはならん。いいかディミトリー…勝手に婚約相手を傷つけ自分の思い通りに事を運ぶ。そのような人間を誰も国王などとは認めてはくれん。よく考えてみろディミトリー、国王とは国民の為に自分を犠牲にする覚悟が出来ているものの事を言うんだ。そのためには嫌なことも耐えなくてはならん。皆のために犠牲を払わなくてはならんのだ。それも出来ないなら国王の資格はないのだ。それがわからんか?贅沢はいくらでもできる。だが真の自由は思うようにはならない。それが国王なんだ」

 ニコライはディミトリーに分かってほしくて穏やかな優しい目を向けた。



 この国は王政の国。議会の承認などなくても国王が王にすると決めた人間に異を唱えるものはいない。だが、曲がりなりにも議会制という体制を取っているので、一応議会に通して国王になる承認が降りるという仕組みを取っているのが実情だった。

 要するに次期国王を決めるのはニコライの命令ひとつで出来るのだが…



 「わかっています。でも父上、一つだけ私のわがままを許してはいただけませんか?他には何も望みません。どんな犠牲も払う覚悟です。皆の意見に耳を傾け見聞を広め立派な国王になれるよう努力します。だから父上…お願いです」

 ディミトリーもまた切ないほどの思いを父に向けた。



 「ディミトリー…たった一つのわがまま。それが出来ないのが国王なんだ。諦めてくれるな?」

 ニコライは優しい口調で息子を促す。

 「出来ません。私はステイシーに約束したんです。結婚するからついて来いとステイシーに何と言えばいいのです?」

 「国のために諦めてくれと言えばいい。本当にお前を愛しているなら出来るはず、わかったなディミトリー。今から別邸に帰ってステイシーに言うんだ。別れて欲しいと、すぐにステイシーを別邸から出すんだ。そしてルヴィアナに頭を下げるんだ。気の迷いだったと結婚はするステイシーとも別れたと彼女には誠心誠意謝らなければならんぞ」

 「ステイシーと別れてルヴィアナに頭を下げろと…私には出来ません」

 ディミトリーははっきりと言った。

 自分は正しいことをしていると思っていた。

 

 「これほど言ってもわから…?」

 ニコライは語尾は失望で言葉にならない。

 まったくこの息子は…やはり無理だったのかもしれん。

 「この結婚だけは聞けません。父上許してください」

 ディミトリーは父にすがるように頭を下げる。



 「これほど言っても…もういい。ディミトリーたった今、お前の王位継承権をはく奪し平民とする。さあ、どこでも好きに生きて行けば良い。だがお前はもうこの国の王にはさせない。貴族としても生きて行く場所はないと思え。自分のわがままを通すがよい。さあ、愛する女の元に行け!」

 ニコライは腕に縋りついたディミトリーを振り払うようにした。



 「ですが…父上。では国王は誰が…?」

 「そんな事は議会が決める。お前が心配せずともいい事だろう。さあ、仕事の邪魔だ。さっさと帰れ!すぐに、別邸からは出て行くように、お前はたった今から平民なんだからな」

 ニコライは踵を返してデスク側に回り込み窓に顔を向ける。

 「父上お願いです。考え直してください」

 「話は終わった。行け、顔も見たくない!」

 ディミトリはしばらく立ち尽くしていたが、もう無理だと悟ったのか執務室を出て行った。



 
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