ご機嫌ななめなお嬢様は異世界で獣人を振り回す

はなまる

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 「もう、お父様ったらわたしを何だと思ってらっしゃるの?わたしにも何かしらの権利があると思いますわ!」

 神楽坂コーポレーション一人娘のくららは社長室に入るとたまらず父親に文句を言った。

 彼女がこんな事を言うのは珍しい。


 ここは都内の神楽坂コーポレーションの本社ビル。地上25階にある社長室。

 神楽坂コーポレーションは家電量販店や輸送業を全国展開している大企業だ。

 今日は天気も良く社長室の窓からは、はるか彼方の富士山が薄っすらと言えていた。

 だが、くららの気分は全く晴れてはいなかった。

 それと言うのも、またしても父がお見合いの話を持って来たからだった。

 もう我慢できませんから、今までのお見合いは3回。

 どれも相手は大手企業の御曹司のような人たちばかり、くららが一人娘であるがゆえにどうしても婿を取る必要があったのだ。

 だがそのお見合い相手ときたら…‥


 父は驚いて優しく声をかけた。

 「なんだ、くらら。いきなり?うん?どうしたんだ?」

 もうお父様。白々しくありませんか?

 「わたしはもうお見合いなんかしたくありませんわ」

 くららは珍しく声を荒げた。


 「だがな、くらら。お前はこの神楽赤コーポレーションのたった一人の跡取りなんだ。婿にはわたしの目に叶ったものがなるのは当然の事だ」

 くららの父、幸四郎は当たり前だという顔をする。

 「ですがお父様。今までにご紹介下さった方はどの方もわたしの婿には相応しい方とは言えませんでしたわ‥‥」

 お嬢様のくららは、育ちの良さなのかこんな状況でも、なるべく気持ちを落ち着けてやんわりと言葉を選ぼうとした。


 「まあ、そうは言うがくらら。お前もそれくらいの事は大目に見れるくらいでなくては、この神楽坂コーポレーションの代表を務める男なら女の一人や二人いたとしてもおかしくはない。男にはそれくらいの甲斐性がないとな」

 父はまるで自分が正しいとでも言いたげにくららの顔を見た。

 くららは怒りに震えた。

 「ええ、お父様はそうでしょうね。でもわたしはお父様とは違うんです。わたしはそんな男は嫌です。ですからお見合いの話はもう結構ですわ。それに今は結婚するつもりはありませんの。いずれ時期が来ればどうするかはわたしが自分で決めるつもりです。どうぞご心配なさらないでお父様!」

 くららはずっと自分の思っていたことをはっきり言って唇が震える。

 お父様はそんな考えだからお母様が亡くなってから、次から次へと女遊びをされているんですね。

 わたしがバカでしたわ。お父様がこんなに人だとは思ってもいませんでした。

 ですがお父様だけではなさそうですね。男の人はどの方もひどい方ばかりですわね。


 「そんな事は許さん!そんな勝手が出来ると思っているのか。くららお前がこんな贅沢が出来るのはすべてわたしの娘だからだ。反抗は許さんからな!」

 聞いたこともない父の荒げた声にくららはびくりと体が震える。


 「だって今までのお相手はどれもひどかったじゃありませんか‥‥」

 くららの声はほとんど聞き取れないほど小さくなった。

 大きくため息をつくと思わず立っているのもつらくなり社長室のフカフカのソファーに座り込んだ。

 そして顔をしかめてこれまでのお見合い相手の事を思い返す。


 一回目は老舗である桜庭百貨店の次男。桜庭ラモン様でした。

 彼とは有名な和食料亭でのお見合いでした。お料理も素晴らしく、お庭にはコイが泳いでいてそれはすばらかった。

 型どおり顔合わせが終わり食事を楽しんだ後はすぐにふたりきりになりました。

 彼はすぐにわたしの手を握り、君を一生大切にすると言われました。

 わたしがそんなことに騙されるとでも思ったのかしら‥‥


 実は彼女には人に言えない秘密があった。彼女が触れるとその人の未来の事が映像のように見えるのだ。それがどれくらい先のことかまでははっきりとはわからないのだが…

 この不思議な能力は母と一緒に乗った車が事故を起こして母が亡くなり、くららが頭に大けがをした後から起きるようになった。7歳だったくららには衝撃的なことで祖母がいてくれたからどうなっていた事か、それにこのことは今まで祖母しか知らず、他に知っている者はいなかった。


 そんな事も知らず桜庭ラモン様はわたしにそんなことを言ったのです。目の前には彼が手を握るとある映像が浮かび上がって来ました。

 それはどこかのホテルのフロントでした。可愛いらしい女性がラモン様を見て手を振ってらっしゃいます。

 そして二人はそのままホテルのエレベーターに乗り込んである部屋に消えました。これはいったいどういう事かしら?わたしがラモン様の言うことが信じれるとでも思われたのでしょうか。

 翌日即刻お断りをしたのも無理はないはずです。


 次の相手は風早たつみ様。

 彼は日本でも人気のホテル、<キャッスルリゾート>のオーナーの息子で、彼とはそのキャッスルリゾート横浜のホテルでお見合いをしました。

 展望レストランでのディナーはどの料理も素晴らしかったです。そして彼がわたしのそばに来られて耳元にささかれました。

 今夜部屋を取ってあるんだ。一度うちのホテルに泊まってみないかって…わたしはもちろんひとりで泊まると思いましたから、そのお話をお受けしました。

 だがそうではありませんでした。彼はいきなりスペアキーを使って部屋に入って来ると、わたしに迫って来たんです。

 「いきなり何をなさるんですか。やめてくださらない!」わたしは彼の体に触れてしまいました。

 その瞬間…彼には男のボーイフレンドがいるとわかりました。もう、やめてください…気持ち悪いです。この人、両刀使いですの?まさか、男のあそこに入れたそれをわたしの中に入れるつもりですか?もう勘弁して下さらない。

 わたしはその場で言いました。

 「このお話はなかった事にしてください」ってね。


 そして3回目は京極凌様。この方は取引先の常務の息子さんで、ご長男ですが婿に入っても良いとのお話でした。

 京極様とは、都内の高級レストランでお見合いでした。

 彼は今までのお二人とはかなり違ったご様子で年も30歳になると言われ落ち着いた雰囲気の方でした。

 ふたりきりになると彼は焦ったご様子もなくゆったりと話をしました。ですが、帰り際に彼に手を握られると、彼の父親と彼が話をしているご様子が…

 お二人は神楽坂コーポレーションの乗っ取りを考えていると…わたしは父にそれとなくこの話をしてやっぱり事実だと分かり、このお話は父の方から断りの連絡が行ったはずです。


 わたしのかけがえのない祖母は半年ほど前に亡くなりました。祖母は生前によく言っていました。

 くらら、あなたの運命の人は必ず現れますよ。この秘密もすべて打ち明けれるような、くららの全てを受け入れてくれるような人に巡り合ったら必ず幸せになれるからと…‥

 だからいやいやながらも父のお話を受けました。もしかしたら運命の人と出会えるかも知れないわと思ったからですわ。

 そんな途方もない考えを持ったわたしがばかでした。

 この調子では、そんな人が本当に表れるかどうかもわかりません。

 いえ、きっと現れるはずはありません。


 そうでした。婚約者だった月城紫様の事も忘れてはなりません。月城様とは大学生の時知り合いました。

 彼は月城自動車の重役のご子息で、眉目秀麗なすごく端正なお顔立ちの方で日本人とは思えない彫の深いお顔でした。もちろん女性に大人気の男性でした。

 彼は屈託のない明るい方で、わたしにも特別扱いせず接してしてくださいました。

 わたしはどちらかと言えばはっきりものを言うことは失礼だと祖母からきつく教えられていましたが、紫様は物おじせず何事もはっきりとした方でした。

 好きなものは好き嫌いなものは嫌いと言われる彼にわたしは最初は戸惑いました。

 でも気づけばそんな月城様にどんどん惹きつけられていました。彼を好きになるのに時間はかかりませんでした。

 彼からお付き合いしたいと言われて私たちはお付き合いを始めました。卒業したら婚約して何もかもがばら色に輝いていました。


 わたしには未来を知る力があったはずなのです。

 なのに…彼は月城自動車に入ると車のデザイン部門に配属され、ある日急な出張でお父様と一緒にヨーロッパに行くことになって、その飛行機が墜落して亡くなってしまいました。

 わたしはその時親戚の結婚式で数日地方に行っていて彼と会っていませんでしたが、それでも1週間前には彼と会っていたのに、どうしてその時その悲劇を予知できなかったのかと今でも悔やまれてなりませんでした。


 ですがお葬式に行くと彼には他にもお付き合いしている方がいることが分かりました。

 その時のわたしのショックは計り知れないほどでした。

 紫様を信じていました。彼との未来を夢に見ていました。

 彼にそんな女性がいたのにわたしはまったく気づきませんでした。ひょっとしたら好きになった方のそんな部分を見たくなかったからなのかもしれませんわ。

 亡くなった方の事を悪く言うのは良くない事ですが、結婚しなくて穏当に良かったとしみじみ思いました。


 とにかくわたしの力は不安定で、はっきりわかることもあれば、ぼんやりと浮かび上がってはっきりとわからない事もあります。

 それに予定と違うことがあると未来が変わることもあるようで…‥

 すべての事が分かるわけではないのです。もうこんな厄介な力を持っているのも疲れるのですが‥‥


 そんなわたしの気持ちなどお父様は知る由もありません。わたしは会社の犠牲になるのが当たり前だと思ってるんです。

 それに祖母が心臓発作でいきなり亡くなって半年、わたしはまだ立ち直れたわけではありません。あの時だってわたしは留守にしていて予知できなかったのですから。

 おまけに可愛がっていた飼い猫のティグルまでもが1ヶ月前に死んでしまったのです。

 彼は老衰でしたので仕方がなかったのですが、最後を見とれただけでも良かったと思わなければなりませんね。

 でも、そんな事情でわたしの心は不毛の大地のようにカラカラにひび割れているんです。

 
 でも、もう限界ですの。

 こんな事わたしには続けられるはずもありませんから……

 それなのにお父様はこんな追い打ちをかけるなんて本当にひどすぎます。


 「クララ、お前の言うことはわかった。次の相手は良く吟味してお前にふさわしい相手を見つけよう。だからそんなわがままを言うんじゃない。さあ落ち着きなさい」

 父の手がわたしの肩に触れた。

 その瞬間父の考えている未来が頭に浮かぶ‥‥

 ”お前はわたしの言うことさえ聞いていればいいんだ。

 仕事が出来る男ならどんな男でも構わん。女を作ろうが家庭をないがしろにしようが仕事がすべてじゃないか。

 そしてくららの子供に男の子が生れればその子に跡を譲るつもりだ。”



 お父様、何と言うことを!!

 くららの心は氷ついた。顔からは冷や汗が流れ堕ちた。

 こ、こんな人が自分のただ一人の血を分けた身内だなんて…何だか何もかも嫌になった。

 「お父様、いい加減にして下さらない。わたしはあなたの人形じゃありませんわ。お見合いはしませんから…」

 くららは泣きながら社長室を飛び出した。エレベーターはすぐには来そうにない。急いで廊下を走って突き当りの非常階段のドアを開ける。

 そしてわたしは階段を駆け下りた。

 後ろから父が追ってくる。

 「くらら、いいから待ちなさい。お前の悪いようにはしない。だから‥‥」

 言葉は優しかったがその顔は鬼の形相だ。

 くららは振り返りながら、階段を駆け下りる。

 その瞬間、階段を踏み外した。

 「あっ!」

 体がくらりと翻り頭が真っ白になり、何もわからなくなった。

 

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