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しおりを挟むそこに血相を変えたマクシュミリアンが走って来た。
彼は何が起きたのかすぐに気づいたようだ。
「すみません騎士隊の皆さま。この方はわたしのお仕えしているお屋敷のお嬢様でして、お仕置きはわたしが代わりに受けます。どうかお許しください」
マクシュミリアンは滑り込むようにくららの前にしゃがみ込んだ。
すぐに土下座をして頭を地面に擦り付ける。
「おっ、獣人か。まあ、俺も女を殴るのは気分が悪い。お前がそう言うなら鞭打ち10回受けてもらおう」
「はい、どんな罰で儲けます。どうぞお許し下さい‥‥」
マクシュミリアンは座ったままシャツを脱ぐと、その騎士隊の男に背中を向けた。
「マクシュミリアン何を言うんです。そんな鞭で打たれるようなこと、わたしはしていません。とにかく馬を驚かせたのは悪かったと思います。どうかもうお許しください」
くららは血の気が引いて行く。
「もう、遅い。隊長の馬にぶつかった時点で罰を受けるは決まったのだ」
「お嬢様、どうか下がっていてください。お願いします」
マクシュミリアンがくららを押しやった。
くららはいやいや店先まで下がった。
騎士隊の男がマクシュミリアンの背中めがけて、竹のような短めの鞭を振り下ろした。
マクシュミリアンの背中を鞭がバシッ!と鋭く乾いた音を上げる。
鞭はまるで生き物のようにしなり、マクシュミリアンの背中をえぐって行く。
見る見るうちにマクシュミリアンの背中の被毛に赤い血が浮き上がり赤いの線のような模様と作り出した。
何度も鞭打たれたところは、黄色と黒の縞柄の被毛が擦り切れたように縮れて、皮膚が赤くはれ上がって行くのが見えた。
くららはもう見てはいられなかった。
「お願いします。もうやめてください。わたしが悪かったんです。どうかお許し下さい」
くららは男の腕にしがみつこうとした。
あまりの光景に涙が流れ落ちる。
だが、それを止めたのはマクシュミリアンだった。
「お嬢様どうか下がっていてください。お怪我をされてはわたしが叱られます」
「マクシュミリアン‥‥わたしを許してください」
くららは地面にひざまずいて拳をついていた。頭をうなだれて唇をかみしめる。握った拳は地面に押し付けられて砂粒が拳に食い込んだ。
それでもなおぐいぐい拳を地面に食い込ませた。
拳はチリチリと痛んだが、少しでも彼の痛みを分かち合いたいと思う。
やっと10回の鞭打ちが終わると騎士隊の男はマクシュミリアンを足蹴りにした。
マクシュミリアンはそのまま横に倒れ込んだまま動かなかった。
「隊長、お手間を撮らせていただき申し訳ありませんでした。これでよろしかったでしょうか?」
「ああ、ご苦労だった。女これからは気を付けろ。さあ行くぞ」
隊長が出発の合図をした。
騎士隊は何事もなかったかのようにその場を立ち去って行った。
くららはマクシュミリアンに駆け寄った。
彼の背中は皮膚から血が滲み、酷いみみずばれになっているのがわかった。
「マクシュミリアン?大丈夫ですか‥‥わたし…わたしの為にこんな目に合わせてごめんなさい」
くららは彼の背中を見て心が痛んだ。
「くらら?心配ない。君が無事でよかった。騎士隊にぶつかるなんて…最初は僕たち手配されているから捕まるのかと思った。でもそうではなくて良かった」
「傷の手当てをしなくては…どこかに薬を売っている店がありますか?」
「そんな心配しなくていい。薬なんて森の中には薬草がたくさんある。それを取って傷につければいいから、とにかく…そうだ、前に行った小川を覚えているか?」
「ええ、そうですね。小川で傷口をきれいにしたほうがいいですわ」
マクシュミリアンは、手をついて膝を起こして何とか立ちあがると急いで地面に放ったシャツを着た。
「せっかくくららがきれいにしてくれたシャツが汚れるけど仕方がない」
「シャツなんかいくらでも洗えばいいんです。そんなことよりも歩けるのですか?」
「ああ、もちろんだ。獣人は人間より傷の治りも早いから心配ない。でも少しゆっくり歩いてくれると助かる」
「ええ、もちろんです。わたしがあなたを抱えて上げられるといいんですけれど‥‥」
それでもくららはマクシュミリアンの腕を取ると自分の肩に回した。
「だめだ。くららそんな事をしてはいけない。町中でそんなことをすれば目立つし、それに君に負担を駆けたくはない。僕は大丈夫だ。歩けるから」
マクシュミリアンは、くららが回した腕を振るほどいた。そしてゆっくり歩き始めた。背中が痛むのだろう歩くたびに彼の肩がピクリと震えた。
それでも何とか前に来た小川までたどり着くと、マクシュミリアンの傷をそっと水できれいにした。
彼は傷に触れるたびに背中をピクリと動かす。相当痛いのだろうとわかる。
「マクシュミリアン痛むでしょう?血は止まったみたいですから、森に入ったら薬草を取って傷に塗った方がいいですわ」
「ああ、そうしよう。早く町を出よう。森に入れば少しは落ち着けるし」
彼の手がくららの頬をさすった。
「あっ、そうでしたわ。わたしパンを買ったんです。マクシュミリアンお腹が空いたでしょう?どうぞ食べて下さい」
くららは買ったパンを差しだす。
何も入ってもいないしついてもいないパンだったが、焼き立てなのかふわふわして柔らかかった。
「すごいふわふわのパンなんていつ以来だろう。くらら半分ずつ食べよう」
マクシュミリアンは迷うことなくパンを半分にしてくららに差し出した。
「わたしは食べれません。あなたをこのような目に合わせたんです。パンはあなたが食べてください」
「何を言うんだ。くららのせいじゃない。それにくららが心配していたけど、僕たちは捕まらなかったんだしこれくらいどうってことはない。だからくららも食べて…」
彼は差しだしたパンを引っ込めようとはしない。
「そうですか。では半分こしましょうか」
くららがやっと微笑んだ。
「くらら、やっと笑った」
くららは、パンを食べ終わると籠の中身を調べた。塩は大きな葉っぱで幾重にも包んでもらったので心配はなかった。
ランプの油も無事だった。馬油も…
でもカップだけは割れてしまいましたが仕方がありません。
でもせっかくの楽しみが‥‥
「でもランプの油は無事でしたから良かったです。でもお揃いのカップを買ったのですが割れてしまいましたわ」
「カップを?」
マクシュミリアンに割れたカップを見せる。
「そんなものよりくららが無事で良かった。カップはまた買えばいい」
くららは首を横に振った。カップが割れたことを悔やんでいるのではなかった。
もっと自分が気を付けていればこんな事にはならなかったと思うと胸が痛んだ。
「革袋に水を入れておこう」
「ええ、そうですわね」
くららは気持ちを切り替えようと思った。
マクシュミリアンが立ちあがろろうとしたので手を貸そうとしたが反対にくららの方が引き上げられていた。
「わたし、ちっともお役に立ちません。ごめんなさい」
「何言ってるんだ!くららがいたから必要なものが買えたじゃないか。それにくららは僕の一番大切なものなんだ。それを忘れないで」
マクシュミリアンはくららと手をつなぐと一緒に森に入った。
もう誰の目を気にする必要もなかった。
途中で薬草を見つけるとそれを揉んだ汁を背中の傷に塗った。エキナセアと言う薬草でくららはそれを籠に一杯取って入れた。
そうやって何度か休憩を取りながらやっと家までたどり着いたころには辺りは薄暗くなっていた。
マクシュミリアンは、家に入るとかなりつらいのかすぐに手と足だけ洗うとベッドに転がった。
「くらら、悪いが今日はもう休ませてくれ」
「ええ、もちろんです。わたし夕食を作りますから待っていてください」
くららは、裏に出るとまずヤギと鶏に餌をやって、それから夕食を作り始めた。
水は彼が朝汲んでおいてくれていたし、畑にはもう水も撒いてあった。
くららはジャガイモをゆでて取ってきた野菜を刻んで一緒に混ぜるとそれを焼いた。ちょうど衣のないコロッケみたいな感じの食べ物が出来上がった。その横に目玉焼きを作って添える。
くららはそれを木の深皿に盛りつけると中に持って入った。
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