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しおりを挟む彼はぐっすり寝ているようだった。
でもくららはやはり食事をさせたほうがいいと思った。
「マクシュミリアン、夕食の準備が出来ましたわ。起き上がれますか?」
くららはベッドで横になっているマクシュミリアンの様子を見ながら声をかける。
彼は少し熱があるようだ。体が熱い。
「まあ、大変ですわ」
「大丈夫だ。くらら心配ないから、こんな傷一晩寝れば治る」
くららは急いで布切れを濡らして彼の額に当てた。
「さあ、背中を見せて下さい。傷口に薬を塗った方がいいですわ」
籠に一杯取って返った薬草を揉んでその汁を傷口に塗って行く。
マクシュミリアンは傷に染みるのかうめき声をあげる。
「っクゥ‥‥染みる…くらら」
「ごめんなさい。痛いでしょうけど傷が化膿しないようにしないと‥‥もしかしたら馬油も使えませんか?」
「ああ、馬油は傷の化膿を防ぐ効果があるんだ。いつもはそんなもの買わないから家にはないけど…」
「実はわたし肌が荒れて困っていたので馬油を買ったんです。ちょうど良かったですわ」
くららは急いで馬油を出すとマクシュミリアンの背中の傷に塗っていった。
「これで少しは治るのが早くなるといいのですけど‥‥」
「ああ、心配ない」
その声までも辛そうだ。
くららは彼の背中にラーシュの着古していた服を何かに使おうと切っておいた布を当てると他の端切れを包帯代わりに細く切り裂いて当てた布に巻き付けた。
そしてシャツを背中にかぶせるようにした。
彼は背中を上にしたままうつ伏せている。
「起き上がるのがつらいならわたしが食べさせて差し上げますから、少し横を向けますか?」
「何だ。くららもう食事を作ったのか?」
「ええ、あなたは寝ておられたのですわ。さあ、少しでも食べたほうが体も良くなります」
くららはマクシュミリアンにシャツを着せると、料理をベッドのわきに持って来た。
木さじですくってジャガイモを焼いた料理を差しだす。
彼は口を開けてそれを食べた。
「これは?」
「ジャガイモをゆでてすりつぶして焼いたのですよ。どうです。お口に会うといいんですけど…」
「すごくおいしい」
「そうですか。良かった。これはどうです?」
今度は目玉焼きの黄身とジャガイモを絡めて口に運ぶ。
「ああ、一段とおいしい」
マクシュミリアンはくららが差し出す料理を辛そうにしながらも何とか食べた。
最後に痛み止めにオナモミを煎じたものを飲ませると彼はまたうつらうつらと眠り始めた。
くららは残ったジャガイモを一人で食べると裏に片付けに出た。
そして思う。
どうして彼がこんな目に合わなければならないのでしょう。
マクシュミリアンはこの国の国王の息子なのです。
もしマクシュミリアンが人間ならば、騎士隊は彼の命令を聞く立場にあって決して鞭で打つなどと言うことをするはずがないのですのに‥‥
人間から獣人にされて、記憶まで失い。それでも彼は自分の立場に忠実にあろうとしているなんて‥‥
あまりに理不尽であまりにひどい話ですわ。
ああ…神様彼を人間に戻してください。彼の呪いを解いて下さい。
くららは神に祈りながら土間でひとり泣きじゃくった。
何とか落ち着きを取り戻したくららは中に入るとまた付きっきりでマクシュミリアンの看病をした。
熱い額の布を何度も取り換えて、服を着替えさせるのはとても無理で仕方なく何度も汗を拭いた。
傷口が熱を持ち、痛みが走るのか彼は何度もうなされた。
その度に彼の腕や脚をさすりながらくららは思い始めた。
もし、彼が獣人でなかったら‥‥そう思わずにはいられない。
彼はもともと人間だったのですから‥‥それを魔女がこんな姿にしたのです。
記憶を失わせたのも絶対に魔女の仕業に違いありません。何とか魔女に会って彼の呪いを解いてもらうわけにはいかないでしょうか。
マクシュミリアンが言っていた北の森には本当に魔女が住んでいるのでしょうか?
くららは一晩中そんな事ばかり考えていた。
くららがやっと、うとうとし始めたのはもう明け方近かっただろう。
そんなくららのもとに天使が現れ呼びかけた。
これは夢なのか現実なのかもわからないままくららは天使の言うことに耳を傾けた。
くららのところに現れた天使は話を始めた。
”神楽坂くららさん、この度はご迷惑をおかけしましても本当にすみません。わたしは天使のピエールと申します。
わたし達は天国の入り口で亡くなった方がスムーズに次のステージに行く案内の仕事をしている天使なのですが‥‥
実は申し訳ありませんが、その案内係が不慣れなものがいて何人かの方が間違った世界に送られてしまった事が分かりまして…
あなたもその一人であなたは階段から落ちてなくなられましたが、その後肉親のいらっしゃる天国に行くはずでした。どこでどう間違ったのかこんな世界に送られてしまったようでして‥‥
それで、あなたをきちんと天国に送り届けるようにと言い使って参りました。
すぐにあなたを天国に連れて行こうと思いますがどうされますか?”
くららは無意識のうちに言った。
”もしかしてピエール様は今すぐにわたしをこの世界から天国に行かせようとしているのでしょうか?”
”はい、何か不都合でもおありですか?”
”だめです。わたしは行けないのです。わたしはこの世界で出会った方を愛してしまいました。マクシュミリアンを愛しているのです。
天使様お願いです。わたしをここにいさせてください。
そもそも天使が間違ったのではありませんか。わたしは本当は死んですぐに天国に行くはずだったのでしょう?
でも手違いが起きてこんな所に来てしてしまったのですから、ピエール様どうかこのままわたしをこの世界にいさせてください。
天使ピエールは言った。
”わたし達にはどうすることも出来ません。ですがしばらく猶予を与えることは出来ます。どうかその方とお別れをして心置きなく天国に行けるようにしてください。でも期間は3日が限界です。準備が出来ましたらわたしの事を心の中で呼んでいただければお迎えに参りますので‥‥では失礼します。
くららはハッと目を覚ました。
今のはいったい何だったのでしょう?
くららは心の片隅でずっとそう思っていた。
やはりこんな世界に来ること自体が最初から間違いだったのですわ。
わたしだって最初は驚きましたもの‥‥
でもわたしはマクシュミリアンを愛してしまいました。彼と別れるなんて考えられませんわ。
もしわたしがいなくなったらマクシュミリアンは悲しんでくれるでしょうか?
いえ、絶対に彼は悲しんでくださいますわ。
嫌です。嫌です。嫌です。彼と別れるなんて絶対に嫌です。
くららはいつも聞きわけのいい人間だった。何でも人の言うことを聞いて品行方正なお嬢様だった。逆らったのは猫を飼いたいと言った時とお見合いの話を断った時だけで…‥
でも、くららには、冷静になって考えれば天使が言うことももっともな話だと分かっていた。
きっとどんなに自分が逆らっても神様のすることに逆らうことなどできるはずがないと分かってもいた。
次第にくららは彼を一人残して行った時の事を考え始めていていた。
もしわたしがいなくなったら…‥
彼は記憶もないんです。おまけに獣人でこれからもずっとひどい目に遭い続けるのです。
町で彼がどんな酷い目に遭ったか知ってるはずでしょ?
そんなこと出来るはずがありません。
わたしがいなくなって、このまま獣人であり続けることなど、わたしには絶対に我慢できません!
マクシュミリアンはこの国の跡を継ぐべき人なのです!
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