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しおりを挟むそれから数日が過ぎた。
その日は翌週に迫った保育園の行事の事で帰りが遅くなった。
はつねが保育園を出るころにはもう真っ暗になっていた。
夜道は苦手だ。
あの日もそうだった。
16歳のはつねの記憶が嫌でも脳から這い上がって来た。
あの頃のはつねは、反抗期まっさかりで女子高の友達と映画に行ったりコンサートに行ったりと親の言うことも聞かずに遅くまで出歩くことがあった。
その夜もはつねはコンサートの帰りで遅くなって駅からの道を自宅に急いでいた。
遅くなったら迎えに行くと母に言われていたが、迎えに来てと頼むのも嫌で歩いて帰ることにしたのだ。
怒られるのは目に見えていたから…
はつねの家の途中に道路を横切るための地下トンネルがあって、そこを通り抜けて公園の前に出たところで、いきなり後ろから誰かが呼んだ気がした。
振り返るとそこには、背が高く黒っぽいジャケットにジーンズというごく普通の格好でサングラスをかけた若い男だった。
顔は薄暗くてよくわからなかった。
初めて感じるゾクリとした感じ。
いきなり後ろから羽交い締めにされて喉を締め付けられながら道路のわきにある公園に連れ込まれていく。
何かあったのかもわからないままはつねは物凄い力で引きずられ口を片手でふさがれた。
はつねはもがいた。殺されるかもしれないと恐怖に震えるうちに意識を失った。
はっと気が付いたとき‥‥
はつねは、公園の隅のトイレの中にいた。
冷たい感触が体中に走った。
薄汚れたコンクリートの上に転がされたままスカートがめくりあがり、下着は付けていなかった。
頭は、まだ朦朧としていた。
重い体を引きずりやっと起き上がると、くしゃくしゃになったショーツが惨めに片方の足首に引っかかっているのが視界に入った。
「いやぁぁぁぁ…」
喉の奥は締め付けられて、声を上げたつもりでも何も聞こえなかった。
お腹が…あそこが…ズキンと痛み。そして心は悲鳴を上げた。
どうしていいかわからず茫然としていたところに、はつねを探しにやって来た母に発見された。
帰ってこないはつねを心配して近くまで見に来たらしい。そして道路に自分のカバンが投げ出されていたのを見つけた。
驚いた母はすぐに警察に電話をした。そして警察官が来て事情を聞かれ病院に行って検査を受けた。
わたしは暴行されていた。
すぐに警察署で『婦女暴行』事件として捜査が始まると聞かされると、母は父に電話をかけた。
はつねは事情を聴かれるが見た男の顔ははっきりとはせず、人物の特定が難しい状況だった。
はつね自身も意識を失っていて、何が起こったのかもよくわからなかった。
だが意識を失っていたおかげで、命拾いしたかもしれないとも言われた。そして何も覚えていない方がいいとも‥‥
そして結局両親は警察への訴えを取り下げたので事件として扱われることはなかった。公になることがはつねの将来の為にならないと考えての事だったらしい。
まあ、それもどうだかわからないが…どうせわたしは落ちこぼれだもの。父がわたしの事を疎ましく思っていることくらい知っている。
強がっては見たものの、身に起こったことがなかったことになるはずもなかった。
はつねはそれから人と関わることに恐怖を覚え、夢にうなされた。
特に男性に対しては、またあの時と同じことが起きるかもしれないという強迫観念にとらわれどうしても男の人に近づくことも出来なくなった。
もう…いい加減にしてよ。わたしの脳から出て行って!
はつねはいきなり激しく首を振った。
もう、いつまでそんな心配ばかりしているつもり?
そんな事、滅多に起きる事じゃないんだから。あれから何もなかったじゃない。
さあ、もう早く帰ろう。たった5分歩けば家につくんだから…
歩いて5分ほどの距離にタクシーを使う必要もないじゃない。
はつねはそんな事を思いながら自宅を目指した。
外灯は明るい。
まばらだがついている。
車だって走っている。
何も怖くはない。
それに、何度男の人につけられていると勘違いした事か‥‥
ばかみたい。
はつねは歩く歩幅を大きく保ちながら自宅を目指す。
ふと、背後に人の気配がしたような気がして、ハッと振り向く。少し後ろに男の人が、その向こうに女の人がいた。
気のせい。
もうすぐマンションに着くじゃない。
はつねは脚を早める。
そう思った時いきなり男の影が植え込みに見えた。
誰かいる。脚が緊張でピキッと音がしたみたいに固まる。
「キャー誰か助けて‥‥」
はつねはその場で動けなくなった。
慌てて植え込みから男の人が出てくる。
はつねは、もう生きた心地がしない。
どうしよう…早くマンションに駆け込むのよ。
そう思っても足がすくんで動けない。
「はつねさんじゃないか」
よく見るとその男性は桐生さんだった。
「陽介さん?良かった…‥」
はつねはその場にへなへな座り込んだ。
「おい、大丈夫か?さあ、俺につかまるんだ」
彼のたくましい腕がはつねの体をつかんで立ち上がらせる。
「もう、脅かさないでくださいよ。わたしてっきり…」暴漢かと思いましたよ。と言えるはずもなく。
「いや、すまん。実はインコが逃げ出して探していた。暗いし植え込みのあたりにでもいるんじゃないかと思って…」
「インコが?まあ大変。どこに行ったんだろう。こんな暗いと鳥って動けないんじゃ」
「ああ、うっかり窓を開けていたのを忘れて鳥かごから出してしまって…もう見つけるのは無理かもしれん…」
いつもは冷静な陽介さんが肩を落としてため息をついた。
「でも、もう少し探しませんか?そんなに遠くには行けないだろうし、きっと陽介さんが見つけてくれるのを待ってるんじゃ…わたし、マンションの裏を」
はつねはさっきまでの震えていたことなど吹き飛んだ。暗がりが恐いことも忘れて走って行く。
「じゃあ、一緒に行って辺りを探そう」
陽介さんも後を追ってマンションの裏庭に急ぐ。
ふたりは植え込みや近くの家を探す。
インコの色はグレーほっぺが赤いオカメインコで名前はピー助だそうで…
「ピー助…ピー助」と小さな声で呼びながらインコを探す。
その時植え込みの中で「かさっ!」と音がしてはつねはそっと枝をよけた。
そこには可愛らしいオカメインコがいた。
「ピー助おいで」はつねがそっと近づくとピー助ははつねをじっと見つめて動かない。
しゃがみ込んでそっと手で挟んでインコを捕まえた。
うれしくて滅茶苦茶”陽介さん見つけたよ”って声を上げたくなるのをこらえて、体を起こして彼を探した。
陽介さんはわたしの手の中にいるピー助にすぐに気づいた。
「ピー助…良かった。ありがとうはつねさん」
彼は持っていた洗濯ネットの中にピー助を入れる。こうすればもう逃げられないからだろう。
洗濯ネットに入れられたピー助は文句を言うように羽を羽ばたかせる。
「ピー助探したぞ。外は危険なんだ。お前みたいなひ弱な奴は自然界では生きてはいけないだろう。さあ、帰ろうな」
まるで人間と話すみたいに、そんな顔をほころばせた陽介さんをはつねは
初めて見た気がした。
「はつねさんありがとう。ほんとに助かった。すぐにこいつを籠に戻さないと、多分けがはしてないと思うけど帰ったらよく調べてみないと…」
陽介さんはピー助が心配でたまらないらしい。
「ええ、どこも怪我していないといいですね。でも良かった見つかって…」
「ああ、妹が飼っていたインコなんだ。だからどうしても見つけたかったんだ。ほんと助かったよ」
ピー助を見つめる陽介さんの目はどこまでも優しい。
ふとそんな目でわたしも見つめて欲しいなんて思ってしまう。
陽介さんってそんな優しい顔出来たんですねって言ってしまいそうで思わず口を閉じた。
「あの落ち着いたら、今度ゆっくりインコ見せてもらえませんか?」
何を言い出すのかと自分でも呆れる。でもわたしにだってそのくらいの権利はあるんじゃないかって…
この前はそんな陽介さんを想像も出来ないと思っていたくせにとも思ったが…
「ああ、もちろん、今度うちに遊びに来てくれ。今日は無理だけど…そのうち‥‥今度の休日とかどうだ?」
「ええ、ぜひ。だってこんなかわいいピー助見ちゃったから…ねっ、ピー助」
「ピーピーピーピーピー…‥」ピー助ははつねに助けを求めるかのように声を上げなき続ける。
「‥‥すごい、こいつ君の事好きみたいだ」
「えへん。わたしは命の恩人ですから、ねっピー助!」
「ピーピーピー‥‥」ピー助は洗濯ネットの中で暴れ続ける。
「そんなに暴れるなって羽傷つけたら大変だろう…なんか、やけるな」
彼の視線がやけに熱いと感じてしまう。
でもそれはピー助への嫉妬でしかないだろうけど…‥
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しおりを挟んでくださっている皆様へ。
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申しわけありません。
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お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
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甘めに見てくださいm(__)m
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