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しおりを挟む満月の光がレオナルドの銀色の美しい体毛を光らせた。その光は森の中で怪しく輝きながら真っ直ぐに王宮を目指した。
心の中は瑠衣の事でいっぱいで、どうして牢獄なんかにとらわれたのかその理由を考える。
もしかして国王に逆らって怪我でもしているかも…
ひょっとしたら逃げようとして捕まってひどく拷問されたとか…
悪い事ばかりが頭に浮かんでは消えた。
とにかく一刻も早く瑠衣のところに行かないと‥‥
レオナルドは4肢の脚で土を蹴り上げて王宮の近くの草原を突っ走った。
金色の高い王宮の門を楽々と超えると、レオナルドはすぐに瑠衣の匂いをたどった。
東塔まで来ると、外側の階段を伝って牢獄に入った。ひくひくと鼻で匂いを嗅ぎながら一歩ずつ瑠衣のいる所に近づいて行く。
そして瑠衣のいる場所に来ると…‥ぴたりと立ち止まった。
兵士が3人見張りに立っている。奥はまったく見えない。瑠衣はどうしているだろう?でもこの匂いは間違いなく瑠衣のものだ。レオナルドは確信した。
慌てるな、瑠衣に万が一のことがあってはいけない。慎重に一人ずつあいつらを倒さなければ…‥
くわえていた石を外の階段に向かって放った。
「ガタン、ごろごろ‥‥」石が階段を転がる音が響く。
「誰だ?」一人の兵士が牢の前から離れてレオナルドに近づいてくる。
レオナルドは他の見張りが見えないところまで来るのをじりじりと待つ。
ルビーのような二つの輝きが宙を舞う。その途端兵士の首に何かが駆け抜ける。レオナルドの攻撃は兵士が叫び声をあげる間も与えなかった。
容赦はなかった。あっという間に兵士は首から血を流して倒れた。
「ドサッ」大きな男が倒れる音がして、またもう一人の兵士が近づいてくる。
レオナルドはまた同じように、美しい曲線を描いて兵士の首にがぶりと食らいついて秒速で兵士を倒した。
美しい銀色の被毛に赤い血しぶきが飛び散った。
「おい!どうした?返事をしろ…クッソ!ここを離れるわけにはいかないんだぞ!おーい…‥」残りの兵士は苛立って大声で叫んだ。
そこにいきなり銀色の塊が飛び掛かった。
怒りの咆哮を上げて銀狼が兵士を切り裂く。兵士はあっという間に倒れた。その瞬間銀色の閃光がねじ曲がった。レオナルドは兵士の首に噛みつき息の根を止めた。
銀狼は顎を上げ遠吠えをした。
振り返ったレオナルドのごうごうと燃え上がっている赤い瞳と、瑠衣の何もかも温かく包み込んでしまうようなグリーンの瞳が絡み合う。
瑠衣にはこの美しい銀色の猛獣が恐くはないとすぐに理解できた。
さっきまで体がすくむほど恐かったのに、なぜかその瞬間、今まで渦巻いていた不安が煙のように消えていた。
その夜は高い鉄格子のはまった窓からは、全く似合わない大きくてきれいな満月が見えていた。
瑠衣はレオナルドが満月には狼になると話していたことを思い出していた。すると、どこからか狼の遠吠えが聞こえて来て思わずレオナルドが助けに来てくれたんだと思って力の入らない体に活力が湧いてきた。
ロンダから聞いた話で彼がひどい男だとわかっているはずなのに、修仁から受けたひどい仕打ちの傷もまだ癒えてはいないのに…
レオナルドに会えると思うと瑠衣の心は熱く締め付けられた。
だが、いつになっても彼は現れる気配もなく、いつしかいくつもの遠吠えがあちらこちらから聞こえてきた。
瑠衣は狼獣人はレオナルドばかりではないと気づくとがっかりした。
どうしてレオナルドの為に、こんなに心が浮き立ったり沈んだりしなきゃいけないのよ。わたしってどうしようもないばかだわ。
瑠衣はまた簡易式ベッドにがっくりと体を横たえたばかりだった。
鉄格子の向こうの兵士がひとり、ふたりといなくなり、瑠衣はふと体を起こして様子を伺っていた。
もしかしてどこかの狼獣人が?
最後の一人がを銀色の狼が閃光のような動きでぱたりと倒すと瑠衣は凍り付いた。次はわたしなの?
だが、その獰猛な赤い瞳が絡みついた時。何かが瑠衣の心の琴線に触れた。そしてすぐにレオナルドだと分かった。あんなにやきもきしていた気持ちはろうそくの炎を吹き消したみたいに瞬時に消えた。
「レオナルド?あなたレオナルドなのね?ああ‥‥あなたけがをしてるの?」
瑠衣はベッドから落ちげ落ちるようにして牢の扉の前に来た。
鉄格子からそっと手を伸ばす。その銀色の美しい被毛は血が飛び散り、そして肩からは血が流れ落ちていた。
「瑠衣、無事か?」
レオナルドが掛けてくれた言葉に胸が熱くなる。
「ああ、もう、どうしてこんな無茶を…あなたにもしもの事があったら、わたしは‥‥」”わたしは自分を許せない。わたしはとんでもない愚かなことをした。”と瑠衣は思い知っていた。
許せないほどひどい男かも知れないのに‥‥この獣人を守りたいと思わずにはいられない。
瑠衣はすぐにまじないを唱え始めた。
レオナルドの怪我をしている肩に手を向ける「ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート‥‥」レオナルドの怪我は見る見るうちに治って行く。
「瑠衣…君は大丈夫なのか?」
「それはわたしが言いたいことよ。そんな無茶をして…もう、レオナルドったら!」
瑠衣の無事な姿を見てレオナルドの口元が上がる。燃え上がっていた瞳はいつもの赤い瞳になっていたが‥‥
「瑠衣?国王に何かされなかったか?」
「ええ、何とか。番の印があったからって国王はそんな事お構いなしみたいみたい。ジャミルが止めてくれなかったら危なかったの」
レオナルドがうなり声を上げた。
「クッソ!とんでもない国王だ」
「瑠衣。さあ、行こう。今すぐここから逃げるんだ。すぐに追手が来るだろう」
「ええ、待って…シャッタリングウーンドウォート、シャッタリングウーンドウォート‥‥」ガチャ!鍵が壊れてガタンと外れた。
「瑠衣一体どうやって?」
「これでもいろいろ試したのよ。逃げるために、それで鍵を壊せるようになった。ふふっ」
「良かった無事そうで…さあ背中に乗るんだ。しっかりつかまっていろ!」
レオナルドが後ろ向きになって瑠衣に背を向けた。瑠衣はそっとレオナルドの首をつかんで背中にまたがるようにした。
「そうだ。腕を俺の首に巻き付けて脚もぎゅっと胴体に…」
瑠衣は兵士からマントを引きはがすと体に巻き付けて、言われたようにやってみる。
「これでいい?」
「ああ、しっかりつかまって、とにかく森まで急ぐからな」
「うん…」
レオナルドの体は温かくやわらかな被毛は瑠衣の疲れた体をとろけさせた。この数日ひどい目に合っていた瑠衣はレオナルドの背中に顔をうずめた。その力強さや逞しさは瑠衣の心をまたさらに鷲掴みにした。
ずっとこの優しさに埋もれていられたら、どんなにいいだろう…
だが、すぐに血を流している兵士を見て戸惑った。こんな残酷なことが出来るなんて‥‥やっぱりレオナルドはわたしを冷酷な獣人なのかも…それに病気になったというもと婚約者の事も気になって、やっと穏やかになったと思った心はまたうねる。
「待って、ちょっと待って」
瑠衣はいきなり捕まっていた手を放すとレオナルドから飛び降りた。
兵士の前に走っていくとすぐに手をかざしてまじないを唱え始めた。
やっぱりこんなこと出来ない。この人達にも家族はいるはず…死んでいいはずがない。
「ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…」兵士は次々に怪我が癒えて行った。
首をさすりながら意識を取り戻していく。
瑠衣は兵士に頼んだ。
「ごめんなさい。こんなつもりはなかったの。でも私たちを追って来ないって約束して。そうしないとまたこの狼が噛みつくかもしれないから‥‥」
「聖女様‥‥あなたって人は…もちろんです。追いかけたりしません。早く逃げてく交代が来るまで何もなかったふりをしておきますから…ありがとうございます。聖女様どうかご無事で」
「ありがとう。あなたたちも‥‥」
瑠衣はやっとレオナルドの体にまたがり首に腕を巻き付けた。
「もう、いい加減にしてくれないか瑠衣。あんな奴ら放っとけばいいものを…」レオナルドは怒るというよりあっけに取られて呆れている。
「だって…そのための力ですもの。じゃあもうレオナルドだけ治してあげないわよ」
「そんな事言わないでくれ、瑠衣…俺が悪かったから」
「スヤスヤ…‥」
「おい?瑠衣…嘘だろう。寝たのか…まったく!」
今は何も考えたくない。ずっとこの温もりに埋もれていたい…‥
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