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第一章 策士策に溺れない
第三話 先生とエロ動画
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四月初旬。
冬の寒さが去り、春の陽気が心地いい季節。
校庭の桜はフライング気味に開花したせいで散り始めていた。
屋内は少し肌寒いが、部室は電気釜のおかげなのかほんのり暖かい。
先生の手には物体が握りしめられたままだ。
「ええっと、火野先生……それを使おうとしてたんですか?」
「う……うん、そう。気持ちいいから」
向かい合わた机の黒板側に座っている先生がボソリと声に出した。
僕はなんだか見えないピコピコハンマーで頭を殴られているような気分だ。
「あ、あの、僕は誰にもしゃべったりしませんから……」
「え!? あ、うん……じゃあちょっと使ってみようかな」
「えええぇっ!?」
「木花君? どうしたの? そんなに驚いて」
ドン引きの上位互換があるとすれば、まさに今その状態だろう。
亮が言っていた。こういう女の人をたしか……
「ブッチャー……違う。ビッチャー……あ、ビッチ!」
「なにをブツブツ言ってるのかな? ふぅ。これなかなか気持ちいいよね」
ウィンウィンウィンと鳴る電動音と共に怪しげに振動する物体。
火野先生はそれを左首筋にあてて至福の表情を浮かべている。
首筋の次は肩にグリグリと押し当てて……
「うーん。火野先生……」
「美咲でいいよ。女子は美咲ちゃんとか、美咲先生って呼んでるし」
「では、美咲先生。その物体がなにかご存知ですか?」
「ポータブルマッサージ機でしょ。家電音痴だけどそれぐらい知ってるよ」
「全っ然違います!!」
僕は咄嗟に椅子をかかえて先生の隣りに座った。
ポケットからスマホを取り出して、音声認識で検索をかける。
すぐにエックスムービーという動画サイトが開かれた。
「なになに? 今なんて検索したの?」
「先生、それ本来の使用法のビデオです……
見るか見ないかはご自身の判断で。再生ボタンをタップすると始まります」
美咲先生にスマホを手渡して、タップする位置を教える。
「ここ押せば見れるのね」
「音は消してますから」
「なんで音消しちゃうの?」
「見ればわかりますよ……」
なんのためらいもなく美咲先生は再生ボタンをタップ。
直後に石像のように固まってしまった。
みるみる顔が赤くなって、少し目が潤んでいる。
先生はスマホの動画が終わった画面のまま放心状態のようだ。
五分経過しただろうか。ため息をついた先生が無言でスマホを返してきた。
椅子から立ち上がり、茶道具が揃った畳の上へ歩いて行く……
「木花君、お茶飲んでみる?」
「いいんですか? 僕、作法とか知らないんですけど」
「いいの。こっちへきて」
「それじゃあ、失礼します」
上履きを脱いで畳の上にあがる。新しい畳の香りがする。
この部屋には畳の香りの他に湯気の香り、茶の香りもほのかに漂う。
なによりも美咲先生の香りが鼻腔をくすぐり続ける。
「さっきはごめんなさい。あんなふうに使うものだったなんて……」
「どう見ても形状からしてそうなんですけどね」
「外部からの情報がない環境で育ったから、よくわからなくて……」
「厳しい家柄ってことですか?」
「うん。まあそんな感じかな。はい、お茶どうぞ」
畳の上に差し出された茶碗を手に持ってみる。
湯呑みよりやや大きめ、重量もある。
飲む前にクルクル回していたような気がするが……
「あれ? こうして回すんでしたっけ?」
「それ逆だよ。作法はいいから飲んでみて」
実は抹茶を飲むのは初めての経験だ。
健康野菜汁の緑色とほとんど変わらないし、まずいイメージしかない。
ごくりと喉を鳴らして一口目を思い切って飲み干してみた。
「あれ? おいしい……にがくない!」
「抹茶はにがいってイメージあるよね。メーカーによって全然味が違うの」
「なんだか先生の雰囲気変わりますね。すごくカッコイイ」
畳の上に正座している美咲先生は背筋がピンと伸び凛として美しい。
一挙一動も目を見張るものがあるが、特に目力が凄まじい。
先程、無修正エロ動画を見て狼狽していた人物とは思えないほどだ。
***
美咲先生の所作に見惚れて三杯飲んでしまった。
畳の上に黒いレディーススーツ姿も合っているのかもしれない。
ここには僕が知らなかった美と茶の世界がある。
「今度はお菓子用意しておくね」
「そういえば、これ蔵水早さんに頼まれてたんです」
水早ちゃんから預かった書類を先生のほうへ差し出す。
用紙は三枚、一番上に水早ちゃんが記名した入部届けがある。
その下に空欄の入部届けが二枚。まだ部員が揃っていないということだろうか。
「ありがとう。木花君」
「咲耶でいいですよ。木花って呼びにくいでしょ」
「一年生の担任だった先生から咲耶君のことは聞いてるの」
「ああ、なるほど……」
担任と一部の教師、一部の友人だけが知る僕の発達障害。
奇異の目で見られたことは一度もないが、知られると少し不安になる。
美咲先生はもの憂げな表情を浮かべる僕の顔をじっと見つめる。
「岩永君と仲がいいのね」
「はい」
「あの子が自己紹介してみんなが大笑いしているとき……
キミは微笑してたじゃない。バカ笑いするより断然カッコよかったよ」
人生一六年、今の今までカワイイ男の子と言われ続けてきた。
カッコイイと言われたことなど一度もない。
亮が今朝、体育館で小躍りした気分が今なら理解できそうだ。
「いつもカワイイしか言われないんで嬉しいです」
「カワイイって言われるのも褒め言葉じゃない」
「いや、男の娘好きなのが寄ってくるだけですから……」
「そういう趣味あるの?」
「神に誓ってありえません!」
美咲先生が口元に手を当ててクスクスと笑う。
たぶん、僕も口元が緩んでいるんだろうな……
「水早さんからもあなたの話を少し聞いてるの」
「亮と水早ちゃんは幼稚園の頃からいっしょなんです」
「うーん……どうしよう。やっぱり頼みづらいなぁ……」
「僕ができることなら遠慮せず言ってくださいね」
もうここまでくると先生の頼みがなんなのか答えが出ている。
理由をつけて、茶道部の美咲先生の元へ行かせたのは水早ちゃん。
わざわざ帰る前に呼び止めたのは……
「部員があとひとりだけ足りないの。水早さんに相談するとね、咲耶君は家も近いし放課後少しなら大丈夫なんじゃないかって……」
「あとひとりってことは水早ちゃんの他にいるんですか?」
「うん。去年から吹奏楽部と茶道部を掛け持ちしてる三年の大屋真津美さん」
「吹奏楽って結構忙しい部ですよね?」
「水早さんの水泳部も大屋さんの吹奏楽部も忙しい部だから……
こっちは掛け持ちって言うより人数合わせの幽霊部員みたいなものなの」
運動部は夏の大会を勝ち進めば三年生の引退は秋ごろになる。
しかし、それは稀有な例で、インターハイまで勝ち進むことは滅多にない。
文化部については三年生の引退がない。卒業まで現役だ。
受験シーズンに入ると、三年生から二年生へのバトンタッチが自然に行われる。
「ちょっと待ってください! 最低三名のうち二人が幽霊部員だと――」
「残りのひとりが部活動をしないといけないの……」
「ですよね……全員が幽霊部員で顧問だけが部室にいるなんて部活にならない」
「ここはあまり人がくる場所ではないそうだけど……
生徒が誰もこない部活なんて知れると即廃部になるんじゃないかな?」
正面に正座する美咲先生がうつむいて深いため息をつく。
僕は対照的に天井をあおぎながら深呼吸をした。
「一日だけ考えさせてください。すぐ答えは出ません」
「うん。考えてくれるだけでもありがたいよ」
立ち上がって最初に座っていた机の席に戻った。
先生も茶道具一式を手早く片付けて、隣の席に戻ってきた。
「問題はコイツです。電動バイ――」
「咲耶君。その呼び方はやめて。すごく卑猥だから……
せめてコケシクンにしてくれない?」
「それでは改めてコケシクン事件の解決をしようと思います」
「イタズラした人を捜すの?」
「もちろん。バッグに穴を開けて、コケシクンを混入した犯人を見つけます!」
「済んだことだからもういいんだけど……犯人見つけてどうするの?」
再びスマホをポケットから取り出してさっきの動画を先生に見せる。
次は音声オンで教室中に女の絶叫に近いよがり声が響き渡る。
「この女のようにコケシクンの餌食になります」
「やだっ! 音を消しなさい!」
美咲先生は僕の手からスマホをぶんどったが……
使い方がわからないのか、関連動画でさらにえぐい映像を見てしまった。
冬の寒さが去り、春の陽気が心地いい季節。
校庭の桜はフライング気味に開花したせいで散り始めていた。
屋内は少し肌寒いが、部室は電気釜のおかげなのかほんのり暖かい。
先生の手には物体が握りしめられたままだ。
「ええっと、火野先生……それを使おうとしてたんですか?」
「う……うん、そう。気持ちいいから」
向かい合わた机の黒板側に座っている先生がボソリと声に出した。
僕はなんだか見えないピコピコハンマーで頭を殴られているような気分だ。
「あ、あの、僕は誰にもしゃべったりしませんから……」
「え!? あ、うん……じゃあちょっと使ってみようかな」
「えええぇっ!?」
「木花君? どうしたの? そんなに驚いて」
ドン引きの上位互換があるとすれば、まさに今その状態だろう。
亮が言っていた。こういう女の人をたしか……
「ブッチャー……違う。ビッチャー……あ、ビッチ!」
「なにをブツブツ言ってるのかな? ふぅ。これなかなか気持ちいいよね」
ウィンウィンウィンと鳴る電動音と共に怪しげに振動する物体。
火野先生はそれを左首筋にあてて至福の表情を浮かべている。
首筋の次は肩にグリグリと押し当てて……
「うーん。火野先生……」
「美咲でいいよ。女子は美咲ちゃんとか、美咲先生って呼んでるし」
「では、美咲先生。その物体がなにかご存知ですか?」
「ポータブルマッサージ機でしょ。家電音痴だけどそれぐらい知ってるよ」
「全っ然違います!!」
僕は咄嗟に椅子をかかえて先生の隣りに座った。
ポケットからスマホを取り出して、音声認識で検索をかける。
すぐにエックスムービーという動画サイトが開かれた。
「なになに? 今なんて検索したの?」
「先生、それ本来の使用法のビデオです……
見るか見ないかはご自身の判断で。再生ボタンをタップすると始まります」
美咲先生にスマホを手渡して、タップする位置を教える。
「ここ押せば見れるのね」
「音は消してますから」
「なんで音消しちゃうの?」
「見ればわかりますよ……」
なんのためらいもなく美咲先生は再生ボタンをタップ。
直後に石像のように固まってしまった。
みるみる顔が赤くなって、少し目が潤んでいる。
先生はスマホの動画が終わった画面のまま放心状態のようだ。
五分経過しただろうか。ため息をついた先生が無言でスマホを返してきた。
椅子から立ち上がり、茶道具が揃った畳の上へ歩いて行く……
「木花君、お茶飲んでみる?」
「いいんですか? 僕、作法とか知らないんですけど」
「いいの。こっちへきて」
「それじゃあ、失礼します」
上履きを脱いで畳の上にあがる。新しい畳の香りがする。
この部屋には畳の香りの他に湯気の香り、茶の香りもほのかに漂う。
なによりも美咲先生の香りが鼻腔をくすぐり続ける。
「さっきはごめんなさい。あんなふうに使うものだったなんて……」
「どう見ても形状からしてそうなんですけどね」
「外部からの情報がない環境で育ったから、よくわからなくて……」
「厳しい家柄ってことですか?」
「うん。まあそんな感じかな。はい、お茶どうぞ」
畳の上に差し出された茶碗を手に持ってみる。
湯呑みよりやや大きめ、重量もある。
飲む前にクルクル回していたような気がするが……
「あれ? こうして回すんでしたっけ?」
「それ逆だよ。作法はいいから飲んでみて」
実は抹茶を飲むのは初めての経験だ。
健康野菜汁の緑色とほとんど変わらないし、まずいイメージしかない。
ごくりと喉を鳴らして一口目を思い切って飲み干してみた。
「あれ? おいしい……にがくない!」
「抹茶はにがいってイメージあるよね。メーカーによって全然味が違うの」
「なんだか先生の雰囲気変わりますね。すごくカッコイイ」
畳の上に正座している美咲先生は背筋がピンと伸び凛として美しい。
一挙一動も目を見張るものがあるが、特に目力が凄まじい。
先程、無修正エロ動画を見て狼狽していた人物とは思えないほどだ。
***
美咲先生の所作に見惚れて三杯飲んでしまった。
畳の上に黒いレディーススーツ姿も合っているのかもしれない。
ここには僕が知らなかった美と茶の世界がある。
「今度はお菓子用意しておくね」
「そういえば、これ蔵水早さんに頼まれてたんです」
水早ちゃんから預かった書類を先生のほうへ差し出す。
用紙は三枚、一番上に水早ちゃんが記名した入部届けがある。
その下に空欄の入部届けが二枚。まだ部員が揃っていないということだろうか。
「ありがとう。木花君」
「咲耶でいいですよ。木花って呼びにくいでしょ」
「一年生の担任だった先生から咲耶君のことは聞いてるの」
「ああ、なるほど……」
担任と一部の教師、一部の友人だけが知る僕の発達障害。
奇異の目で見られたことは一度もないが、知られると少し不安になる。
美咲先生はもの憂げな表情を浮かべる僕の顔をじっと見つめる。
「岩永君と仲がいいのね」
「はい」
「あの子が自己紹介してみんなが大笑いしているとき……
キミは微笑してたじゃない。バカ笑いするより断然カッコよかったよ」
人生一六年、今の今までカワイイ男の子と言われ続けてきた。
カッコイイと言われたことなど一度もない。
亮が今朝、体育館で小躍りした気分が今なら理解できそうだ。
「いつもカワイイしか言われないんで嬉しいです」
「カワイイって言われるのも褒め言葉じゃない」
「いや、男の娘好きなのが寄ってくるだけですから……」
「そういう趣味あるの?」
「神に誓ってありえません!」
美咲先生が口元に手を当ててクスクスと笑う。
たぶん、僕も口元が緩んでいるんだろうな……
「水早さんからもあなたの話を少し聞いてるの」
「亮と水早ちゃんは幼稚園の頃からいっしょなんです」
「うーん……どうしよう。やっぱり頼みづらいなぁ……」
「僕ができることなら遠慮せず言ってくださいね」
もうここまでくると先生の頼みがなんなのか答えが出ている。
理由をつけて、茶道部の美咲先生の元へ行かせたのは水早ちゃん。
わざわざ帰る前に呼び止めたのは……
「部員があとひとりだけ足りないの。水早さんに相談するとね、咲耶君は家も近いし放課後少しなら大丈夫なんじゃないかって……」
「あとひとりってことは水早ちゃんの他にいるんですか?」
「うん。去年から吹奏楽部と茶道部を掛け持ちしてる三年の大屋真津美さん」
「吹奏楽って結構忙しい部ですよね?」
「水早さんの水泳部も大屋さんの吹奏楽部も忙しい部だから……
こっちは掛け持ちって言うより人数合わせの幽霊部員みたいなものなの」
運動部は夏の大会を勝ち進めば三年生の引退は秋ごろになる。
しかし、それは稀有な例で、インターハイまで勝ち進むことは滅多にない。
文化部については三年生の引退がない。卒業まで現役だ。
受験シーズンに入ると、三年生から二年生へのバトンタッチが自然に行われる。
「ちょっと待ってください! 最低三名のうち二人が幽霊部員だと――」
「残りのひとりが部活動をしないといけないの……」
「ですよね……全員が幽霊部員で顧問だけが部室にいるなんて部活にならない」
「ここはあまり人がくる場所ではないそうだけど……
生徒が誰もこない部活なんて知れると即廃部になるんじゃないかな?」
正面に正座する美咲先生がうつむいて深いため息をつく。
僕は対照的に天井をあおぎながら深呼吸をした。
「一日だけ考えさせてください。すぐ答えは出ません」
「うん。考えてくれるだけでもありがたいよ」
立ち上がって最初に座っていた机の席に戻った。
先生も茶道具一式を手早く片付けて、隣の席に戻ってきた。
「問題はコイツです。電動バイ――」
「咲耶君。その呼び方はやめて。すごく卑猥だから……
せめてコケシクンにしてくれない?」
「それでは改めてコケシクン事件の解決をしようと思います」
「イタズラした人を捜すの?」
「もちろん。バッグに穴を開けて、コケシクンを混入した犯人を見つけます!」
「済んだことだからもういいんだけど……犯人見つけてどうするの?」
再びスマホをポケットから取り出してさっきの動画を先生に見せる。
次は音声オンで教室中に女の絶叫に近いよがり声が響き渡る。
「この女のようにコケシクンの餌食になります」
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