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【本幕・第11章】あねまっくす真撃っ 前編!
5.姉の口づけは飴玉と共に突入しますっ!
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人間、楽しかった出来事の記憶は意外と忘れやすい。
苦々しい思い出や痛々しい思い出は、年齢は重ねてもふと脳裏をよぎるものだ。
紗月姉の言葉で、俺が最初に思い出した記憶は小学校低学年の頃の出来事。
隣家に結城加奈子さんが住んでいて、夏休みや冬休みになるとミコ先輩や四条先輩がよく我が家に遊びに来ていた。花穂姉ちゃんと仲良しだった加奈子さんは必ずその場にいたと思う。
「加奈ちゃんってさ、天然っぽいところあるでしょ?」
「おっとりした性格なんだからいいじゃないか」
「蒼ちゃん、今飴玉のこと思い出してない?」
「勝手に人の頭の中読むんじゃない……」
「じゃあ、姉ちゃんが飴玉をあげるって言ったらどうする?」
姉はベッドに腰掛けたまま、左手に握っていた駄菓子の大玉飴を開封して口に含んだ。こちらに顔を向けて唇にゆっくりと近づいて来る。
「姉ちゃん! そういうのは、もうしないって約束しただろ……」
「思い出してるよね? あたしら姉妹が蒼ちゃんを取り合いしてると、必ず加奈ちゃんが蒼ちゃんをどっかに連れて行っちゃう。そこで飴玉貰ってたでしょ?」
「記憶が少し曖昧なんだけど、加奈子さんが俺に口移しで飴玉食わせてた……」
「推測に過ぎないけど、蒼ちゃんはそれを望んでたわけじゃなかった。だから同じような行為に嫌悪感を抱いてるのかもしれないね」
「いや……俺自身、後ろめたさがあったから姉ちゃんたちに黙ってたんだ。思い出すと口の中が飴玉の味と加奈子さんの舌の感触が……」
姉二人はくだらない理由で俺を取り合っていた。どの遊びをするか、どっちと一緒にいるかとか、今ではどうでもいいような内容だ。姉が争っていると、加奈子さんが俺の手を引いて連れ去って行く。俺の記憶は、ここら辺で曖昧になっていたようだ。問題は加奈子さんに連れ去られたあとにあった。
「言うまでもないけどさ、蒼ちゃんと加奈ちゃんは実の姉弟だよ」
「わかってる。紗月姉や花穂姉ちゃんのブラコンとは違うってことだろ」
「まあ、幼い頃の話だから、加奈ちゃんも知識がないわけだし……」
「加奈子さんについては、花穂姉ちゃんに聞いたほうがいいよな」
「そうだね。あたしじゃよくわからない」
「花穂姉ちゃんに聞いてみ――うぷっ!」
突如、姉は口づけをして飴玉と舌を素早く突っ込んできた。口腔内に広がる甘ったるいストロベリー味は飴玉の味なのか、姉の唾液の味なのかわからない。一瞬、オエッとなりそうになるが、姉の舌使いは上手かった。
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃないっ! なにしてんだ!」
「加奈ちゃんが引っ越したあと、蒼ちゃんのトラウマを治そうとしたのがあたし。覚えてる?」
「あれは姉ちゃんのイタズラだろ。餃子やキムチ食べてキスするんだから……」
「どうだった? 気持ちよかった?」
「うん。気持ち悪……よかった」
「失礼な奴だなぁ。興奮してるくせに」
「姉ちゃんこそパンツ濡らしてるじゃないか」
「え? わ!?」
紗月姉は自分の股間を見て、慌てて部屋の外へ出て行った。
部屋に着替えに行ったのだろう。今夜は姉と二人きりだが、安全な夜になりそうだ。
◇◇◇
五月二九日、午後九時。
紗月姉も俺も、花穂姉ちゃんほど料理が得意ではない。
なにを食べようか迷っていた頃に、姉がピザを注文していた。
紗月姉は俺の部屋のテーブルに大きめのピザと飲み物を並べた。
箱の中に入るピザは直径三〇センチはありそうだ。
チーズはもちろん、ベーコンやガーリックチキンなどが乗っかっている。
「姉ちゃんってさ、自炊してんの?」
「え? そりゃするよ。たまにはこういうの食べたくない?」
「そうだな。花穂姉ちゃんいないときはこれもありだな」
「誕生日プレゼントのパンツ、蒼ちゃんのせいで汚れちゃった」
「……食事中にやめろよな」
「大丈夫。ちゃんと着替えたからねっ! 着替える前にさらに汚したけどさ!」
「――ぶぉっ!」
思わず飲みかけていたコーラを鼻から噴出しそうになる。その反応を見て紗月姉はケタケタ笑い続ける。今頃、誕生日プレゼントのパンツは水洗いされて洗濯機の中だろう。
「蒼ちゃん、塁姉から青山家の事故のこと全部聞いたんだよね?」
「全部聞いた。花穂姉ちゃんと青山透流が双子だって……」
「そっか。花穂とその話をするときは気をつけてね」
「花穂姉ちゃんの誕生日……だな」
「そうそう。本人も知らないことだから」
「それって誤魔化す必要ある?」
「わかんないよ。うちの親が花穂の誕生日は一〇月一〇日だって言うんだから」
「俺は花穂姉ちゃんに、ブラコンをやめてほしいだけだ。うまく話すように心がけるよ」
ピザの箱が空っぽになる頃、時計の針は一〇時を指していた。姉は眠そうに何度も欠伸をしながら両腕を伸ばして背伸びをした。着ているTシャツがビチリと引っ張られて胸の部分がはち切れそうな勢いだ。
「ふわぁ……眠い……蒼ちゃん、おやすみ」
「姉ちゃん、食ってすぐ寝るなよ。あと歯磨きして寝ろ」
紗月姉は眠そうに目をこすりながら、俺の部屋をあとにした。散らかされたままのテーブルを片づけながら考えていた。変に知恵が回る花穂姉ちゃんをどう攻略するか。
塁姉曰く、花穂姉ちゃんには弱点と言える弱点がない。
攻め方を誤れば地雷を踏むか、自滅してしまう。
頭の中でシミュレーションしながら夜は更けていく……
苦々しい思い出や痛々しい思い出は、年齢は重ねてもふと脳裏をよぎるものだ。
紗月姉の言葉で、俺が最初に思い出した記憶は小学校低学年の頃の出来事。
隣家に結城加奈子さんが住んでいて、夏休みや冬休みになるとミコ先輩や四条先輩がよく我が家に遊びに来ていた。花穂姉ちゃんと仲良しだった加奈子さんは必ずその場にいたと思う。
「加奈ちゃんってさ、天然っぽいところあるでしょ?」
「おっとりした性格なんだからいいじゃないか」
「蒼ちゃん、今飴玉のこと思い出してない?」
「勝手に人の頭の中読むんじゃない……」
「じゃあ、姉ちゃんが飴玉をあげるって言ったらどうする?」
姉はベッドに腰掛けたまま、左手に握っていた駄菓子の大玉飴を開封して口に含んだ。こちらに顔を向けて唇にゆっくりと近づいて来る。
「姉ちゃん! そういうのは、もうしないって約束しただろ……」
「思い出してるよね? あたしら姉妹が蒼ちゃんを取り合いしてると、必ず加奈ちゃんが蒼ちゃんをどっかに連れて行っちゃう。そこで飴玉貰ってたでしょ?」
「記憶が少し曖昧なんだけど、加奈子さんが俺に口移しで飴玉食わせてた……」
「推測に過ぎないけど、蒼ちゃんはそれを望んでたわけじゃなかった。だから同じような行為に嫌悪感を抱いてるのかもしれないね」
「いや……俺自身、後ろめたさがあったから姉ちゃんたちに黙ってたんだ。思い出すと口の中が飴玉の味と加奈子さんの舌の感触が……」
姉二人はくだらない理由で俺を取り合っていた。どの遊びをするか、どっちと一緒にいるかとか、今ではどうでもいいような内容だ。姉が争っていると、加奈子さんが俺の手を引いて連れ去って行く。俺の記憶は、ここら辺で曖昧になっていたようだ。問題は加奈子さんに連れ去られたあとにあった。
「言うまでもないけどさ、蒼ちゃんと加奈ちゃんは実の姉弟だよ」
「わかってる。紗月姉や花穂姉ちゃんのブラコンとは違うってことだろ」
「まあ、幼い頃の話だから、加奈ちゃんも知識がないわけだし……」
「加奈子さんについては、花穂姉ちゃんに聞いたほうがいいよな」
「そうだね。あたしじゃよくわからない」
「花穂姉ちゃんに聞いてみ――うぷっ!」
突如、姉は口づけをして飴玉と舌を素早く突っ込んできた。口腔内に広がる甘ったるいストロベリー味は飴玉の味なのか、姉の唾液の味なのかわからない。一瞬、オエッとなりそうになるが、姉の舌使いは上手かった。
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃないっ! なにしてんだ!」
「加奈ちゃんが引っ越したあと、蒼ちゃんのトラウマを治そうとしたのがあたし。覚えてる?」
「あれは姉ちゃんのイタズラだろ。餃子やキムチ食べてキスするんだから……」
「どうだった? 気持ちよかった?」
「うん。気持ち悪……よかった」
「失礼な奴だなぁ。興奮してるくせに」
「姉ちゃんこそパンツ濡らしてるじゃないか」
「え? わ!?」
紗月姉は自分の股間を見て、慌てて部屋の外へ出て行った。
部屋に着替えに行ったのだろう。今夜は姉と二人きりだが、安全な夜になりそうだ。
◇◇◇
五月二九日、午後九時。
紗月姉も俺も、花穂姉ちゃんほど料理が得意ではない。
なにを食べようか迷っていた頃に、姉がピザを注文していた。
紗月姉は俺の部屋のテーブルに大きめのピザと飲み物を並べた。
箱の中に入るピザは直径三〇センチはありそうだ。
チーズはもちろん、ベーコンやガーリックチキンなどが乗っかっている。
「姉ちゃんってさ、自炊してんの?」
「え? そりゃするよ。たまにはこういうの食べたくない?」
「そうだな。花穂姉ちゃんいないときはこれもありだな」
「誕生日プレゼントのパンツ、蒼ちゃんのせいで汚れちゃった」
「……食事中にやめろよな」
「大丈夫。ちゃんと着替えたからねっ! 着替える前にさらに汚したけどさ!」
「――ぶぉっ!」
思わず飲みかけていたコーラを鼻から噴出しそうになる。その反応を見て紗月姉はケタケタ笑い続ける。今頃、誕生日プレゼントのパンツは水洗いされて洗濯機の中だろう。
「蒼ちゃん、塁姉から青山家の事故のこと全部聞いたんだよね?」
「全部聞いた。花穂姉ちゃんと青山透流が双子だって……」
「そっか。花穂とその話をするときは気をつけてね」
「花穂姉ちゃんの誕生日……だな」
「そうそう。本人も知らないことだから」
「それって誤魔化す必要ある?」
「わかんないよ。うちの親が花穂の誕生日は一〇月一〇日だって言うんだから」
「俺は花穂姉ちゃんに、ブラコンをやめてほしいだけだ。うまく話すように心がけるよ」
ピザの箱が空っぽになる頃、時計の針は一〇時を指していた。姉は眠そうに何度も欠伸をしながら両腕を伸ばして背伸びをした。着ているTシャツがビチリと引っ張られて胸の部分がはち切れそうな勢いだ。
「ふわぁ……眠い……蒼ちゃん、おやすみ」
「姉ちゃん、食ってすぐ寝るなよ。あと歯磨きして寝ろ」
紗月姉は眠そうに目をこすりながら、俺の部屋をあとにした。散らかされたままのテーブルを片づけながら考えていた。変に知恵が回る花穂姉ちゃんをどう攻略するか。
塁姉曰く、花穂姉ちゃんには弱点と言える弱点がない。
攻め方を誤れば地雷を踏むか、自滅してしまう。
頭の中でシミュレーションしながら夜は更けていく……
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