紺碧の精霊使い

たたたかし

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1章-追放冒険者

13.暴君

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***


 昼が過ぎてエルシールは茜色に染まる時。

 冒険者ギルドはあいも変わらず大声が響き渡っていた。
 寧ろスイがいた時よりも声は大きく騒音じみている。

 依頼を終えた冒険者たちが徐々に酒場の歓声に加わっていくのだ。

 冒険者たちが奏でる騒音オペラに他の冒険者たちがぐっちゃぐっちゃ、べっちゃべっちゃと更に音を乗せていく。

 市民からしてみれば聴くに耐えない怒鳴り声うたも冒険者達には酒の肴になる。

 しかしその大声うたは唐突に終わりを告げる。

「あーぁ!うるせぇし、くっせぇなここはよ!!こっちは二日酔いで気持ち悪りぃってのによ!!」

 ドンっと地面を踏み鳴らしながら大きく肩を揺らす腹に傷を抱えた大男。

「ベルーガ様!こんな場所さっさと後にしちまいましょうぜ!」

「そうですぜベルーガ様!!」

 その大男の周りに湧いたハエのように付き従う男二人。

 それらがギルドの中に入った瞬間。

 先ほどの騒音が嘘だったかのようにパタリと静まりかえった。

 この腹に傷を抱える大男こそがエルシールの稼ぎ頭にしてこのギルドのトップ。ベルーガがその人である。

 ベルーガは大きく肩を揺らしながら受付の前へ向かった。

「おい」

 受付へ着くと不機嫌そうに受付に立つルーピンに話をかける。

「はい!なんでしょうか」

「変われ」

「はい?」

「変われっつったんだ。てめぇみてぇな野郎と話してても気持ちよく慣れねぇだろうがカス」

 ベルーガの言葉の意味があまり理解できず戸惑うルーピン。

「わかんねぇか?カス!ベルーガ様は受付が女じゃねぇとやる気になんねぇっておっしゃってんだ!」

「そうだそうだ!」

 ベルーガの威をかるように周りの男二人がルーピンに向かって当たり散らす。

「そうは言われましても、今日は私しかおりませんので…」

 ルーピンは困ったように愛想笑いを浮かべるがそれが気に障ったのか…

「てめぇのヘラヘラした顔見てるとむかつくな」

 ベルーガはそう言って不意に彼の太い指がルーピンの額へ向けられる。

「ん…?」

 ルーピンがその行動に疑問を持っていると…

 ベキンッ

 ルーピンは頭から弾き飛ばされ、音を立てて受付内で倒れ込む。

 額には大男の指の跡がくっきりと残っていた。

 なんとベルーガはルーピンにデコピンをしたのだ。

 その卓越した筋力と魔力の織りなす一撃もさることながら、雇用主であるギルドの職員に手をあげる横暴さ。これがベルーガがトップたる所以であり、指名依頼が来ない理由である。

「ぐっ…!」

 ルーピンが頭を押さえ倒れてると受付内から物音が響きルーピンの元へと物音が近づいた。

「ルーピン!!」

 響いた声は女性のものだ。
 ルーピンは痛む額を抑えながら声のした方をみた。

「…クラリス」

 女性は倒れるルーピンを抱え上げ受付の窓口越しにベルーガを睨む。
 ルーピンはそんな女性を庇うように起き上がり女性に向かって疎めるように笑う。

「ダメじゃないか…クラリス。出てきちゃ」

「おい、ちゃんと女いるじゃねぇか。嘘はいけねぇよ。カス」

「あははは。彼女は非番でして…」

 ルーピンは嘘をついていた。
 今日、ギルドで働いているのは自分一人だけでは無い。
 当たり前の話だが、冒険者ギルドをルーピン一人で回す事などできない。
 彼女、クラリスもギルド職員の一人であり、今日事務などをして働いていた。

「おっとまだ、殴られたりないのか。もっかい頭打って思い出させなきゃな。このギルドで誰が一番かってのをよぉ!」

 ベルーガは叫び声をあげ、笑い出す。

「わ、私が受付しますから!」

 受付越しから飛びかからんばかりのベルーガをみて慌てて女性が叫び声をあげる。

 「なんだよ。最初からそう言えやいいんだよ!ガハハハ!」

「ベルーガ様の応対ができるなんてなんて幸せ者の女だ!」

「そこのカスをどっかへやれ!!」

 周りの下っ端が笑うベルーガを囃し立てる。
 その場にはベルーガと下っ端以外、誰もいないかの様に静まりかえっていた。

「はいよ、姉ちゃん。これ、三日前に受けた依頼達だ。そこにいるカス共とは桁が違う額を稼いできたぜ!!」

 酒場で静まり返っていた冒険者達を指差して嘲笑う。

 受付の女性、クラリスは苦々しげに依頼書を確認していく。

「クラリス…」

 ハンカチで頭を押さえながら立ち上がるルーピンは小さな声で彼女の名前を呟いた。

「ルーピン。貴方は医務室に行ってなさい。その怪我のまま仕事なんてできないでしょう?私が代わりにやっておくから」

「…っ!!…すまない」

「気にしないで。さぁ」

 そう言ってニコリと微笑みながら退室を促すクラリスにルーピンはただ謝ることしかできなかった。

 ルーピンはふらふらと頭を押さえながら何処かへ消えていった。

 どうして、ベルーガのこの暴君の様な行いを誰も止めないだろうか。


 つい最近まで冒険者ギルドにはベルーガよりも腕の良い冒険者パーティがいた。
 三人組のそのパーティは人柄もよく、信用があり、腕がいい。
 エルシールの稼ぎ頭だった。

 つい最近までベルーガという男はただの乱暴者の飲んだくれ。
 彼が臭いと言うその酒場で酒を煽る一冒険者にすぎなかった。

 しかしある日を境にエルシールの冒険者ギルドの風向きは変わった。

 三人の冒険者パーティが王宮へ呼ばれたのだ。

 それによりパーティがエルシールの街から去ると、ギルドはわかりやすいほどの経営不振に陥ったのだ。

 そのパーティが強過ぎたのだ。ギルドはその力に依存していた。そのパーティがいなくなった途端、信用と共に難度の高い依頼をこなせる冒険者がいなくなったのだ。

 しかしそのピンチを救う者がいた。

 それがベルーガだ。

 乱暴者の飲んだくれが急に頭角を現した。

 当時はそれにギルドは両手を上げて喜んだ。

 しかしそれは最初だけだ。彼の乱暴者で小さな器は、その実力のようには変わらなかった。

 乱暴者のベルーガはギルドに暴君として君臨した。

 その結果が今の現状であった。

「依頼達成の確認が終わりました。こちらが報酬です」

 感情の高ぶりを見せない声でクラリスはベルーガに言い、報酬の金を差し出す。

 ベルーガは金の入った袋をニンマリとした笑顔で受け取り腰に巻き付けた。

「いやぁ、あの三人が王宮へ呼ばれちまったのは残念だが安心しろよ。俺も王宮へ呼ばれたらここから離れるつもりだが、その間はここにいてやるからよ。そんな険しい顔すんなよ」

 気づけばクラリスは険しい顔でベルーガをみているとそんなことを言われた。

「…それじゃあまるで覚めない悪夢じゃない…」

 誰にも聞こえない声で呟く。

「次の依頼でもさっさとうけちまうかぁ!ここは臭くてたまらねぇ!」

「そうですね!元々目星つけてた奴がありましたしそれを受けましょう!ベルーガ様!」

 ベルーガとその下っ端は掲示板のいつもの場所へ向かい、依頼を物色する。

 しばらくすると、ベルーガは数枚の依頼書を乱雑に引き剥がし再び受付の元へ向かった。

 取られた依頼書達をクラリスへと差し出す。
 彼女はそれを無言で受け取り、それらを確認していく。

 雑用と呼ばれるような依頼はほとんどなく。殆どが弱いが、魔物を狩る依頼で残りは薬草採取の依頼だった。

 クラリスはそれらを一枚一枚確認していると、ベルーガから声がかかる。

「姉ちゃん。俺は、俺のオークの討伐依頼を受けようと思ってここへ来たんだがどうやらその依頼がなくなっちまった」

 クラリスに向かいそう言うと、彼女の険しい顔がさらに険しくなる。

 そもそも依頼とは指名依頼でない限り原則、冒険者なら誰でもうけられる物だ。
 冒険者が実力以上の依頼を持ってきた場合は諦めさせるか、パーティを組ませるかするが。

 そのように依頼は個人の冒険者のものではない。
 依頼は依頼主の者だ。依頼主が依頼をしなければそもそも冒険者の仕事は無くなるわけであるので、クラリスにはベルーガが『俺の』と依頼を表するのがひどく気に入らなかった。

「依頼の受付期限が切れたんじゃないですか?」

 ギルドではよくある事だ。幾ら騎士がこの街を守っているとしても。人の悩みと言うのは山ほどあり、それを騎士が解決してくれるわけではないので、依頼もかなり冒険者ギルドに来るのだ。

 そうしてたくさん送られる依頼には達成のできない依頼も多く存在している。
 冒険者は悩みの数ほどはいないからだ。
 達成されないままの依頼は内容の重要度にもよるが、一定期間が経つと受付期限が過ぎて破棄されるようになっている。
 
 であれば依頼がなくなるのは不自然なことではない。

「そんなはずはねぇな!俺は3日前にこの目で期限をはっきり見たんだ。この目でな!今日はまだ依頼が貼られているはずだ!…誰かが受けなきゃな」

 そう言って酒場の方をベルーガは睨む。

「誰が受けたか気になる。調べてくれねぇか姉ちゃんよ。そのカスに聞きたいことがあるんだ」

「依頼について調べるのは構いませんが、誰が受けたなどの情報は教えられません」

 調べるのは簡単な事だ。だがギルドにも秘密を守る義務がある。
 それにベルーガの様な乱暴者にそんな情報を渡すのは依頼を受けた冒険者が怪我をすることにも繋がっている。教えられるわけがなかった。

「…」

 ベルーガとクラリスの間にしばらく沈黙が続いた。

「…まあ、いいけどよぉ。じゃ、この依頼達を受けることにするぜ」

 ベルーガが意外にも早く引き下がる。

 クラリスは少し肩を撫で下ろし依頼を確定させた。

 するとベルーガはすぐに受付から身をひるがえし、足を動かす。

 その足は出口へは向かわず、酒場へと向かって行った。

「相変わらずここはくせぇなぁ!カス共がうじゃうじゃいやがる!」

「臭い臭い!」

「ビハハハハ!」

 もはや酔いも覚めて静まり返る冒険者達に向かい嘲笑。
 下っ端も跡を追う様にバカにして笑う。

 反発するものは誰もおらず、その場は沈黙が支配した。

「一つ、カス共に聞きたいことがあるんだ!俺のいない間に俺の専用の依頼に手を出したカスがいるだろう?一日中酒を飲んでいるてめぇらならそれがどこのカスかわかるだろ?」

「…教えてくれねぇか?」

 ベルーガは肩を揺らしながら酒場を歩いていく。そして掲示板がよく見える席に座る冒険者の男の肩に手を優しくおき耳元で囁いた。

「ひっ…!い、今はもういねぇが…そこの席でみねぇ顔のやつが…べ、ベルーガさまの依頼の所から依頼をとって話しているのを見た!わけぇ男だ!髪は濁った金髪だった!!眼は青!ここいらじゃ見ねぇ顔をしてたから、すぐわかる!!」

 冒険者の男は早口に捲し立てる。
 男はスイがいた机を指差しスイの特徴を挙げていく。

「ほう…その見ねぇ顔と話してた奴はどこのどいつだ?え?」

「し、知らない!今はもうここにいない!どこにでもいる顔をした老け顔の冒険者だった!見ねぇ顔がいなくなった後、そいつもしばらくしてどっか行ったからだ!本当だ!」

 ベルーガは話を聞き終えるとその冒険者の肩を離し少し考えるそぶりを見せる。

「金髪…青目の若者…俺のしらねぇ奴だなぁ。ま、見つけるのも時間の問題ってところか」

「流石ベルーガ様!素晴らしい推理!」

「流石です!」

「ガハハハ!当たり前だろ!野郎を見つけ次第この街での暮らし方を教えてやるとするか…ガハハハ!」


 シンとした空間にベルーガの大きな笑い声が響き渡る。

 ベルーガ達は話すこともなくなったのか鼻をわざと抑える様にして冒険者ギルドを後にした。



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