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番外編

ギルドの食堂で働く少女のつぶやき ②

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 厨房から戻ってみると、さっきまで上機嫌でお酒を飲んでいたバルトさんの幼馴染――クレエンさんの機嫌が悪くなっていることに気付く。
 どうしたのかと尋ねると、不機嫌な顔でバルトさんが子供を連れてきていたと言う。
〝バルトさんと子供〟? という組み合わせがピンとこないうえに、どうしてそれでクレエンさんの機嫌が悪くなるのかわからず、私は首を傾げた。
 店の雰囲気も、なんとなくいつもと違うことに気付いたのだけれど、厨房の仕事が忙しくなったこともあり、詳しく知ることはできなかった。
 バルトさんは納品所に向かったと言うので、帰りに寄ってくれるのを楽しみに待つことにする。

 しばらくして聞こえてきた会話からバルトさんが来ていることがわかった。
 いそいそと注文を取りに向かうと、なぜかバルトさんが座っている中央のテーブルに人が集まっている。
 不思議に思い立ち止まった私の耳に、バルトさんの声が届いた。
 
 えっ、息子?

 聞こえてきた言葉に耳を疑う。
 バルトさんは隣に座っている子供を、自分の息子だと嬉しそうに紹介していた……

 どういうことだろう?
 理解できずに呆けている私をよそに、周りに集まっていた大人たちは、その子供に次々と質問を飛ばしていた。
 
「ユーチ君って言うんだね。年はいくつ?」
「はい、ユーチといいます。10歳です」

「ユーチは母親に似てるのか? 黒髪の美人だって噂なんだが、どうなんだ?」
「美人かはわかりませんが……私は母親似だと思います」

「バルトの奴、いつの間にそんな美人と出会ってたんだ!」
「……いえ、それは……」

「バルト先輩と一緒に暮らすってホントですか?」
「あ、はい」

「今までどこにいたんだ?」
「えっと……」

 その子供は、困った顔をしてバルトさんに助けを求めるような視線を向けながらも、一生懸命に答えている。

 あの子供が、バルトさんの息子?
 26歳のバルトさんに10歳の子供って……あり得ることなの?

 私と出会ったのが20歳だったはずだから、その頃にはもうお父さんだったってこと?

 何がなんだかわからず、あり得ないことを聞かされ狼狽うろたえてしまう。
 今まで信じて立っていた場所が、ぐらぐられているように感じて不安になった。

 ――黒髪で黒い目が印象的な子供。
 男の子だというけれど、10歳にしては小柄で女の子みたいに可愛らしい。
 少しもバルトさんに似てない……

 母親似って?
 
 そんな女性、知らないよ。
 知らないはずなのに、見たこともない黒髪の女の人とバルトさんが並んでいる姿が浮かんできて、胸がギュっとして苦しくなる。
 慌てて首を横に振って、自分の想像を打ち消した。

 涙で視界がにじんでくる。

「……本当に、バルトさんの子供なのですか?」

 すがるような気持ちだったのだと思う。
 自分の声じゃないような弱々しい音が口かられていた。

 その声が届いたのか、子供が振り向き私を見て驚いたように目を見開く。
 それから、心配そうな顔をされたまれない気持ちになる。

 ユーチと呼ばれた子供は私から視線を外すと、バルトさんをにらみつけ服を引っ張り、注意をうながした。
 バルトさんは子供に笑みを返し、何か言おうと口を開いたその子の口に、小さく切った自分の肉を放り込み満足そうに目を細める。

 私が息を呑むと同時に、驚いた顔の子供からもくぐもった声がれた。
 周りから上がった、わけのわからない歓声がうるさく響く。

 バルトさんが子供に向けた愛しげな眼差しが頭から離れず、その場で立ち尽くしてしまう。
 それからどのくらい時間がすぎたのか、私の前に突然その子供が現れた。
 驚いて息を呑む私に、その子供はトイレの場所をたずねてくる。
 なぜかひどく疲れた顔をして、申し訳なさそうに微笑む子供の姿に心が揺れた。

 あの場から抜け出すのに苦労したのだろうか? 

 体格のいい冒険者に囲まれ質問攻めにあっていた先ほどの光景を思い出し、少し気の毒になる。
 トイレへ案内するために、先に立って歩き出した私の後を追いながら、その子供はバルトさんとの関係を話してくれた。

 ――その子は、バルトさんの子供ではないらしい。
 バルトさんは、その子の母親の顔も知らないという。
 手負いのイノシンに襲われそうになっていたところを助けられ、街まで連れてきてもらったのだとわかり、一気に気が抜けた。

 なんだ、そうだったのか~。

 先ほど垣間かいま見えた、仲の良さそうな様子は気になったけれど、バルトさんの冗談に踊らされたのだとわかりホッとした。
 
 そうだよね。
 良く考えたら、そんな女性相手がいて、こんなに可愛い子供がいるのに、バルトさんが知らん顔をしていられるはずがなかったのだと、今になって気付く。
 見ず知らずの子供でも、気にかけてあげるくらい優しいんだから。

 たちまち気分が浮上ふじょうした私は、トイレの前で子供と別れ、スキップをするようにバルトさんの元へ戻った。

 バルトさんのうそに、すっかりだまされた自分に呆れるも、未だあの子を息子だと信じて疑っていない人たちの様子がおかしくて、つい頬が緩んでくる。
 なんだか、バルトさんの共犯者になったようで楽しくなった。

 いつもより多く注文が入ったお酒を良い気分で運びながら、バルトさんをチラチラとうかがってはクスクスと忍び笑いを漏らす。

 急にざわつきはじめた店内に仕事の手を止め立ち止まると、お酒を飲んだみたいに真っ赤な顔をした子供を、大事そうに抱えるバルトさんの姿があった。
 そのまま子供を連れ帰るというバルトさんに、動揺どうようする。

 ――そういえば、あの子供と一緒に住むことになったと、嬉しそうに話していたではないか……

 先ほどの会話を思い出し、我に返る。
 バルトさんの子供ではなかったと、能天気に安心していた自分に苛立いらだった。
 あの子が現れたことで、これまでと同じではなくなったのだと思い知る。

 バルトさんの後ろ姿を見送りながら、よくわからない焦燥しょうそうが胸に広がるのを感じた。

  ♢♢♢

 その日以降、バルトさんの姿を見かけなくなる。
 冒険者ギルドの受付をしている姉に聞いても、詳細はわからなかった。けれど、依頼を受けていないことはわかった。

 これまでは毎日ギルドに顔を出していたというのに、どうしたのだろう? 
 
 バルトさんのことが気になり、大きなため息を吐きながら不安なときを過ごす。

 昨日、バルトさんの幼馴染のクレエンさんから、やっとバルトさんの状況を聞くことができた。
 クレエンさんの話では、バルトさんは依頼を受けずに、ユーチという子供と街をぶらぶらしていたらしい。
 今度の魔物討伐の依頼も、受けたくないと言っていたというから驚く。
 その依頼は、毎回クレエンさんと2人で喜んで参加していたはずなのだ。

「バルトさん……どうしちゃったのかな?」

 私が小声でつぶやくと、クレエンさんは吐き捨てるように続ける。

「バルトの奴、子供がいるからって腑抜ふぬけやがって! 俺がガツンと言ってやったから、今度の魔物討伐依頼は渋々引き受ける気になったようだが、あれはあの子供がいるうちは、あのままかもしれねえな」

「えっ?」

 クレエンさんの言葉に不安が増す。

 バルトさんに無邪気な笑顔を向けていた子供の姿が浮かび、ギリッと奥歯を噛み締めた。


 それからクレエンさんが、いつものようにお酒と料理を注文してくれたので、どうにか気持ちを切り替えて給仕の仕事に戻ったのだけれど、バルトさんと子供のことが気になり、小さなミスをしてしまう。


 
  
 ――そして今日。


 3日ぶりにその当事者2人が、仲良く私の目の前に現れた。
 動揺どうようしてしまっても仕方がないと思う。

 自分の中でふくれ上がった気持ちが、一気に表にあふれ出るのを止めることができなかった。


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