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最終章~勝利と敗北
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「武装解除すること無く、この国に一歩でも踏み込めば捕縛する」
そんな声が魔法の水晶から聞こえた。
水晶を見れば投影水晶から巨大な水晶のスクリーンに映像が写っていた。
この辺り一体に潜ませていた兵達が尽く捕縛され、侵略をすんでのところで回避した兵士達は敵国の兵の余りの強さに情けなくも悲鳴をあげて逃げ帰って行った。
クソっ!
だがまだ私は何とかなるとうっすらとした希望があった。この国の王都近い場所にあるダンジョン。あそこから大量の恐ろしい死を呼ぶ『狂暴化』した魔物や魔獣がこの国を内側から喰らい尽くすはずだ。蹂躙が終わる頃に我が国の軍を総動員して魔物退治をすれば周辺国からはきっと感謝されるはず。
しかし、映像が急に切り替わる。
「見えているか?貴様らの狙いは外れた。残るは破滅のみだ。」
魔法の水晶から見えていた映像が切り替わり猛獣種と恐れられる丸みを帯びた獣耳の男が映り込む。
男は恐ろしい笑を浮かべ、高く高く手を翳した。
「これで全て、終わりだ。クズ共」
水晶には私の希望が打ち砕かれる様子が写っていた。
恐ろしい程に強い獣人の男が、私達が長年ずっと試行錯誤し、古代の禁忌の魔法を併せて作り出した魔物を『狂暴化』させる魔法。
禁忌の魔法をかけられた獣人どもの肉を糧に『狂暴化』したこの国を中から破壊するはずの、最強の魔物岩の悪魔が、呆気なくガラガラと砕ける様子に呆然とした。
まさかこれほど一瞬で終わってしまうなど誰が想像出来ただろうか?
作戦は失敗した。
己に待ち受ける惨めな末路を想像し身を震わせた。
敗北の原因である水晶に映る、あの恐ろしく忌まわしい悪魔の姿を目に焼き付けた。
それに、もう一人。私を破滅させようとやって来た輩に視線を向ける。
「お久しぶりです。大佐、いえ、今は司令官?でしたっけ?ですが、やはりここは………『お父様』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
少年にしか見えなかった私の奴隷が産んだ娘が無表情に牢の中にいる私を見ていた。
「知っていたのか……」
椅子の背を前にして跨る様に座る姿はふてぶてしい。
「調べたら色々と出てきました。
貴方が奴隷を頻繁に買い、頻繁に殺していた証拠が。そして敵対している中将が貴方の不正の数々を掴んだと。
その書類を作った男の書類の中に貴方の部屋にあった裏帳簿と奴隷売買契約書、更には死体処理の際に貴方が後暗い組織に指示を出した指示書を紛れ込ませたの私ですから。」
せせら笑う様に愉しげにこちらを見る娘の瞳は獣人どもの貴族の中でも高貴だと言われる祝福を持つと喜ばれる黄金色の瞳をしていた。
その美しい金の瞳は今、冴え冴えとした冷たさで私を見据えている。
「なんだと!!」
あの、忌まわしき日を思い出し怒りで目の前が真っ赤になる。
私を裁くなどと言って来た男はエルフ混じりを母に持つ、同じくハーフエルフである王太子を支持する王太子派筆頭のナルディーニ公爵家当主、軍の中将でもあるジョルジュ・ナルディだった。
北の帝国の末姫が平和条約の証にと嫁いで来た。
まさかあれが一番に男児を産むなどなんと忌々しい事か。
人族至上主義のままではこの国は周辺国から孤立するだの、差別を嫌う神の天罰が下り消滅した国があるだのと。
笑わせる。
奴隷を買い、嬲り、飽きれば殺し、憂さを晴らす。それの何が悪い。
しかし今の王太子派は皆綺麗事ばかり、正しい行いとやらを理念に掲げる偽善者ばかり。
昔は違った。我々と同じ思想を貫く賢き人族至上主義が権力を握っていた。
だと言うのに、我々は帝国にまんまと嵌められたのだ。
エルフの姫が陛下に嫁いでから静かに、だが確実に我が国は変わろうとしていた。
人種差別や搾取など神を怒らせる行為だ。神をも恐れぬ悪行を続ければ神罰が落とされる。姫はそう言ったそうだ。
なにが悪行だ。
あいつらは神罰を恐れ表面のみ取り繕う腑抜けた集団だ。
何が神罰だ。
そう、馬鹿にしていた。
この穢わらしい種族を滅ぼし隣国を陥落出来れば私の些細な罪など陛下は目をつむって下さる。
陛下に隣国を所望された瞬間。
私は司令官の地位を手にした。
だから、軍の指揮をとりここまで来たのだ。
だと言うのに、私はいったい何処でしくじった。
あの女を、美しい獣人の女を我が物にしたくて、馴染みの奴隷商人に無理を言って手に入れた。
アレは獣人の貴族の娘で私がたまたま隣国に使者として訪れた際にあの美しい笑顔で私を虜にしたのだ。
あの女を殺した妻を殺した。
あの女が愛した娘を軍に入れた。
もしかしたらその全てが間違いだったのかも知れない。
「お前の父は私では無い。あれは隠していたが。獣の妊娠期間は十八ヶ月、あれがお前を産んだのはわしがあれを手に入れた翌年だ。」
「…………なら、私の父は別にいる?お前では無いの?」
そう問掛ける娘の顔は初めて人らしく見えた。
初めてコレを見つけた日からずっと娘の表情は張り付いた偽物だった。
孤児院でこれを見つけた。あの狐の獣人の顔に瓜二つの娘を見て直ぐにあの女の娘だと気付いた。
暗殺者(手駒)として、何れは今回の餌にしてもいい。運び屋にして最後は殺したって構わない。
だが、あれは私から逃げた。
母親と同じように。
「母の事を貴方は愛してしまった。それが貴方が母を攫った原因なら。」
ブツブツと呟き出した娘は目に憎悪を宿し、揺らりと立ち上がった。
「お前の罪を全て、白日の下に晒す。それが終わったら、お前から母の記憶を全て奪ってあげる」
─────────────
国境警備隊の詰所には隣国の兵が大量に捕縛されている。
私はちょっと砦からは離れた場所にドラゴンを待たせておくつもりだったけど。
「ドラゴンだぁぁぁ!!」
「あれは坊主か?なぜドラゴンに乗っているんだ!?」
なんて声が聞こえて来て漸く、あっ、しまった。気配消したって丸見えだった。と気付いた。
私が引き攣った顔を隠す様にそろりと横を向いているとこちらを見ていたおっちゃんと目が合ってしまい。
「あ、あれはやはり坊主!」
と呟いておっちゃんは我に返った様に周囲を見回した。
それからはあっという間だった。
おっちゃんは隣国が武装解除すること無く無断で国境を超えたとして一斉捕縛を宣言してあっという間に捕縛してしまった。
捕縛され、国境警備隊の詰所にある留置所に連行されて行く連中の、その中に、あの大佐の姿を見つけた。
私はおっちゃんにひとまず、自分が隣国の軍からの脱走兵であり、少しだけ隣国の軍内の内情を知っていることを伝えて隣国の中将さん率いる王太子派の事も掻い摘んで話した。
その情報を踏まえて今後の方針を決めて貰えたらと思ったのだ。
腐ったトップの子の中にはまともな奴もいるし、まともな人の子の中には腐った奴もいる。だから、まともな人に交渉して欲しい。
そう言ってアイテムボックスから私は大佐が隣国の陛下、並びに軍の上層部の数名と財務大臣との密書や指示書などを取り出して判断を仰いだ。
結局、隣国からは王太子派筆頭の王太子殿下本人と中将閣下が自国の陛下の首を手土産に今回の謝罪をした。トレランス王国の国王陛下はかなりこの物騒な手土産を喜んで謝罪を受け入れた挙句、これから王太子の治世になるなら平和条約を結べるなと仰ったらしい。ついでに王太子殿下と中将閣下は帰りに是非とも黄金のエンシェントドラゴンをひと目見たいと言って国境警備隊の詰所に来て………
いや、いませんよ?え?なぜと言われても…
と私はドラゴン様を召喚した経緯とお願い事が終わったからドラゴン様は天界に戻ったことを伝えて、「……そうか、残念だ」と物凄くガッカリされてしまった。
そんなこんなで結果。私は今からドラゴン様を召喚する予定だと話した。
なぜ召喚するのかは、ちょっと恥ずかしくて口には出来なかったけど。
だって、好きな人がずっと行方不明で。私はせめて『サヨナラ』と『今までありがとう』くらいはエタンに直接伝えたかったのだ。だから、ドラゴン様かミニドラゴンにお願いして、白豹の獣人の元に連れて行って貰おうと思っていた。
「誠か!?」
「は、はい。ですが、前回はたまたまドラゴン様が出てきただけだった可能性が高いので今回はミニドラゴンが出てくるかも知れません…」
「ミニドラゴンも見たことは無いからそれでも良い!私に見せてくれるか、狐の子よ」
「ひぇっ!?わ、わかりました」
でも、その手は離して下さい!!とはとても言えず、腰が引けた状態でビクビクと両手を握られていた。
ちょっと、そこの中将閣下!!助けて下さい!貴方の国の大変高貴な、最高に高貴なお方が道端の草みたいな小娘の手を握ってますよ!!しかもこの王太子殿下全く私の目は見ていない。常に私の頭を見ていますよ!?
と心の中で叫んだが中将閣下、全く気付かず「殿下は動物が好きですからな。私からも頼みます」なんて言っている。
違う!
そんな反応は望んじゃいないよ!?
第一、ドラゴン様は動物なの?聖獣だよね?獣だから、えっと、やっぱり動物?
はっあまり悩んでもおバカな私とアホの子の私がひたすら首を傾げるだけだ。
うむ…やめよ。
そして中将閣下の仰った『動物が好き』この中にもしや私も含んでたりします?とこの耳をガン見する王太子殿下を恐る恐る見ながら思うのですよ。
この前ドラゴン様の魔力に当てられた為なのかエタン不足の限界からか、私もすっかり大きな獣耳が出てきてしまった。
まだまだお子様だからなのか耳しか出てなくてフサフサの尻尾は未だ生えてはいないけど。
だけどこの耳だけでも私の種族が珍しい金色狐だと言われて種族の鑑定を追加できないか再度鑑定してもらってきた。
不明って書かれたままよりは狐って書いてある方がやっぱり嬉しい。
それから……どうやら私には貴族のおじい様なる高貴なお方がいるらしい。
まぁ、養成所を無事に修了したら会いに行こうかな。と思ってる。
爵位は返上しているから、私が継ぎたいなら。なんて恐ろしい事を言い出したので高速で首を振っておいた。
貴族の貴の字も感じられない元密偵の暗殺者が貴族とか。
無いわ~。
足が不自由らしくておじい様はどうやら現在、帝国のエルフ村にある保養所で療養中らしい。
ちなみに私のお父様は馬獣人らしい。けれど母が妊娠した時に病気で死んでいるそうだ。
その人も金色の瞳だったらしい。金色の瞳と黒毛の逞しい騎士だったらしくて恋愛結婚だったとおじい様が言っていた。
ちなみに、母の父であるおじい様はタヌキ獣人だった。
亡き祖母はキツネ獣人だと言うから…『狐と狸の化かし合い』なんて言葉を思い出してしまった。
尻尾はたぶん成人するくらいにはにょきっと生えてくるだろう。なんてギルマスに言われたけど。
そんな私の耳を王太子殿下がめっちゃ見てくる。
「あ、あの。では、召喚しますので」
手を離してー!
と手を見るが王太子殿下まるで聞いてない!
半泣きになったその時。私はふわりと風に乗って現れた長い腕に抱きしめられていた。
「この娘は俺の番だ。一瞬ならと我慢してましたが長過ぎだ。これ以上は触れないで頂きたい」
ぶわりと溢れ出た魔力の圧に中将閣下が慌てて王太子殿下の手を離して引き摺る様に抱えて後退した。あまりの魔力量にどうやら魔力酔いをしたらしく真っ青になっている。
懐かしい匂いがした。
まだ離れて四ヶ月位しか経って無いのに。
…エタン?
「エタン?」
「………………そうだ」
ゆっくりと振り向くと真っ白な耳が見えた。
柔らかそうで丸みを帯びた獣の耳だ。
「………エタン…ふぇっ」
私は泣かないぞ!なんて気合いを入れて口を開けたのに私を裏切り溢れた涙は全く思い通りにならなくて。わんわん泣き出した私をエタンがオロオロして。
愛しさと切なさで死んでしまいそうだ。
「ごめん。こんなに泣くなんて思っても見なかった………もしかして。お前あんなに楽しそうに生活してたのに、実は俺が居なくて……寂しかったのか?」
「…………あ、当たり前でしょ?」
きょとんとした阿呆面を晒して見上げたらぎゅっと抱きしめられた。
「悪かった。お前に近づいて手を出さない自信が無かった。お前が好きなんだ。お前は俺の唯一なんだ。だから襲って。嫌われるくらいなら見守っておこうと」
そんなことを言うエタンを真っ赤な顔で見ながら。
まさか、そっち?と驚いていた。
だってこの人、いきなり襲って。しかも逃げちゃうし、
私はてっきりエタンこそが私と居るのは同情からだと思っていた。
「エッチは、最後の一線だけは我慢して。そんで私のそばに居て?なんて言ったら…やっぱりダメかな?」
私が不安げに見上げるとふわりとエタンが泣き笑いみたいな顔で「ダメじゃない」って言ってまた抱きしめてくれた。
私、思ったの。エタンが私を拒まないんなら、貴方にずーっとついて行こうと。
私の事を全て知っているって。エタンがあのダンジョンの後に隣国で私が暮らしていた孤児院の軍事施設並の訓練場や暗殺者集団の根城になってた場所、私が幼少期に関わった碌でもない場所ばかり破壊するんだもん。
だから、私、きっとエタンは私のこと全て知っているんだろうなって分かっちゃった。
それでも貴方はこうして私の前に来ちゃったんだから。
もう逃がしてあげないよ?
そう言ったらエタンは「俺はずっと、この先クリスには適わない」なんて言って来た。
いやいや、貴方は世界最強の冒険者じゃない?
私が勝てるわけない!
そんな声が魔法の水晶から聞こえた。
水晶を見れば投影水晶から巨大な水晶のスクリーンに映像が写っていた。
この辺り一体に潜ませていた兵達が尽く捕縛され、侵略をすんでのところで回避した兵士達は敵国の兵の余りの強さに情けなくも悲鳴をあげて逃げ帰って行った。
クソっ!
だがまだ私は何とかなるとうっすらとした希望があった。この国の王都近い場所にあるダンジョン。あそこから大量の恐ろしい死を呼ぶ『狂暴化』した魔物や魔獣がこの国を内側から喰らい尽くすはずだ。蹂躙が終わる頃に我が国の軍を総動員して魔物退治をすれば周辺国からはきっと感謝されるはず。
しかし、映像が急に切り替わる。
「見えているか?貴様らの狙いは外れた。残るは破滅のみだ。」
魔法の水晶から見えていた映像が切り替わり猛獣種と恐れられる丸みを帯びた獣耳の男が映り込む。
男は恐ろしい笑を浮かべ、高く高く手を翳した。
「これで全て、終わりだ。クズ共」
水晶には私の希望が打ち砕かれる様子が写っていた。
恐ろしい程に強い獣人の男が、私達が長年ずっと試行錯誤し、古代の禁忌の魔法を併せて作り出した魔物を『狂暴化』させる魔法。
禁忌の魔法をかけられた獣人どもの肉を糧に『狂暴化』したこの国を中から破壊するはずの、最強の魔物岩の悪魔が、呆気なくガラガラと砕ける様子に呆然とした。
まさかこれほど一瞬で終わってしまうなど誰が想像出来ただろうか?
作戦は失敗した。
己に待ち受ける惨めな末路を想像し身を震わせた。
敗北の原因である水晶に映る、あの恐ろしく忌まわしい悪魔の姿を目に焼き付けた。
それに、もう一人。私を破滅させようとやって来た輩に視線を向ける。
「お久しぶりです。大佐、いえ、今は司令官?でしたっけ?ですが、やはりここは………『お父様』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
少年にしか見えなかった私の奴隷が産んだ娘が無表情に牢の中にいる私を見ていた。
「知っていたのか……」
椅子の背を前にして跨る様に座る姿はふてぶてしい。
「調べたら色々と出てきました。
貴方が奴隷を頻繁に買い、頻繁に殺していた証拠が。そして敵対している中将が貴方の不正の数々を掴んだと。
その書類を作った男の書類の中に貴方の部屋にあった裏帳簿と奴隷売買契約書、更には死体処理の際に貴方が後暗い組織に指示を出した指示書を紛れ込ませたの私ですから。」
せせら笑う様に愉しげにこちらを見る娘の瞳は獣人どもの貴族の中でも高貴だと言われる祝福を持つと喜ばれる黄金色の瞳をしていた。
その美しい金の瞳は今、冴え冴えとした冷たさで私を見据えている。
「なんだと!!」
あの、忌まわしき日を思い出し怒りで目の前が真っ赤になる。
私を裁くなどと言って来た男はエルフ混じりを母に持つ、同じくハーフエルフである王太子を支持する王太子派筆頭のナルディーニ公爵家当主、軍の中将でもあるジョルジュ・ナルディだった。
北の帝国の末姫が平和条約の証にと嫁いで来た。
まさかあれが一番に男児を産むなどなんと忌々しい事か。
人族至上主義のままではこの国は周辺国から孤立するだの、差別を嫌う神の天罰が下り消滅した国があるだのと。
笑わせる。
奴隷を買い、嬲り、飽きれば殺し、憂さを晴らす。それの何が悪い。
しかし今の王太子派は皆綺麗事ばかり、正しい行いとやらを理念に掲げる偽善者ばかり。
昔は違った。我々と同じ思想を貫く賢き人族至上主義が権力を握っていた。
だと言うのに、我々は帝国にまんまと嵌められたのだ。
エルフの姫が陛下に嫁いでから静かに、だが確実に我が国は変わろうとしていた。
人種差別や搾取など神を怒らせる行為だ。神をも恐れぬ悪行を続ければ神罰が落とされる。姫はそう言ったそうだ。
なにが悪行だ。
あいつらは神罰を恐れ表面のみ取り繕う腑抜けた集団だ。
何が神罰だ。
そう、馬鹿にしていた。
この穢わらしい種族を滅ぼし隣国を陥落出来れば私の些細な罪など陛下は目をつむって下さる。
陛下に隣国を所望された瞬間。
私は司令官の地位を手にした。
だから、軍の指揮をとりここまで来たのだ。
だと言うのに、私はいったい何処でしくじった。
あの女を、美しい獣人の女を我が物にしたくて、馴染みの奴隷商人に無理を言って手に入れた。
アレは獣人の貴族の娘で私がたまたま隣国に使者として訪れた際にあの美しい笑顔で私を虜にしたのだ。
あの女を殺した妻を殺した。
あの女が愛した娘を軍に入れた。
もしかしたらその全てが間違いだったのかも知れない。
「お前の父は私では無い。あれは隠していたが。獣の妊娠期間は十八ヶ月、あれがお前を産んだのはわしがあれを手に入れた翌年だ。」
「…………なら、私の父は別にいる?お前では無いの?」
そう問掛ける娘の顔は初めて人らしく見えた。
初めてコレを見つけた日からずっと娘の表情は張り付いた偽物だった。
孤児院でこれを見つけた。あの狐の獣人の顔に瓜二つの娘を見て直ぐにあの女の娘だと気付いた。
暗殺者(手駒)として、何れは今回の餌にしてもいい。運び屋にして最後は殺したって構わない。
だが、あれは私から逃げた。
母親と同じように。
「母の事を貴方は愛してしまった。それが貴方が母を攫った原因なら。」
ブツブツと呟き出した娘は目に憎悪を宿し、揺らりと立ち上がった。
「お前の罪を全て、白日の下に晒す。それが終わったら、お前から母の記憶を全て奪ってあげる」
─────────────
国境警備隊の詰所には隣国の兵が大量に捕縛されている。
私はちょっと砦からは離れた場所にドラゴンを待たせておくつもりだったけど。
「ドラゴンだぁぁぁ!!」
「あれは坊主か?なぜドラゴンに乗っているんだ!?」
なんて声が聞こえて来て漸く、あっ、しまった。気配消したって丸見えだった。と気付いた。
私が引き攣った顔を隠す様にそろりと横を向いているとこちらを見ていたおっちゃんと目が合ってしまい。
「あ、あれはやはり坊主!」
と呟いておっちゃんは我に返った様に周囲を見回した。
それからはあっという間だった。
おっちゃんは隣国が武装解除すること無く無断で国境を超えたとして一斉捕縛を宣言してあっという間に捕縛してしまった。
捕縛され、国境警備隊の詰所にある留置所に連行されて行く連中の、その中に、あの大佐の姿を見つけた。
私はおっちゃんにひとまず、自分が隣国の軍からの脱走兵であり、少しだけ隣国の軍内の内情を知っていることを伝えて隣国の中将さん率いる王太子派の事も掻い摘んで話した。
その情報を踏まえて今後の方針を決めて貰えたらと思ったのだ。
腐ったトップの子の中にはまともな奴もいるし、まともな人の子の中には腐った奴もいる。だから、まともな人に交渉して欲しい。
そう言ってアイテムボックスから私は大佐が隣国の陛下、並びに軍の上層部の数名と財務大臣との密書や指示書などを取り出して判断を仰いだ。
結局、隣国からは王太子派筆頭の王太子殿下本人と中将閣下が自国の陛下の首を手土産に今回の謝罪をした。トレランス王国の国王陛下はかなりこの物騒な手土産を喜んで謝罪を受け入れた挙句、これから王太子の治世になるなら平和条約を結べるなと仰ったらしい。ついでに王太子殿下と中将閣下は帰りに是非とも黄金のエンシェントドラゴンをひと目見たいと言って国境警備隊の詰所に来て………
いや、いませんよ?え?なぜと言われても…
と私はドラゴン様を召喚した経緯とお願い事が終わったからドラゴン様は天界に戻ったことを伝えて、「……そうか、残念だ」と物凄くガッカリされてしまった。
そんなこんなで結果。私は今からドラゴン様を召喚する予定だと話した。
なぜ召喚するのかは、ちょっと恥ずかしくて口には出来なかったけど。
だって、好きな人がずっと行方不明で。私はせめて『サヨナラ』と『今までありがとう』くらいはエタンに直接伝えたかったのだ。だから、ドラゴン様かミニドラゴンにお願いして、白豹の獣人の元に連れて行って貰おうと思っていた。
「誠か!?」
「は、はい。ですが、前回はたまたまドラゴン様が出てきただけだった可能性が高いので今回はミニドラゴンが出てくるかも知れません…」
「ミニドラゴンも見たことは無いからそれでも良い!私に見せてくれるか、狐の子よ」
「ひぇっ!?わ、わかりました」
でも、その手は離して下さい!!とはとても言えず、腰が引けた状態でビクビクと両手を握られていた。
ちょっと、そこの中将閣下!!助けて下さい!貴方の国の大変高貴な、最高に高貴なお方が道端の草みたいな小娘の手を握ってますよ!!しかもこの王太子殿下全く私の目は見ていない。常に私の頭を見ていますよ!?
と心の中で叫んだが中将閣下、全く気付かず「殿下は動物が好きですからな。私からも頼みます」なんて言っている。
違う!
そんな反応は望んじゃいないよ!?
第一、ドラゴン様は動物なの?聖獣だよね?獣だから、えっと、やっぱり動物?
はっあまり悩んでもおバカな私とアホの子の私がひたすら首を傾げるだけだ。
うむ…やめよ。
そして中将閣下の仰った『動物が好き』この中にもしや私も含んでたりします?とこの耳をガン見する王太子殿下を恐る恐る見ながら思うのですよ。
この前ドラゴン様の魔力に当てられた為なのかエタン不足の限界からか、私もすっかり大きな獣耳が出てきてしまった。
まだまだお子様だからなのか耳しか出てなくてフサフサの尻尾は未だ生えてはいないけど。
だけどこの耳だけでも私の種族が珍しい金色狐だと言われて種族の鑑定を追加できないか再度鑑定してもらってきた。
不明って書かれたままよりは狐って書いてある方がやっぱり嬉しい。
それから……どうやら私には貴族のおじい様なる高貴なお方がいるらしい。
まぁ、養成所を無事に修了したら会いに行こうかな。と思ってる。
爵位は返上しているから、私が継ぎたいなら。なんて恐ろしい事を言い出したので高速で首を振っておいた。
貴族の貴の字も感じられない元密偵の暗殺者が貴族とか。
無いわ~。
足が不自由らしくておじい様はどうやら現在、帝国のエルフ村にある保養所で療養中らしい。
ちなみに私のお父様は馬獣人らしい。けれど母が妊娠した時に病気で死んでいるそうだ。
その人も金色の瞳だったらしい。金色の瞳と黒毛の逞しい騎士だったらしくて恋愛結婚だったとおじい様が言っていた。
ちなみに、母の父であるおじい様はタヌキ獣人だった。
亡き祖母はキツネ獣人だと言うから…『狐と狸の化かし合い』なんて言葉を思い出してしまった。
尻尾はたぶん成人するくらいにはにょきっと生えてくるだろう。なんてギルマスに言われたけど。
そんな私の耳を王太子殿下がめっちゃ見てくる。
「あ、あの。では、召喚しますので」
手を離してー!
と手を見るが王太子殿下まるで聞いてない!
半泣きになったその時。私はふわりと風に乗って現れた長い腕に抱きしめられていた。
「この娘は俺の番だ。一瞬ならと我慢してましたが長過ぎだ。これ以上は触れないで頂きたい」
ぶわりと溢れ出た魔力の圧に中将閣下が慌てて王太子殿下の手を離して引き摺る様に抱えて後退した。あまりの魔力量にどうやら魔力酔いをしたらしく真っ青になっている。
懐かしい匂いがした。
まだ離れて四ヶ月位しか経って無いのに。
…エタン?
「エタン?」
「………………そうだ」
ゆっくりと振り向くと真っ白な耳が見えた。
柔らかそうで丸みを帯びた獣の耳だ。
「………エタン…ふぇっ」
私は泣かないぞ!なんて気合いを入れて口を開けたのに私を裏切り溢れた涙は全く思い通りにならなくて。わんわん泣き出した私をエタンがオロオロして。
愛しさと切なさで死んでしまいそうだ。
「ごめん。こんなに泣くなんて思っても見なかった………もしかして。お前あんなに楽しそうに生活してたのに、実は俺が居なくて……寂しかったのか?」
「…………あ、当たり前でしょ?」
きょとんとした阿呆面を晒して見上げたらぎゅっと抱きしめられた。
「悪かった。お前に近づいて手を出さない自信が無かった。お前が好きなんだ。お前は俺の唯一なんだ。だから襲って。嫌われるくらいなら見守っておこうと」
そんなことを言うエタンを真っ赤な顔で見ながら。
まさか、そっち?と驚いていた。
だってこの人、いきなり襲って。しかも逃げちゃうし、
私はてっきりエタンこそが私と居るのは同情からだと思っていた。
「エッチは、最後の一線だけは我慢して。そんで私のそばに居て?なんて言ったら…やっぱりダメかな?」
私が不安げに見上げるとふわりとエタンが泣き笑いみたいな顔で「ダメじゃない」って言ってまた抱きしめてくれた。
私、思ったの。エタンが私を拒まないんなら、貴方にずーっとついて行こうと。
私の事を全て知っているって。エタンがあのダンジョンの後に隣国で私が暮らしていた孤児院の軍事施設並の訓練場や暗殺者集団の根城になってた場所、私が幼少期に関わった碌でもない場所ばかり破壊するんだもん。
だから、私、きっとエタンは私のこと全て知っているんだろうなって分かっちゃった。
それでも貴方はこうして私の前に来ちゃったんだから。
もう逃がしてあげないよ?
そう言ったらエタンは「俺はずっと、この先クリスには適わない」なんて言って来た。
いやいや、貴方は世界最強の冒険者じゃない?
私が勝てるわけない!
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