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旅の始まり

お尋ね者

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 ドリスの部屋にもう一人男が入ってきた。

 大きな箱を抱えている。

「今日の収穫か?」

「はい……」

 痩せた枯れ枝のような男がドリスの前に箱を置くと、ドリスがその太い足で男を蹴り飛ばした。

「これだけだと!? これではオークションに出す品数が足りないではないか!!」

「も、申し訳ありません……ですが、最近ではこの辺に人が寄り付かず」

「言い訳はいい!! 結果だ!! この世は結果が全てだと何度言えば分かるのだ!!」

 蹴られた男は苦しそうに顔を歪め、蹴られた脇腹を押さえながらペコペコと頭を下げている。

 人が寄り付かないのにドリスの宿屋は繁盛している。

 一部屋空室はあったが他は埋まっているようだし、人が来ないと言っているくせにおかしな話だ。

 特に観光名所もないようなこんな町になぜ人が集まるのか……。

『ほれな、きな臭い』

 さも当然のようにそう言うシャンテ。

 この国ではオークションを開く際には国の許可が必要で、大抵はこの町よりも大きな町や王都で開かれる。

 人が集まる場所で大々的に行われ、金持ちが集まるため、ある種祭りのような賑わいを見せると聞く。

 ドリスもそういうところでオークションを開催しているのだろうか?

「次の開催日は明日の夜なんだぞ! 見たところどれもこれも大した価値もつかんような物ばかりではないか! これでは目玉になる商品がない! 客にどう説明しろと言うんだ!」

「申し訳ありません!」

「あの……それに関してなのですが」

 先に来ていた男が片手を少し上げて会話に割り込んできた。

「何だ? くだらない話なら後にしてくれ!」

「いえ、アンリ様の宿に泊まっているハンターなのですが、どうやら相当な収納カバンを持っているようでして」

 アンリさんの宿に泊まっているのは現在俺だけである。急に俺の話になり体がビクッと跳ねた。

「何!? そういうことは先に言わんか! 馬鹿もんが!」

「肉屋のマローの話だったので信憑性も薄いかと思ったのですが、ただその話が本当なら、そのハンター、ウサータが三匹も入る収納カバンを持っているようでして」

「ウサータが三匹だと!?」

「ええ、マローが嬉しそうに話していたんですよ。最近はこの辺にハンターが寄り付かなくなり、あいつの店にウサータが入荷することもなくなっていたんですが、今日はウサータの肉が並んでいましてね。気になって聞いてみたらそんなことを」

 あのおっさん、嬉しかったからといえ、客の情報を他人に話しすぎだ!

「信憑性云々の前に、なぜそのことを私に言わんのだ! そのカバンがあれば、オークションは盛り上がること間違いなしではないか! 何とかして明日の夜までにそのカバンを手に入れてこい!」

「分かりました!」

 今度は急に俺の身辺が危なくなってきたようだ。

『これは一先ず宿に戻ったほうが良いのではないのか?』

『だよな……宿屋を襲撃されても大変だしな』

 急いで宿屋へと戻ることにしたのだが、その途中でドリスの部屋にいた男を見付けたため、後を追ってみることにした。

 男は町の外れにある古ぼけた屋敷へと入っていったので、俺も屋敷内に侵入した。

 本当に古い屋敷のようで、あちこちに猫なら入れるほどの隙間があったので、難なく入り込めた。

 入口から最奥に位置する部屋にだけ明かりが灯っており、そこから人の声がしている。

 人よりも聴覚が上がっているため話していることは丸聞こえである。

「アンリの宿屋を襲撃すればいいってわけか?」

「いや、それだとボスの機嫌が悪くなる。出来れば宿屋を出てから襲って欲しい」

「宿屋を襲えばすぐ済む話じゃねぇか」

「宿屋を襲撃すりゃーよ、そのハンターも娘も仕留められるんだぜ? 手っ取り早いのによぉ」

「そう言うな。ボスはあくまで、あの宿屋の窮地を王子のように颯爽と救ってアンリを手に入れたいんだよ」

「ギャハハハ! あの豚が王子ってタマかよ!」

「違いねぇ! 丸焼きになって食卓に並ぶ方がよっぽど似合ってらぁな!」

 話し声と人の気配からして、追ってきた男の他に二人の男がいるようだ。

 猫になったからなのかそういう気配が敏感に感じ取れる。

『のぉ? あの部屋を覗けんかの?』

『近付けって言うのか?』

『ちと、顔を拝んでおきたくてな。無理か?』

『……やってみるわ』

 なるべく気配を消し、足音を立てないように忍び足で歩くと、最初は少しだけしていた足音が次第に消えていった。

 心做しか気配も薄くなったように感じる。思い込みかもしれないが。

 部屋の入口まで行き、ドアの隙間から部屋の中を覗くと、やはり宿屋にいた男の他には、左目の下に大きな傷のある男と、その男によく似た顔の男がソファーにどっかりと座っていた。

 あの顔、どっかで見たような?

『ふむ……もう良いぞ』

 クルリと身を返し玄関付近まで戻った。

「期限は明日の夜、いや、夕方までだ。くれぐれも失敗しないでくれよ? ここのところ、お前らがまともに狩れないせいで、ボスの機嫌は最悪なんだからな!?」

「そんなの俺達のせいじゃねぇだろ? あの豚が俺達をこの町から出さねぇのが悪いのよ」

「行動範囲を広げてくれりゃ、いくらでも狩ってくるってもんよ、なぁ?」

「違いねぇ!」

「何を言ってるんだ! お前達は自分がお尋ね者だってことを忘れたのか? 誰のおかげで生きていると思っている? ボスのお陰だろう!」

 お尋ね者だと聞いて、やつらが誰なのか思い出した。

 故郷の町にも貼り紙があったので、仕事の行き帰りに何気なく見ていたあの顔を。

「はぁ? 俺らがそう簡単に捕まるわけねぇだろ? 誰のお陰で生きてるだぁ? 俺らは俺らの力で生きてるんだ! なぁ、ジャッキー」

「あぁ、そうだ。金がもらえる上に殺しも出来るって言うから雇われてやってるのよ! なぁ、ドゥッキー」

「ジャッキー・ドゥッキー兄弟」だ!

 自分達が生まれ育った村の住人達を皆殺しにし逃亡。

 逃亡先でも殺戮を繰り返し、お尋ね者として遂には賞金まで掛けられることになった、別名「デビル・ブラザーズ」。

 お尋ね者は多数いるが、賞金首となると数えるほどしかいない中の一組があいつらだ。

『俺、とんでもないやつらに狙われたかも……』

『そうなのか? まぁ、今のそなたならば負けることはないだろう』

 シャンテが呑気にそう言った。
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