荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女。荒地を開拓する②~海の町を復興しよう~

シルトクレーテ。仲間になる!?

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「儂は、とある聖女と一緒にこの世界を旅したことがあるのじゃ…」


祠の声は、風に溶けるような柔らかさを帯びていた。


それは、遠い昔に誰かを呼びかけたときの、懐かしい響きだった。もしかしたら、アンネリーゼを呼ぶ声に、かつての聖女への想いが重なっていたのかもしれない。


「人間だった頃の記憶は、今でも鮮明に残っておる。名を呼ばれ、手を引かれ、共に食卓を囲んだ日々……。夕暮れの光が差し込む窓辺で、湯気の立つ味噌汁を前に笑い合ったこともあった。……それが、いつの間にか終わっておった。」


アンネリーゼは、珍しく何も言わずに耳を傾けていた。祠の声に、森の木々がそっと寄り添うようにざわめいている。


「目を覚ましたら、儂は海亀になっていたのだ。甲羅は重く、声は届かず、手も足も人の形ではなくなっておった。海の底で目を開けたとき、水の冷たさよりも孤独の方が身に染みた。……それでも死ぬことはなかった。儂の身体が丈夫だったということなのだろう。」


アンネリーゼは、息を呑んだ。

波の音が、どこか遠くで静かに鳴っている。


「それから儂は、聖女と出会った。見た目こそ違えど、君に似ていたよ。杏菜……いつも食い意地ばかり張っておった。しかも儂の背中に勝手に乗って、好き勝手し始めたのじゃ。……その結果がこれじゃよ」


シルトクレーテの背中には、畑が広がっていた。柔らかな土に、朝露をまとった葉が揺れ、湖には小魚が跳ねている。風に揺れる果樹の香りが、ほんのりと潮の匂いに混ざって漂っていた。


畑や湖の奥には、屋敷まで建てられている。


「最初は、ただの畑じゃった。儂の甲羅の上に、彼女が勝手に種を撒いてのぉ。『どうせ暇なんだから、育ててみてよ』などと言ってな。……儂は魔物じゃぞ?と言っても、彼女は気にせんかった。」


祠の声は、どこか誇らしげだった。


「それからしばらくすると、植えた種は芽を出し、花を咲かせ、実をつけた。彼女はそれを見て『ほら、やっぱり魔物なんて関係ないじゃない』といってできた野菜にがぶりとかぶりついたのじゃ。」


アンネリーゼはその話を聞いて、「ありがとう!」と心の中で思っていた。
勿論なかなか見つけられなかった野菜を育ててくれてという意味だ。アンネリーゼに関われば悲しい物語もすぐに違う方向へと変換されてしまう。


しかし、そんなことを知らないシルトクレーテは、そのまま話を続けた。


「それから、彼女は湖を作った。水を引いて、魚を放ち、釜戸を置いて、屋敷まで建てた。まるで、儂の背中を一つの国にするような勢いじゃった。……儂は、ただの魔物だったはずなのに、いつの間にか、ただの魔物が動く住居と化していたのだ」


(んふふ……シルトクレーテには悪いけど……あんなに悩んでいた食と住が手に入るなんて、ラッキーすぎるわ! んふふ……)


さすが現金なアンネリーゼ。最早シルトクレーテの話は一切聞いていなかった。


「そして、旅の終わりが近づいた頃……彼女は言ったのじゃ。『この背中は、誰かの居場所になる。だから、あなたは生きていて』と」


祠の声が、少しだけ震えた。


「それから長い時が流れた。誰も儂を呼ばず、誰も儂の背に乗らず、誰も種を撒かぬまま……。それでも、儂は待っておった。あの聖女のように、食を愛し、人を癒す者が、いつかまた現れると」


人を癒す者…がアンネリーゼに当てはまるとは思えないが、食を愛するという点においては似ているだろう。


「そして、今ここにおる。栗花落 杏菜よ。お主は、あの聖女に似ておる。……儂の背中は、再び誰かの居場所になれるのかもしれん」


アンネリーゼは、祠を見つめながら、静かに手を伸ばす。


「ふふ。似ているかどうかはわからないけど、私はあなたを上手に使うすべを知っているわ! だからこの背中を私に頂戴!」


その手は、かつて種を撒いた聖女の手と、どこか重なっているようだった。


「ふぉっふぉっふぉ……本当にそっくりだのー。よかろう、アンネリーゼ。だが、一つだけ条件がある。今この海を汚染している元凶を倒してきてほしいのじゃ! それが出来たら認めてやろう」


海亀がここに来たのには理由があった。


聖女がいつか現れると言ったこともそうだが——


巨大蛸に巻き付いていた瘴気を浄化し、天に還したというのが何よりも大きい。


「え!? 元凶……? それを倒したらもしかして……海鮮食べれる!?」


元凶という言葉に反応するアンネリーゼ。ここに来て数日、彼女が食べたかった海鮮は蛸しか食べられていない。
そのためには、何とかしてこの海に蔓延る瘴気を浄化する必要があった。


「あぁ……恐らく食べられるだろう。魔物の名は、サイレーン。先日杏菜が倒した巨大蛸がいたじゃろう。あ奴は普段、大人しい魔物じゃ。だが、急に襲ったのだ。理由はな……」


「そのサイレーンが原因ってこと?」


「うむ。そういうことだ。サイレーンは見た目が美しい。日本風にいえば人魚姫と伝わるかの……だが、美しいのは見た目だけじゃ。サイレーンは声で魔物たちを魅了し、攻撃する。サイレーン自体は強くないが……あ奴の周りにいる魔物たちが厄介なんじゃ」


(へぇ…厄介な魔物ねぇ…ってことは最高のご飯が手に入るんじゃないかしら。んふふ。楽しみだわ!)


「わかったわ!おいし…じゃなかった魔物を倒してくるから待っていて!その間だけ私と一緒にいる聖女たちをここに乗せてもらってもいいかしら?」


沢山の魔物がもし来るのだとしたら思いっきり遊びたい。そう思ったアンネリーゼは少しでも自分が本気を出せるようにと、お願いすれば、シルトクレーテは「いいだろう」と快く引き受けた。



***


「アンナ…」



前を歩いていたアンネリーゼが急にいなくなって1時間くらい経った頃ーー


ケルネリウスはエリザベッタとキャスバルに説教をされていた。


それもそのはずだ。一応護衛騎士であるはずのケルネリウスは大聖女であるアンネリーゼを見失ってしまったのだから…



「まぁ、アンナのことだから大丈夫だと思うけど…見つからなかったらどうするのよ!?」



「そうだぞ…?お前はまだ知らないだろうが…イアンとダミアン様は…アンネリーゼのことになると怖いんだ!」


顔を真っ青にして話すエリザベッタとキャスバル。


その様子を見て、「かなりやばいのではないか……」と悟ったケルネリウスは、震え上がる。


三人でこれからの対応を話し合っていると、緩い声が、海風に乗って響いてきた。


「ただいまあ~~~~~!!」


「「「ア、ア、アンナ!?」」」


振り返れば、満面の笑みで手を振るアンネリーゼ。


その背後には、先ほど話していた“島”が、海岸に向かってゆっくりと近づいてくる。


「え!? 島が動いてる?」


「え!? 島って動くの!?」


「そんなわけないじゃない……」


近づいてくる島を見て、聖女たちは目を丸くして驚いていた。


しかし、アンネリーゼはそんなこと気にもせず、さらっと指示を出す。


「私これから、魔物討伐に行ってくるから! この辺りももしかしたら荒れるかもしれない。だから、あなたたちは海亀に乗っていてちょ~だい!」


何の説明もなく、軽く言い放つアンネリーゼ。


それを聞いた聖女たちは——


魔物討伐よりも、そのあとの一言に衝撃を受けていた。





……


………



「「「「う、う、うみがめぇぇぇぇ!?!?」」」」


「そっ! 海亀島のシルトクレーテ。これから仲間になると思うから、よろしくね!」


サラッと話すアンネリーゼに、ケルネリウスをはじめ、全員が大きなため息を吐いた。


「シルトクレーテって……伝説の海亀だよな……」


誰かがぽつりと漏らしたその一言は、誰の耳にも届くことなく、波音に紛れて海の中へと消えていった。
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