荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女。荒地を開拓する②~海の町を復興しよう~

巨大イカのクラーケンと巨大エビのカンマールス。

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「んふふ。あなたの名前は、オーソドックスに“クラーケン”と呼ばせてもらうわね」


アンネリーゼは少し開けた場所までクラーケンを誘導すると、イカ割き包丁を構えた。


その瞬間——


デュオーデキムの時と同じように赤く光っていた魔物の瞳が、ほんのわずかに落ち着いたように見えた。


が…それも束の間ーー


再び歌声が洞窟に響くと、瞳の輝きが一気に増す。まるで、歌が魔物の意識を呼び戻しているかのようだった。


(これが……サイレーンの力ね。確かに、歌で魔物を強化しているのは分かるけど……それだけじゃない。この歌には、もっと深い“意味”がある気がする……)



"ヴォォォォォオオオオーーーー!!!!"

クラーケンが先ほどよりも大きな咆哮を上げた瞬間、その巨体がぐるりと軸をひねり、渦を巻くように身を縮める。


そして——反動を殺さぬように足を大きく広げ、地を蹴った。


(来る……!)


目の前の空気が、クラーケンの動きに引きずられるようにざわめいた。


クラーケンは渦潮のように巨体をひねりながら、速度を落とすことなく空気を裂いて突進してきた。


その瞬間、アンネリーゼは包丁を構え直すと、足元の苔を蹴って横へと飛びくるりと一回転しながら、まるで舞踏会のステップのように身をひるがえした。

包丁の刃先がクラーケンの触腕をかすめ、赤い液体が一筋、空中に舞った。


「ふふ…あなたもいい動きするじゃない…」


だが、アンネリーゼの頬にも一筋の傷が走っていた。


クラーケンの攻撃が、かすかに彼女を捉えていたのだ。


アンネリーゼはその血を親指で拭い取り、舌先でペロリ舐めるとニヤリと笑った。


その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも美しかった。


頬に走った一筋の血。


今までほとんど自分の血を見ることのなかったアンネリーゼにとって、興奮のスパイスだったようだ。


彼女は前髪を掻き揚げ、血の味を舌先で確かめながら、笑みを浮かべてクラーケンに近づいていく。


その姿は、まるで舞台の主役が観客を魅了するような妖艶さをまとっていた。


魔物であるクラーケンですら、一瞬その動きを鈍らせる。


「さぁ、クラーケンちゅぁぁぁん!!ここからが本番よ?楽しませてくれるわよね?」


頬を赤く染めながら近づいてくるアンネリーゼに、クラーケンはわずかに警戒し、後ずさった。


その瞬間——


アンネリーゼは足に力を込め、一息で距離を詰めてイカ割き包丁でクラーケンの一本の足を切り落とした。


"ヴォォォォォオオオオーーー!!!!"


血しぶきが舞い、洞窟の壁に赤い軌跡が描かれる。


「~~♪~~♪」


クラーケンの足が一本切れたところを見ていたかのように、歌声が強くなった。


そして、クラーケンの瞳がさらに赤みを増し、怒りに満ちた咆哮とともに、別の足を大きく振り上げた。


その動きは、先ほどよりも鋭く、重い。

まるで歌に導かれるように、攻撃の精度と殺意が増している。


(本当……この歌、厄介だわ……でも、目の前のクラーケンちゅあんを止めないと……新鮮度が落ちちゃうもの!)


アンネリーゼの目が爛々と輝き、包丁を構え直したその瞬間、クラーケンが、墨を吐いた。


黒い霧のような液体が空中に広がり、視界を奪おうとする。


(えっ!イカ墨まであるの!?これなら……イカ墨パスタも作れるじゃない!!)


もはやアンネリーゼには、目の前のクラーケンが“食材”にしか見えていない。


墨の霧を軽やかに避けると、アンネリーゼは再び跳ね、別の足を切り落とし身体を回転させながら舞うように他の足も切り落としていく。


"ヴォォォォォオオオオーーー!!!!"


怒りと痛みの咆哮が響く中、アンネリーゼは笑みを浮かべた。


「んふふ……墨も足も、いい感じねぇぇぇ……!」


切り落とされた足の痛みに、クラーケンは怒りの咆哮を上げる。


その声に呼応するように、サイレーンの歌がさらに強く響き渡った。


「~~♪~~♪」


旋律は深く、鋭く、まるで誰かの記憶を呼び起こすような響きだった。


アンネリーゼが次の一撃を狙おうとしたその瞬間——


アンネリーゼの身体はゆっくりと傾き始めた…


(え…一体何が起きているの。)


アンネリーゼは目の前に食材に気がとられすぎていて気づかなかったのだ。



自分もサイレーンの歌をずっと聞いてしまっていた…ということに。


(しまった…。つい、戦いが楽しくて忘れていたわ。私も歌を聞いていたこと…これは魔物だけじゃなくて人にも左右するのね…。)


「アンネリーゼ!!!」 


「…助けて…」





……


………


倒れそうになった瞬間、アンネリーゼはケルネリウスの声と一緒に別の誰かの声が頭の中に響き渡った。



***


その頃——


ケルネリウスは巨大海老と相対していた。



ケルネリウスよりも大きい二本のハサミ。甲殻は岩のように硬く、剣のように鋭い。


もし掴まれでもしたら…一瞬で身体が引き裂かれることだろう。


シュッシュッと空気を切る音が、遺跡の壁に反響した。


「折角だ。お前のような剣士に名前がないのは申し訳ない。俺が名前を付けてやろう」


"ギュォォォォォ!!"


巨大海老は低く唸りながら、ハサミを振り上げて突進してくるが、ケルネリウスは剣を抜かず、身体をわずかに傾けて避ける。


ハサミが彼の肩をかすめるが、彼は眉ひとつ動かさない。


「よし!決めたぞ。お前の名前は……カンマールスだ」


指を鳴らして名を告げると、巨大海老が一瞬だけ動きを止めた。


ケルネリウスはその隙を見逃さず、カンマールスからバックステップで距離を取り、剣を静かに構え直した。


"ギュォォォォォーーー!!"


「お!お前も気に入ったのか!?ならよかった!じゃあ、俺たちも戦うか!」


カンマールスが再び突進してくる。


ハサミが左右から挟み込むように迫るが、ケルネリウスは地を滑るように回避する。


そのあとも、ハサミと剣がぶつかりあい"カキーン""カキーン"という音が遺跡内に響き渡った。


(これでは埒が明かないな……どこを狙えばいいんだ)


初めて甲殻類と戦うケルネリウス。


ここまで堅い鎧を持つ魔物は初めてだった。


クラーケンに関しても、アンネリーゼが戦っているのを見ていただけで、あれほどの硬さはなかった。


(そういえば……料理しているとき、アンナは関節を折っていたか……)


クラーケンの足を取るとき、関節に包丁を入れて折っていたのを思い出す。


ならば、カンマールスにも同じような継ぎ目があるはず——


ハサミの攻撃を受け流しながら、ケルネリウスは剣の入りそうな継ぎ目を探し始めた。





……


………


(あ、あった……甲殻の継ぎ目……そこだ)


目を細めると、腹部に薄く走る線を捉えると、ケルネリウスは一旦剣を鞘に納め、目を閉じた。


そして、大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に——


ダンッと踏み込んだ。


稲妻のように斬り込んだ一撃が、空気を裂き、カンマールスの鎧をを断ち割る。


閃光のような軌跡が残り、カンマールスの巨体がぐらりと揺れ、赤い液体が床に滴り、ハサミが力なく垂れ下がった。


「……美味そうな名前にして正解だったな。これだったらアンナも満足しそうだ」


ケルネリウスは剣を納め、静かに息を吐いた。


「それにしても……アンナがこんなに遅いなんて珍しいな。……一旦、見に行ってみるか」



***

アンネリーゼが倒れかけ、そこを狙うようにクラーケンが触腕を振り下ろそうとしたその瞬間——


ケルネリウスの剣が、クラーケンの胴を音もなく切り裂いた。


"ヴォォォォォ……オ……"


咆哮が途切れ、巨体が崩れ落ち、墨と血が混ざり合って、遺跡の床を濁した。


ケルネリウスは急いでアンネリーゼに駆け寄り、肩を支える。


だが、彼女の瞳は虚ろで、心はどこか遠くへ行ってしまっているようだった。


「おい……しっかりしろ!リーゼ!!聞こえていないのか!?」


何度か頬を叩くも、アンネリーゼの意識は戻らなかった。


***


その頃——


アンネリーゼの意識は、ゆらゆらと揺れる水の中に沈んでいた。


音もなく、光もなく、ただ柔らかく包まれるような感覚。


(……ここは……?)


遠くから、誰かの声が響く。


「やっと会えたわね、杏菜!」


アンネリーゼが目を開けると、目の前には——


人魚のような恰好をした女性が、笑顔でこちらを見ていた。
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