荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女。荒地を開拓する②~海の町を復興しよう~

遺跡守りのサイレーン。

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「あなたは……サイレーン……?」


少しぼぉーっとする頭を押さえながら、目の前に現れた女性に声をかけると、彼女はこくりと頷いた。


「そう……私はサイレーン。聖城清子と言えば、わかるかしら?」


「聖城……清子……ってことは、あなたも日本人なのね……?」


(この世界、一体どれだけ日本人の転生者がいるのよ!?)


アンネリーゼが一人でノリツッコミをしていると、サイレーンはそのまま話を続けた。


「あっ、でも勘違いしないで?私はアンネリーゼと違って、転生者じゃなくて“転移者”なの」


「え!?転移者!?」


この世界で前世の記憶を持つ人には何人か会ったことがあるが、“転移者”に出会ったのは初めてだった。


サイレーンは水際で足をちゃぷちゃぷと動かしながら、穏やかに語る。


「そう……気づいたら、この世界にいたの。しかも目を覚ましたら海の上——それも、巨大な海亀の背中だったのよ。もう、びっくりしちゃったわ!だって前日まで家で農作業を手伝っていたのよ?それが寝て起きたら、いきなり異世界なんだもの……」


それは驚きもするだろう。淡々と話すサイレーンだが、突然この世界に飛ばされたときの気持ちは計り知れない。
アンネリーゼ自身も、前世の記憶を思い出したときは愕然とした。


——料理がまずかったことに。


特にこの世界は西洋に近い。


元々和食を好んでいたアンネリーゼにとって、それはそれはショックな出来事だった。


…魚もいない。


…お米もない。


…漬物もない。


…お味噌もお醤油もない。


…しかもパンは固いものばかり。


どれだけ絶望したか…。


「そう……ですよね」


自分の昔と清子の昔を重ね合わせたアンネリーゼは、いつもより悲しみを含んだ声で話す。


「んふふ。どうせあなたのことだから、自分の昔を重ね合わせたんでしょうけど……私はそこまで絶望しなかったわ。不思議と怖くなかったのよ。だって、大きな海亀——シルトクレーテが、私を背に乗せたまま、どこまでも連れて行ってくれたから」


「……シルトクレーテ……」


懐かしそうに語るその姿を見て、アンネリーゼはすぐに察した。


シルトクレーテが話していた“一緒に旅をしていた女性”——それが清子だったのだ。


「ええ。あなたも会ったでしょう?あの子と一緒に、私はこの世界を旅したの。それに、おいしそうな魔物もたくさんいたし、一緒に旅をしながら各地の魔物を食べて生活していたわ。聖女なんかじゃなかったけど、転移の影響かしら……ひとつだけ、スキルを授かっていたの。“知っている植物や果物の種を生み出せる”っていう、ちょっと変わった力」


その言葉を聞いた瞬間、アンネリーゼは心の中で叫んだ。


(あぁぁ~~清子さんをこの世界に転移してくれてありがとう……!)



「でもね…旅を終えて一息ついていた時に——」


サイレーンの声は、先ほどまでの穏やかな雰囲気とは違い、沈んでいた。


「すべてが変わったの……」





……


………


二人の間に、少し重たい空気が漂う。


その空気を切ったのは、清子だった。


「ルシフェールが、この地を襲ったの。罪なき人々を、次々と殺していった。子どもも、大人も、誰も関係なかった。ただ、そこにいるというだけで——命を奪われたわ」


アンネリーゼは今までにも、この地で起きたことを色々な人から聞いてきた。


ルシフェールがどれだけのことをしてきたかも知っていたはずだ。


ただ、それを直接見てきた人から聞くのと、口伝や言い伝えで聞くのとでは、重みが違った。


「そのせいで、瘴気が一気に広がったの。あまりにも多くの命が、苦しみの中で消えたから。誰にも浄化できないほどに、世界が濁ってしまった」


「……それで、あなたは……」


「ええ。私は決めたの。せめて、この地にいる人たちだけでも救いたかった。だから、瘴気を全部、自分に集めた。そしたら、サイレーンに進化したってわけ」


シルトクレーテは、サイレーンが昔一緒に旅をした清子だということに気づいていたのだろうか。


もし、気づいていて討伐を依頼したのだとしたら——


どれだけ辛い思いだったのか……


(いや、これ以上彼女たちの思い出に踏み込むのは無粋ってものね……)


アンネリーゼはそれ以上口を出すことなく、ただ話を聞いた。


「サイレーンになったことは、何も後悔していないわ!確かに……瘴気を取り込んだら人魚になるなんて誤算だったけど……」


元々、瘴気をため込みすぎれば魔人化すると言われているくらいだ。


清子は、それが魔人化ではなく“サイレーン”だったということだ。


「それにね、いつかあなたが来てくれることは知っていたの。なんでかしら……いつだったか夢で見たのよね。杏菜という女性が、セラフィエルを蘇らせてくれる……って」


シルトクレーテが言っていたことを思い出す。


“いつか杏菜が来る”——そう言っていたことを。


アンネリーゼは、清子とシルトクレーテの話を聞いて、すべてが繋がったような気がした。


「サイレーン、いえ清子さん。あなたは私に、魔物を浄化して……おいしく食べてほしいってことですね?」
そう聞けば、清子は笑いをこらえる。


「……ふふ。そうね……ふふ……倒してくれればいいんだけど……ふふふ……まさか、“おいしく食べる”っていう言葉が出るなんてね……ふふふ」


「え、そういうことじゃなかったの!?」


先ほどまでの暗い空気はどこへやら——清子は大きな声で笑い出した。


「ふははははは!!さすがね。ええ、おいしく食べてくれるなら、それが本望ってものだわ!皆も供養されたがっているから。お願いしてもいいかしら?」


目にたまった涙を人差し指ですくいながら、笑い声をあげる清子。


しかし、その身体は先ほどよりも透けているのが分かる。


「えっと……清子さん、身体が透けているような……?」


「ふふ……ごめんなさい。びっくりさせちゃったわね。私の身体はもう限界だったのよ。だからね、あなたが間に合って本当によかった。おかげで皆もちゃんと浄化されたわ。シルトクレーテにもよろしく伝えてくれるかしら?」


元々たくさんの瘴気をため込んでいた清子。サイレーンになってからは歌をうたって魔獣に集まってしまった瘴気が少しでも安らかに眠れるようにとずっと力を使っていた。


それはあまりにも孤独で、どれだけ長い年月だったのか…。


「え……?直接言ってあげたほうが……」

「それは……ちょっと無理ね。だから杏菜から言ってあげて?ああ見えて、あの子は図体ばかりでかい寂しがり屋の海亀なの。だから、一緒に旅してくれる仲間ができて、きっと嬉しいはずよ。私はあなたたちのことを、天から見守っているわ」


清子の身体は、少しずつ光の粒となっていく。


その周りには、魔物たち中に取り込まれていた人々の残滓が、まるで清子を守るように寄り添っていた。


「清子さん……あなたは、幸せでしたか?」





……


………


清子は少し考えると、ふっと笑顔を浮かべて言った。


「ええ、とっても!この世界にしかないおいしいものを食べられて、いろんな人に良くしてもらって、シルトクレーテと旅もできた。だから、杏菜。あなたもこの世界で、幸せな生活を送りなさい。私に、おいしいものを食べる姿を、見せてね?」


最後の涙が、笑いの涙だったのか、悲しみの涙だったのかはわからない。


ただ、これだけは言える——


それは、決して絶望の涙ではなかったということを。


「任せて!清子さんのためにも、たくさんおいしい魔物を食べて、幸せな毎日を過ごしてみせるわ!」


清子の話を聞いて、アンネリーゼは心に強く誓うのだった。


——魔物を食べることは、世界を救う正義なのだと。



***


「……い……おい……リーゼ!!聞こえるか?」


「……ん……あれ?ここは……って、うわぁぁぁ!」


アンネリーゼが目を覚ますと、目の前にはケルネリウスの心配そうな顔があった。


あまりに顔が近すぎたせいで、思わず大声を上げてのけぞった瞬間——


ゴツーンッ!


ケルネリウスとアンネリーゼの額が見事にぶつかり、鈍い音が遺跡の中に響き渡った。


「「いったぁぁぁぁ……」」


二人で額をさすりながら、しばらく沈黙が続くと、ケルネリウスが改めて問いかけた。


「お前……大丈夫なのか?」


アンネリーゼは、先ほどの出来事を端的に語った。


「ええ……サイレーンに会ってきたわ。彼女は、シルトクレーテと一緒に旅をしていた女性だったの。この地で何が起きたのかも、全部聞いてきた。」


少し沈んだ声で話すアンネリーゼ。


ケルネリウスも、それ以上は聞かない方がいいと察したのか、黙って頷いた。


「そうか……」


「でもね!もう大丈夫!あとは私が、おいし~く料理して食べてあげるだけだもの!」


ぱっと表情が明るくなり、アンネリーゼは目の前の巨大な魔物の亡骸を見つめる。


「ここまで大きいと連れて帰れないから、ここで簡単に捌いてから、業務用冷蔵庫にしまって持って帰りましょう!」


さっきまでの沈んだ声はどこへやら。


アンネリーゼの瞳はキラキラと輝き、すでに“食材”としての未来しか見ていなかった。


ケルネリウスは、そんな彼女を見て、ため息をひとつ。


「……お前、ほんとブレねぇな……」


しかしその声はアンネリーゼに届いていない。


「…んふふ…今日は何にしようかしら。エビフライ?イカフライも捨てがたいけど…カニやウニに、貝もあるし…やっぱりここは…あれしかないわね…んふふ…皆の顔が今から楽しみだわぁぁぁぁぁ!!」


その声は、遺跡の静寂を突き破るように響き渡った。ケルネリウスは、頭を抱えながらぽつりと呟く。


「…ククク…やっぱ辛気臭ぇのは似合わねぇよな…こっちのアンネリーゼの方がしっくりくる。」


目の前では、アンネリーゼが笑顔でクラーケンとカンマールスを捌いている。


その姿を見て、ケルネリウスはようやく、ホッと一息つくのだった。
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