荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女とアグニ・フォルジュ

トカゲちゃん。酢蜥蜴になる!?

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――時は少し遡り、


ケルネリウスがアグニ・フォルジュと邂逅していた頃。


マグマの泉のほとりでは、アンネリーゼが巨大な中華包丁を手に、


イグナ・ヴァルスの解体準備を始めていた。


「さて…と。せっかくだから、トカゲちゃんを酢豚風に料理していきましょうか!」


彼女の声は、どこか楽しげで――


まるで料理番組のオープニングのようだった。


「ふんふんふーん♪と・か・げ・ちゃぁぁぁ~ん♪おいしくなぁ~れ♪」


鼻歌を歌いながら包丁を振り回すその姿は、どう見ても“大聖女”とは言い難い。


「お、お前……本当に我を食べる気か?」


イグナ・ヴァルスの分身体が恐る恐る声をかけると、


アンネリーゼはくるりと包丁を回し、笑顔で答えた。


「えぇ、もちろんよ!だってそのために来たんだもの。それに――」


一度言葉を切ると、ごくりと喉を鳴らし、口元を拭った。


「トカゲちゃんの肩肉、さっきブレスを放ってたからちょうどいい火入れになってるのよ♪ぜーったい酢豚に合うと思うのよね!あ……豚じゃなくてトカゲだから酢トカゲかしら?まぁ、どっちでもいっかぁぁぁ!!ふふふ……楽しみねぇ!」


味の想像をしながら、中華包丁を振ってイグナ・ヴァルスを解体していく。


「……狂気だ」


「違うわ。これはね――私なりの愛の形なの!」


そう言って微笑む姿は、誰もが見惚れるほどに美しい。


「そ、そうか…」

(自分が目の前で解体されていく姿を見るとは…何とも変な感じだ。)


イグナ・ヴァルスの分身体は、自分が解体されていく姿を見てげんなりしていたが、そんなことを気にも留めていないアンネリーゼは、目の前にあるイグナ・ヴァルスを部位ごとに綺麗に切り分けていく。


そして――食べようと思っていた部位以外は“業務用冷蔵庫”へとしまった。


「む…?全部食べるのではないのか?」


「え!?全部!?さすがにいくら私が食い意地張っていても、それは無理よぉ!!」


目の前で手をパタパタと横に振る。


(いや…お前ならすべて食べられそうだがな…)


思わず心の声がこぼれそうになったイグナ・ヴァルスは、短い腕で自分の口に蓋をした。


「今日のメインディッシュはこれ!!トカゲちゃんの肩肉、いただくわ!ふふ…さっきブレスを放ってたから、絶対おいしいと思うのよね」


ドーンっと宝物を見つけた子供のような顔で、アンネリーゼは目の前に肉の塊を置く。


と、同時に――
包丁の背で、


“ドーントン♪ トーントトーン♪”


和太鼓を叩くように肩肉を叩き始めた。


包丁の音がマグマの泉に響く。


「まずは下処理からよ。竜肉は筋が強いから、こうやって叩いて繊維をほぐすの」


包丁で叩き始めると、肩肉は先ほどよりもつややかになり、表面に細かな亀裂が走って、味が染み込みやすい状態になっていく。


「ふふ……いい感じ。トカゲちゃん、筋肉質だけど火入れ次第でとろけると思うのよね」


戦ったときに、イグナ・ヴァルスが筋肉質であると見抜いていたアンネリーゼ。


さすが、“食いしん坊”と呼ばれるだけのことはある。


ある程度肉が柔らかくなったのがわかると、肩肉を一口大に切っていく。


「さすがだわ!力を入れなくてもスッと切れていくなんて…これは絶対おいしいわね。」


アンネリーゼは、下味用の香辛料を取り出す。


花椒、五香粉、岩塩、そしてケルネリウスが大事に育てていた瘴気を抑える香草。


「さあ、味付けよ。あなたの魂に、香りと旨味を刻み込んであげる」


“パッパッパッ”


香辛料が舞い、肉が香りに包まれる。



「うはぁぁぁ~いぃ~匂い~!!」


下味をつけた竜肉を片栗粉で包むとマグマの泉の縁に岩鍋を据える。


「さあ、ここからが本番よ。竜肉は火入れが命。一瞬で旨味を閉じ込めるの!!」


香味油を鍋に流し込むとニンニク、生姜の順で入れていくとパチパチと油の中でダンスを始めた。


火の温度が上がっていくにつれ、香ばしい匂いがマグマの泉を包み込む。


“ジュワァァァ!!”


香りが爆発し、空気が一気に“厨房”へと変わった。


「む…こ、これは…うまそうだな…」


まだお肉を入れたわけではないのに、口の中が大洪水になっているイグナ・ヴァルス…。


「あなた…共食いになるけどいいわけ?」





アンネリーゼからの言葉に思わず絶句する。



「お、おま…気づいていたのか…!?」


「気づいていたも何も…あなた何度も言っていたじゃない。本体が倒れたらあなたも倒れるかと思っていたんだけど、どうやら違ったようね。まっ!よかったじゃない!生き残れて。」


あまり興味がないのか、目の前の中華鍋を見続けるアンネリーゼは温度を確認すると竜肉を鍋に投入していく。


「油温、完璧。いくわよ――トカゲちゃん、とーうっにゅぅううう!」


肉を一切れずつ丁寧に鍋へ滑り込ませる。


“ジュワッ…ジュワワッ!!”


肉が油の中で楽しそうにダンスを始めた。

時間がたつにつれ…表面がカリッと揚がり、黄金色に染まっていく。


「ふふ……この音、この香り、この暴力的な旨味――最高ね!」


鍋の中では、竜肉が跳ね、香味油が弾け、まるで祝祭の太鼓のようにリズムを刻んでいた。


イグナ・ヴァルスの分身体は、鍋の音を聞きながらおいしそうなにおいに胸を躍らせる。。


(……これはもはや、料理ではなく儀式…いや…パーティーか。)


アンネリーゼは、揚げ終えた肉をザルにあげる。


“カリッ…カリッ…”


油を切る音が、静かに響く。


「よし、揚げ完了。この竜肉、絶対に甘酢ソースと相性抜群よ」


彼女は鍋を拭き、次なる工程――爆炒の準備に入った瞬間――



手前の通路からケルネリウスがひょっこりと顔を出した。


「あら…思ったより早かったじゃない。」


「お、お前…珍しく俺のことを…」


待っててくれたのか…と続けようとすれば…。


「ちょっとてこずったのよ。別に待っていたわけじゃないわ!」


と帰ってくる。その手には中華包丁と、中華鍋…そして、いつも通り、赤く染まったアンネリーゼがにこりと笑っていた。



「くっ……」


急に笑い出すケルネリウスに首を傾げる。


「どうしたの…?急に笑って…。」



「くくッ…いや…なんかいつもの日常に戻ってきたなと思ってな…」


数週間、マグマの中でイグナ・ヴァルスと過ごし、シモンに身体を貸していたケルネリウス。

アンネリーゼの姿をみて、「自分の居場所はここだったんだな」とどこかほっとした。



「そ、そう…?まぁいいわ。そこに座って居てちょうだい?もうすぐできるから!」

揚げ終えた竜肉をザルにあげたアンネリーゼは、

鍋を一度拭き取り、次なる工程――甘酢ソースの調合に取りかかる。


「さあ、ここからが味の決め手!これ次第で料理のおいしさは格段に変わるわ!甘酢ソースはね、竜肉の暴力的な旨味を包み込む“祝福の香り”なの」

よくわからない言葉を並べるアンネリーゼに思わず首を傾げるイグナ・ヴァルス。

黒酢、お酒、塩、砂糖、醤油を甘さ3、酸味2、旨味1の割合で調合していく。


そして温まっている中華鍋に一気に流し込んだ。


“ポコポコ…ジュワッ…”


「ん~いい匂いね!さあ、野菜たちも踊ってもらいましょう!」


一口大に切ったパイナップル、ピーマン、櫛切りに切った玉ねぎを投入。


すると、待ってましたと言わんばかりに鍋の中で色とりどりの具材が跳ねる。


「さぁ今日のメインディッシュ――トカゲちゃん、再投入!!」


カリッカリにあげたイグナ・ヴァルスを戻すと甘酢ソースと絡める。


“ジュワァァァァァ!!”


鍋の中で、竜肉が踊る。


甘酢が弾け、香りが空間を支配する。


「仕上げよ――爆炒・聖女流!」


アンネリーゼは鍋を高く振り上げ、


最後の一炒め。


“ゴォン!!”


香りが爆発し、マグマの熱と混ざり合って、空気が甘酸っぱく満たされた。


「完成――酢トカゲ!!」


皿に盛られた竜肉は、黄金色に輝き、


パイナップルの酸味と甘酢の香りが、空間を祝福するように漂っていた。


***

「さぁ、食べましょ♪」

アンネリーゼが皿を差し出すと、ケルネリウスは静かにそれを受け取った。


黄金色に輝く竜肉、甘酢の香り、パイナップルの酸味――


それは、戦いの余韻を包み込むような温かさだった。


「いただきます。」

二人で祈りの歌を捧げると、ケルネリウスは一切れを箸でつまみ、口に運ぶ。


“カリッ…ジュワ…”


竜肉の表面は香ばしく、噛めば中から熱と旨味が溢れ出した。


甘酢ソースがそれを優しく包み込み、パイナップルの酸味が後味を引き締める。


「……うまいな。あいつ、こんな味になるとは思わなかった」


アンネリーゼは満足げに頷く。


「でしょ?ブレスの火入れが完璧だったのよ。あの瞬間、私の中で“レシピ”が完成したの。今日のごはんは酢豚で決まりってね!あ、酢豚じゃなくて酢トカゲだったわ!」


アンネリーゼはケルネリウスが食べる姿を見てから、箸で竜肉をつかむと口へと運ぶ。


“カリッ…ジュワァァァ~”


口の中に広がる旨味と、甘酢ソースの酸味と甘み。


頬がとろけるほどの幸福感に、アンネリーゼは思わず叫んだ。


「――――んんんん~~~~~~お~~~いしぃぃい~~!!!さいっこぉぉぉ!!」


勝者だけが味わえる、戦いの果ての一皿。


その味に、涙がこぼれる。


「お、おい……泣くほど美味しかったか……!?」


ケルネリウスが驚いて声をかけると、アンネリーゼは涙をぬぐいながら、笑顔で答えた。


「ふふふ……うん!最近は何を食べてもおいしくなかったから……リースと一緒に食べられて、ほんとによかったわ!」


その言葉に、ケルネリウスは一瞬手を止めて、湯気の向こうにいるアンネリーゼの顔を見つめた。


彼女の笑顔は、ほんの少しだけ――寂しげだった。


「アンナ……」


「ん?なぁに~?」


先ほどの涙も、寂しげな表情も、何もなかったかのように、アンネリーゼは箸を動かし続ける。


ケルネリウスは、少しだけ目を伏せて、「……気のせいか」と、ひとり納得した。


そして、また一切れ――


“カリッ…ジュワ…”


竜肉の旨味が、静かに彼の心を満たしていった。


「うん…うまいな…」


ケルネリウスの言葉はマグマの中へと溶けていった。
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