荒地に配属された食いしん坊聖女。いつの間にかラスボス認定されていたようです。

ゆずこしょう

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食いしん坊聖女の帰還と迫る影

ラファリエール家への深夜の来訪者

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「頼む! 開けてくれぇぇぇ~!」


――ドンドンドンッ!!


「なんだ……!?」


「誰だ、こんな真夜中に……」


アンネリーゼたちが“お酒”を手に入れた頃――


ラファリエール公爵家の門前に、とある人物が現れていた。


時計の針は、すでに日付を越えている。


何事かと皆が外へ出ると、そこには――


よれよれになった国王、エドワーズ・ルシフェールと王妃アグランヌが、すがるような目でラファリエール邸を見上げていた。


衣服は泥にまみれ、王妃の髪は乱れ、国王の肩は小刻みに震えている。


その姿は、かつて玉座に君臨していた者とは思えなかった。


「……いつか来るとは思っていたがな」


ダミアンが低く呟く。


「マナーも何も、もう残ってないんでしょうね」


イアンは冷たい声で、窓越しに二人を見下ろした。


一瞬静寂が訪れる。


(本当に迷惑な奴らだ…。)


それから二人は顔を見合わせ、深く、重いため息を吐いた。


ラファリエール公爵家が独立を宣言して以降、門は固く閉ざされ、貴族や王族の立ち入りは禁じられている。


「門前は、国民たちの大移動で混雑していたはず。一人ひとり身元を確認しながらの作業なので、時間がかかっていたのですが……」


「割って入ってきたんだろうな。あいつのことだ。門番に金でも握らせたか、家族を人質にでも取って、無理矢理通ったんだろう」


「恐らく、後者ですね。もう王族が自由にできる金は残っていないはずですから」


イアンは、イザークから王都の現状を細かく聞いていた。



アンネリーゼたちが姿を消して以降――


王家の者たちは、実に一年もの間、彼女がいないことにすら気づかなかった。


その間に、王都は静かに、確実に腐っていった。


魔物の被害は増え、農作物は育たず、瘴気を取り込んだ作物は魔物の餌となり、魔物たちはさらに狂暴化した。


国民たちは疲弊し、払える金もなくなっていた。


それでも王族に属する貴族たちは、何も知らぬふりで贅沢三昧。


毎日のように装飾品やドレスを買い替え、夜会やお茶会を開いていた。


「……それはそうだろうな。国民は逃げ出し、国庫は空っぽ。もはや、税を納める者すらいない」


隣でつぶやいたダミアンの声は、容赦なく現実を突きつけた。


王家が“見て見ぬふり”を続けた代償は、あまりにも大きかった。


ダミアンは屋敷の外に視線を戻す。


よれよれになった国王と王妃が、まるで打ち捨てられた人形のように、地に膝をつき、門の前でうずくまっていた。


「……エドワーズよ。無知は罪ではない。だが、無関心は罪だ。お前はもっと早く気づけたはずだ。タイミングは、いくらでもあったというのにな……」


その姿に、かつての威厳は、もはや微塵も残っていなかった。


沈黙が、屋敷の中に重く降りる。


「ブラス。あとは話した通りに頼んだ」


「はい、承知いたしました」


ダミアンの従者の一人、ブラスが軽く頭を下げると、無言のまま門前へと向かった。


イアンとダミアンは、その後ろ姿を見つめると、これから起こるであろう未来を思い描きながら、再び外へと視線を戻した。


「……あれが、国の頂点に立っていた者の末路か」


イアンの声は、どこか遠くを見つめるように、乾いていた。


***


「申し訳ございません。旦那様があなた様にお会いすることはございません」


「な、なぜだ!? 私は国王だぞ! 国王の言うことを聞くのが貴族としての務めだろうが!!」


門前を見つめるイアンとダミアンの視線の先で、ブラスがツカツカと国王夫妻の元へと歩み寄っていく。


王妃は言葉もなく、ただ震える手で国王の袖を握っていた。


「なぜ…と言われましても…あなた様の元にもすでに旦那様から手紙が届いておりますよね?それが全ての答えです。」


「手紙は……もらった。だが、返事はしていないはずだ。だから、無効だろうが……!」


二人の間に、沈黙が落ちた。


ブラスは、ほんのわずかに首を傾ける。


その仕草は、礼儀を保ちながらも、まるで“理解できないもの”を眺めるような冷ややかさを帯びていた。


そして、丁寧な口調のまま、容赦なく言葉を突きつける。


「……無効、ですか? ですが、こちらは最初から許可など求めておりませんので」


その声音には、怒りも憐れみもなかった。


ただ、事実だけを告げる者の、乾いた響きがあった。


ラファリエール公爵領は、名目上こそルシフェール国の一部である。


だが、アンネリーゼが姿を消したあの日から――


ラファリエール領は、王の声が届かぬ領地となった。もはや国の外にあると言っても、誰も否定はしないだろう。


たとえ王が命じようと、もはや誰も従わない。


それが、彼らが選び取った“見て見ぬふり”の果てだった。


「お、お前…!仮にも従者の分際でそんな口をきいても良いと思っているのか!?私はダミアンと血のつながっている従兄弟なんだぞ。あいつにだって王の血が流れているのだ。こうなってしまったのはあいつも同罪であろうが!ダミアン!聞こえるているんだろう!?さっさと出てこい!!」


まさかの言葉に一同唖然とする。


確かに血はつながっているが、あくまでも公爵家としての血のみ…。


「私には王家の血など一滴も流れていないのだがな…あいつは何を言っているんだ…。」


ダミアンは思わず天を仰いだ。
その瞳には、呆れと怒りと、そしてほんのわずかな哀れみが混じっていた。


「所詮、どこまでいっても変わらないか…少しでも国民に耳を傾け、今の状態を打開したいと思うのであれば…と思っていたが…無理なようだ。」


ダミアンもそこまで鬼ではない。


少しでもルシフェール王家が変わってくれるのであれば、現状を打開する方法を共に考え、より良い国を築くことに協力するつもりだった。


「父上……どうやらタイムリミットのようです」


イアンの声が、ダミアンの肩に重くのしかかる。


「……そうだな。一応血縁者として、少しは期待をしてみたが……。折角、先延ばしにしてくれたのに……すまないことをした」


「いいえ。私たちだって、できれば協力し合いたいと思っていました。どこまでも過去のしがらみに縛られるものではない……と」


セラフィエル帝国の元皇帝としての前世の記憶を持つイアン。


彼もまた、ルシフェール国の地に新たに生まれ育ち、思うことがあった。


「憎しみは憎しみしか生まない……。だからこそ、ここで断ち切らねばならなかった。そのためには、王家が少しでも変わってくれる必要があったのです」


前世の記憶を持つイアンにとって、ルシフェール国はセラフィエル帝国を滅ぼした憎むべき存在だった。


それでも、憎み切ることはできなかった。


それは、彼が優しかったからというだけではない。


皇帝として民を思う気持ちが、彼の中で何よりも強く残っていたからだ。


だからこそ、彼は望んでいた。


血ではなく意思で、過去ではなく未来で、国を繋ぎ直すことを。


窓越しにいまだに叫んでいるルシフェール国王を見る。


「どうしますか…父上。このままでもいいですが。」


「ふむ…とりあえず離れにでも入れておくか。あそこで野垂れ死にでもされたら、先祖様に顔向けできん。それに…ルシフェール国に今帰ったところで魔物の餌にされて終わりだろう。」


その言葉を聞いていた別の従者がブラスの元へ向かう。


そして国王と王妃は両腕を従者に掴まれたまま離れの方へと引きずられていった。


その姿は王族ではなく、まるで罪人のようだった。


「はなせぇぇぇぇぇ~~~!まだ話はすんでおらんぞぉぉぉ~!隠れてみているのは知っているぞ!この…一家の恥さらしがぁぁぁ~~!!」

ラファリエール公爵家の外に、負け犬の遠吠えのような国王の叫びが響き渡る。


その声は、かつて民を導くはずだった威厳とは程遠く、ただ空しく夜気に溶けていった。


窓越しにその姿を見つめるイアンの瞳は、冷たくも静かだった。


彼の中には、前世の憎しみと、今世の慈しみがせめぎ合っていた。


「……憎しみは憎しみしか生まない、か……」


その言葉は、王族の遠吠えをかき消すように、屋敷の中に重く響いた。


まるで、この地に新たな秩序が芽吹くことを告げる鐘の音のように――


静寂の中に、次なる戦いへの気配が確かに満ちていた。


「私たちは次の準備をしましょう。……そろそろ決戦は近い」


「そうだな。一度プロセルピナ神殿へ向かおう。アンナも戻ってきているはずだ」


国王と王妃が引きずられていく姿を横目に、二人はすでに次を見据えていた。


過去は断ち切られ、未来は迫り来る。


決戦は、すぐそこまで近づいていた。


その足音は、夜の静寂を破り、誰も逃れられぬ未来を重々しく告げていた。


……そして物語は、静かに決戦への道を歩み始める。
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