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第二章・少女剣士たちとの出会い
裸の話し合い
しおりを挟む「この……っ! 覗きどころか堂々と女湯に侵入して来るとは!! さては、武神刀を持たない私たちを手籠めにするつもりだな!?」
「いやいやいや! 待て待て待て!! 違うっ! そうじゃないっ!」
「何が違うだ! 実際にお前たちはこうして風呂にいるじゃないか! この期に及んで言い訳など、見苦しいことをするな!!」
「わーっ! 取り敢えず前、隠せっ!! 色々と丸見えだろうが!!」
「うっっ! きゃあっ!! き、貴様ら……! 許さん! 絶対に許さんぞっ!!」
こころの悲鳴を皮切りにして繰り広げられる燈と栞桜のやり取り。
怒りのままに物凄い剣幕で燈に詰め寄る栞桜であったが、自身が裸であることと、それを隠すものを何も身に着けていないことを指摘された瞬間、彼女は顔を真っ赤にしてその場に蹲った。
こころもまた大慌てで自分の体を抱き締めるようにして大事な場所を隠し、燈たちの視界に入らぬように物陰に隠れる。
そうして、当然の疑問を彼らに投げかけた。
「ど、どうして燈くんと蒼さんがここに居るの!? 今の時間は、女湯の割り当てのはずでしょ!?」
「え……? ぼ、僕たちは、今が男風呂の時間だから入ってくれって聞かされたんだけど……?」
「ふざけたことを言うな! そんな馬鹿なことを言う奴がどこに――」
「あ、それ、あたしが言ったよ! 時間を嘘ついて伝えました!」
「やよいっ!? ななななな、何てことをして……いや、何でそんなことをした!?」
風呂の割り当て時間をわざと間違えて教えたというやよいの告白に完全に動揺しながら栞桜がその真意を訪ねる。
この場においてたった一人だけ平然としているやよいは、なんてことでもないように自分の体に掛け湯しながら、栞桜へとこう答えた。
「一度、きちんと話しておこうと思ったんだよね。これから同じ武士団で戦う仲間だもん、おばば様抜きで腹を割って話す機会が必要でしょ?」
「そりゃあ、そうかもしれないけどよ……どうして、風呂でそんなことしなきゃならねんだよ?」
「なんかそれっぽいじゃん! 裸で包み隠さず話をするってさ!」
「そ、そんな理由で……?」
にししっ、と愉快そうに笑ったやよいは、軽く跳ねて露天風呂の中に飛び込む。
白濁した温泉のお陰でようやく彼女のことをまともに見れるようになった男性陣はほっとするも、まだこの場には全裸の少女が二人もいることに気が付いて再び体を強張らせた。
「……ほら、二人も早くしなよ。そこでずっと蹲ってるより、こっちの方が体を見られずに済むと思うよ」
「うぅぅ……信じてるからこっちを見ないでね、燈くん……」
「後で殺す。何があってもお前たちは殺す……!!」
泣き言と恨み言を口にしながら、こころと栞桜も他の面々と同じように湯船に浸かった。
「さてと……それじゃあ、お話をしよっか! 同じ武士団の仲間になる者として、お互いにきちんと自分の意見を喋ろうね!」
「私はこいつらを仲間として認めていない! 共に武士団を立ち上げるつもりなどない!」
「なら、その理由をちゃんと教えてあげなよ。ここはそのために用意した場なんだからさ」
微妙に落ち着かず、温泉に浸かっているというのに緊張感が張り詰める露天風呂の中で、話し合いの口火を切ったのはやはりやよいだ。
同じ調子で燈たちを認めないと息巻く栞桜を窘めつつ、彼女に説明の機会を与える彼女の立ち回りに舌を巻きつつ、ここで前に出なければ一層男らしくないと嘲られてしまうと考えた蒼は、思い切って彼女に質問を投げかけることにした。
「じゃあ、一つ良いかな? 君の口振りからすると、僕たちのことを仲間として認めてくれてるみたいだけど……それは本心なの?」
「勿論だよ! あなたたちはあたしたちより強いし、悪い人たちじゃないってことも何となくわかったしね! ただ、若干気になることがあるから、その部分について話を聞かせてほしいかな!」
「何だい? その、気になることっていうのは?」
「う~んとね~……燈くんとこころちゃんは、何処から来たのかな? ってことかな!」
「!?!?!?」
やよいが口にしたその言葉に、燈とこころがびくりと体を震わせて反応を見せる。
そんな彼らの反応をよそに、やよいは質問に意味を詳しく述べ始めた。
「な~んか二人とも、浮世離れしてるっていうか……あたしたちと根本的に違う気がするんだよね~。農民とか町人出身にしては泥臭さが薄いし、貴族だとすると高貴さが足りない。こころちゃんが元遊女ってことと燈くんと前からの顔見知りって情報から繋げると、考えられる出自としては、あたしたちが知らない風習がある、何処か遠くの国から売り飛ばされた人間……ってくらいしか思いつかないんだよね」
「驚いたな……昼間の椿の一言から、そこまで考えるか?」
「あたしの勘が大分入った推理だけどね~。でも、この辺の違和感についてはちょっと話を聞きたいかな~、って。二人が良ければの話だけどさ」
大筋が合っているやよいの推理に驚きつつ、燈はこころと顔を見合わせる。
特に迷いなく、小さく頷いて肯定の意を返してくれた彼女の反応を確認した燈は、ふぅと息を吐いてから口を開いた。
「まあ、概ね当たってるな。実は、俺と椿は別の世界から来た人間なんだ」
「別の世界? 何それ!? 詳しく聞きたい聞きたい!!」
「あ、ああ、話すと長くなるんだが――」
やよいたちにならば話しても大丈夫かと判断した燈は、これまでの経緯を掻い摘んでやよいたちに話す。
自分が元は別の世界で生きていたただの高校生であったことから始まり、仲間たちに追放されてから宗正に拾ってもらって弟子にしてもらったことや、(童貞卒業の儀式については話さなかったが)輝夜の町で同じく仲間から裏切られたこころを救うために悪戦苦闘したことなどを話した燈は、久々の長話を終えて一息つく。
「とまあ、こんな感じだ。わかってくれたか?」
「……うん、わかったよ。燈くんもこころちゃんも、思ってた以上に苦労してるんだね」
意外にも静かに燈の話を聞いていたやよいは、開口一番に穏やかな口調でそう述べた。
これまで見てきた騒がしい彼女の姿とは随分と差があるその態度に少し驚きつつ、燈が今度は栞桜へと視線を向けると――
「まだ、数か月だと? 武神刀を手にしてそれだけの期間で、私と互角に……!?」
彼女は、愕然としながら恨みがましい視線を燈へと向けていた。
その視線に背筋を伸ばしつつ、それでも栞桜の機嫌を取るようにして、燈は彼女へとこう告げる。
「い、いや、俺の場合は持ってる気力が馬鹿みたいに多いみたいで、それを上手いこと師匠に開花させてもらったからっていう才能の部分がデカいだけであって、剣の腕前はまだまだだぜ? 今までの戦いもほぼ力技でのごり押しで乗り越えてきたし、お前との勝負もあのまま続いてたら正直危なかったっていうか……」
「それは謙遜に見せかけた自慢か? ほんの少しだけ訓練をしただけで、お前程度の相手ならば十分に渡り合えるとでも言いたいのか?」
「ちげぇよ! なんでそう悪い意味で受け止めるんだっつーの!? 俺は、純粋にお前が強いって言いたいだけ……ぶべっ!?」
突如として投げつけられた風呂桶が顔面に直撃し、カエルの鳴き声のような呻きを上げる燈。
鼻っ面を抑え、涙目になりながら、それを行った栞桜へと文句をつけようとした彼は、視線の先にある彼女の姿に声を詰まらせる。
「……馬鹿に、するな。お前にはわからないだろう。天賦の才を持ち、何もかもに恵まれたお前には……!!」
「……どういう意味だ? お前は俺に、何を言いたい?」
悔しさと、悲しみと、怒り。複雑な感情が入り混じった栞桜の表情。
痛みと生理反応で涙を浮かべている燈同様に、彼女の瞳にもうっすらと涙が溜まっている。それが何の涙であるかは判らないが、とても重要な意味を持つことは燈にも理解出来た。
「……私はお前たちを認めない。言いたい事はそれだけだ。先に出る」
「あっ……!!」
一方的に言葉を投げつけ、憮然とした態度のまま、栞桜はざぱりと湯を巻き上げながら立ち上がった。
裸である彼女の背を見つめるわけにもいかず、視線を逸らして露天風呂から出て行く彼女に対して何も出来ないまま、燈は静かに歯噛みする。
何か、妙な感覚。今までの栞桜の激しい怒りとは違う、悲しみを伴った怒りが彼女の胸の内にあった。
ぴしゃりと音を立て、脱衣所へと続く扉を閉めた彼女の背を見送ったこころは、きっと決意を固めた表情を浮かべるとこの場に集まる面々に対して言う。
「私、栞桜さんを追うよ。なんか、今のあの人は放っておけない気がするから」
「……おう、頼む。俺が行くと、余計に話がこじれそうだ」
こころの申し出に感謝しつつ、燈は小さく呟きを漏らす。
栞桜と同じように湯船から立ち上がったこころは、小走りで彼女を追って露天風呂から出て行った。
「……なあ、あいつは何でああまで頑ななんだ? 何か、理由があるんだろ?」
今までずっと、栞桜が自分に対して辛辣な態度を取り続けるのは、男嫌いで頑固な彼女の性格故のものだと燈は思っていた。
だが、先の彼女の様子から、そういった単純な理由だけではない複雑な事情を抱えているような雰囲気が感じ取った燈は、栞桜の親友であるやよいへとその答えを求める。
しかし、やよいは目を閉じたまま首を振ると、静かな口調でこう答えた。
「それは、今のあたしの口からは言えない。栞桜ちゃんの抱えているものをあたしが勝手に話すわけにはいかないから」
「……だな。本人のいないところで、そういう大事な話は出来ねえか」
「燈くん、栞桜ちゃんのことが気がかりなら、栞桜ちゃんがどうしてあんな態度を取るのか一生懸命考えてあげて。その答えが間違ってても構わない。あの子にとって、誰かに思いっきり心配されるってことが大事なことだと思うからさ」
「……おう」
何か意味深なやよいの言葉にも深くは突っ込まず、了解の返事だけを返す燈。
そこから、露天風呂に残された者たちの間には暫し無言の時間が流れた。
何かを話すわけでもなく、されど風呂を出ることを提案も出来ず、ままならぬ時間を過ごす三人の中で、最初に動いたのは燈だ。
「悪い、先に出るわ。物を考えるのに風呂場は向いてねえ。このままだとのぼせちまう」
栞桜とこころが脱衣所から出るのを待っていたのか、それだけ言い残すと燈はさっさと露天風呂から上がってしまった。
残されたのは、この話し合いの発案者であるやよいと彼女と立ち会った蒼だけ。
裸の男女が二人きりという羨ましい状況であるにも関わらず、まるでそういった甘さを感じさせない雰囲気の中、やよいが口を開く。
「あなたは出ないの? まだあたしと話がしたい? それとも……栞桜ちゃんの言う通り、あたしを襲って手籠めにするつもりかにゃ~?」
「揶揄わないでくれ。僕はそんなことはしないよ」
「うん、知ってる! あなたにそんな度胸があるはずないもんね! にゃははははっ!!」
揶揄いか、純粋な悪口か。そのどちらとも取れるやよいの発言に多少屈辱を感じる蒼。
そんな彼がこの場に残っている理由を察しているやよいは、ひとしきり笑った後で核心を突く発言を漏らす。
「別に、あなたのことは嫌いじゃないよ。あの戦いの中で言ったのは、あなたを動揺させるための嘘。だけど……十割嘘だともいえないかな」
「優しさと甘さは違う……生温い甘さを持つ僕のことを、君は信用出来ないと?」
「まあね。……優しいことは素敵なことだと思うよ。でも、武士団を結成して活動を始めたら、非情な覚悟を固めて動かなきゃいけないって時が必ず来る。そういう時、あなたは誰かを切り捨てる決断を下すことが出来る?」
「………」
やよいの言っていることは正しい。武士団という、妖と戦い続ける軍団を結成したならば、その運営や戦いの中で非情な決断を下さなければならない時は必ず訪れるだろう。
そうでなくとも、女子供に化けた妖を相手にして、それを斬ることを躊躇うなんて甘すぎる選択をしてしまいそうな蒼のことをやよいが警戒するのは当然のことだ。
「あなたは優しいし、強い。燈くんとこころちゃんが信頼を寄せるのも判る。頭の回転だって速いし、能力としては本当に優秀なんだと思うよ。でもね――」
やよいが湯船から立ち上がる。胸も尻も、一糸纏わぬ己の裸体を隠すことなく、むしろ蒼に見せつけるようにして近づいていく。
反射的に、蒼は彼女から視線を逸らし、硬く目を閉じてその姿を見ないようにした。
潔癖な性格をしている彼の予想通りの反応。それに眉一つ動かさず、やよいは蒼の目の前に立つと、その頭をこつんと叩く。
「――あなたには弱点が多い。その源は、甘すぎるその性格……死ぬまで抵抗を続けようとする相手は最低でも気絶させる。女の武器を使って接近する相手には常に警戒を払う。それくらい、出来て当然じゃないかな? 別の世界から来たばかりで、武士としての心構えが出来ていない燈くんがそうだっていうならまだわかるけど……あなたは、そうじゃないでしょう?」
「っっ……!」
「……ここまで酷いことを言ってるけどさ、あたしはあなたのことを結構評価してるんだよ? だから、最大の弱点であるその甘さを克服してほしいの。せめて、隠す気のない女の裸くらいは平然と見れるようにならなきゃ、あたしがしたみたいに簡単に隙を突けちゃう。その馬鹿真面目で、大甘な性格さえどうにか出来れば……きっと、あなたはもっと強くなれるから」
蒼の耳元でそう囁いた後、やよいは彼に背を向けて露天風呂から去っていった。
厳しくも優しさを感じられるその指摘と、昼間からずっと感じていた不甲斐なさを改めて突き付けられた蒼は、白く濁った湯船の中に頭を沈め、再び顔を出してから一人呟く。
「甘い、か……自分でもうんざりするな、まったく……」
誰よりも幼く見えるやよいが、自分たちの中で一番大人だ。
逆に、誰よりもしっかりしなければならない自分が、仲間たちの中で一番幼いのかもしれない。
この甘さを捨て、もっとしっかりとしなければならない立場にいることを自覚している蒼は、先のやよいからの言葉を何度も反芻して深く心に刻み込むのであった。
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