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第二章・少女剣士たちとの出会い
こころと栞桜
しおりを挟む「なにをやっているんだ、私は……っ!」
蒼とやよいが風呂で話している頃、真っ先に話し合いから抜けた栞桜はというと、屋敷の縁側で一人項垂れていた。
先の自分の行動を思い返し、まるきり子供が拗ねているようではないかと惨めな気分を抱く彼女の背に、恐る恐るといった様子の声が投げかけられる。
「あ、あの……大丈夫、ですか……?」
「……お前、は……」
振り返った栞桜が目にしたのは、自分と同じ寝間着を纏ったこころであった。
多少の気後れを見せながらも自分を気遣ってくれているその眼差しから、彼女が自分を追ってきたことを感じ取った栞桜は、若干のいたたまれなさから口を真一文字に結んで何も話せなくなってしまう。
「隣、いいですかね……?」
「……ああ」
栞桜が腰かける縁側に、少し距離を空けてこころが座る。
互いに無言のまま、星が光る夜空を見つめ続ける中、俯いていた栞桜が小さな声でこころへと口を開いた。
「悪かった、な……その、お前の事情も知らず、元遊女だなんて馬鹿にした発言をして……」
「あ……! 大丈夫、です。本当に、気にしてませんから」
「……あの男の言う通りだ。お前たちの事情など何も知らないのに、酷いことを言ってしまった……風呂でのことも、私が全部悪い。きっと、あいつも気分を悪くしただろう」
意外にもあっさりと非を認め、自分たちへの謝罪の言葉から会話の切り口を作った栞桜に驚きを隠せないこころ。
今の彼女からは昼間の戦いや風呂場で見せていた気丈な女性としての雰囲気がまるで感じられず、逆に弱く危うい雰囲気が漂っている。
もしかしたら、この弱々しい姿が栞桜の本当の性格なのかもしれないと思いつつ、こころは不躾であるとは理解しながらも彼女の心に踏み込むために、栞桜に質問を投げかけた。
「あの……どうして、あんなに燈くんを目の敵にするんですか? 男の人が嫌いだっていうのは雰囲気的にわかりますけど、どうしてそこまで……?」
こころが一番気になっていたこと、それは、燈に対する栞桜の態度だ。
自分の周囲にも男嫌いの人間はいたが、栞桜ほど酷い態度を取る者はいなかった。彼女の燈たちに対する行動は、明らかに度が過ぎている。
どうして栞桜はそこまで男を目の敵にするのか? と疑問を投げかけてきたこころに対して、膝を抱えた栞桜は今までの強気な態度が嘘であるかのようにか細い声でこう答える。
「男は、嫌いだ。誰もが私たちに女らしくなれと言う。刀なんて捨てて、おばば様のように針仕事に精を出して、強い子を産めと言い続ける……どんなに努力したところで俺たちには敵わないのだから、無駄なことをするなと私たちを嘲笑う……! だから、男は嫌いだ。でも、それ以上に……そんな男たちに勝てない自分自身が不甲斐なくて大嫌いだ……っ!!」
「栞桜、さん……」
ぽつり、ぽつりと自分の心の中にある濁りを語る栞桜。その言葉に耳を傾けるこころの表情も、栞桜の苦し気な声に釣られて悲痛な色に染まっていく。
ほんの少しだが、こころは栞桜という少女の本質を理解し始めていた。
昼間に見せた荒々しい姿の彼女も、今自分の前に在る弱々しい姿の彼女も、どちらも本物の栞桜なのだ。
彼女は本当に真っ直ぐで、強くあろうとしている少女だ。敬愛する桔梗の夢を叶えるため、自分が強い武士になろうと努力を重ねてきた。
だからこそ、その努力が性別という生まれつきのものでひっくり返されることが悔しくて、そのことを笠に威張る男たちが彼女の周りには多過ぎて……そんな男たちに勝てない自分自身が悔しくて、不甲斐なくて、こんな風に弱い気持ちを抱くようになってしまったのだろう。
普段はそれをおくびにも出さず、性別を捨てた強い剣士として振舞おうとしているが、それでもふとした時に本心が漏れる。
栞桜の男嫌いの原因はこのコンプレックスで、それが故に彼女の良い部分である真っ直ぐさが失われているのだと感じたこころの耳が、更に気になる言葉を捉えた。
「わかっているんだ、あいつらが悪い奴じゃないってことは……! でも、どうしても、男だと思うと憎しみが抑えられなくなる。その上、失敗作である私が求めていた才能まで持っているとなると、私は……!!」
「え……? 栞桜さんが失敗作って、どういう……?」
「あ……っ!?」
不意に栞桜が漏らしたその一言を、こころは聞き逃さなかった。
失敗作、というおよそ人間には相応しくないその発言を突っ込まれた栞桜は、はっとした表情を浮かべると慌てた様子で立ち上がり、こころから逃げるようにして自分の部屋へと駆け出そうとする。
「ま、待って! 栞桜さん! 私の話を聞いて!!」
目にも止まらぬ速度で自分から離れていく栞桜の背にそう叫びかけ、こころも急いで立ち上がる。
若干、気まずさを感じていたのか、逃げ出していた栞桜はその呼びかけに足を止め、振り返ることなく黙って彼女の言葉に耳を傾け始めた。
「わ、私……上手く言えないけど、栞桜さんの気持ち、少しわかります。私たちの世界でも男女差別ってものがあって、どうしても昔からの観念が捨てられない人がいて……女の人が、男の人に下に見られるってことも沢山ある、けど――っ!」
人に自分の想いを告げることに慣れていないこころの話は、たどたどしくて不格好だ。
だが、それでも……今、自分の伝えたいことを栞桜にぶつけなくてはと必死になって、彼女は懸命に言葉を紡ぎ続ける。
「私は、栞桜さんが羨ましいです! 戦える強さを持っていて、負ける悔しさを味わっても歯を食いしばって立ち上がれる心の強さを持つあなたが、本当に羨ましいと思います! 私は……あなたのようにはなれない。燈くんの隣で戦うことも、助けることも出来ません。私はいつだって、助けられる側の人間だから……そうやって、強くあろうとするあなたが羨ましい、です……!」
その言葉は、こころの偽らざる本心。彼女が自分自身に感じていた不甲斐なさが、栞桜たちと出会ったことで噴き出した想い。
こころは、既に諦めた。自分には燈のような膨大な量の気力はなく、身体能力だって低い。今から宗正に戦い方を教わったところで、一生かかっても燈たちには追い付けないどころか、足手纏いになるだけだということを理解していた。
だから、彼女は燈と共に戦場に立つことは出来ないのだと、彼の危機を救うだけの力はないのだと、そうやって諦めていた。
今の自分に出来ることは燈たちの生活の面倒を見ることくらいで、そこに自分の居場所を見出そうとしていたこころの前に、燈たちにも負けないくらいに強い栞桜たちが現れたのだ。
悔しかった、自分が出来ない燈と共に戦うということが出来る彼女が。
変わって欲しいと思った、そんなに燈たちが信用出来ないのならば、その立場を自分に譲ってくれと何度も願った。
だが、それ以上に……憧れた。この日のために努力を重ね、悔し涙を流すくらいに真剣に強さを追い求めた彼女たちを、こころは格好いいと思った。
だから今、彼女は本心から栞桜を応援したいと思っている。
自分に出来ないことを成せる彼女たちにコンプレックスを抱きながらも、それでも彼女たちに頑張ってほしいと心の底から願っている。
その想いを、不器用ながらも必死に伝えたこころは、栞桜への言葉をこう締めくくった。
「私は、なんで栞桜さんが自分を失敗作って言ったのかはわかりません。でも、それでも……私は、そんな栞桜さんのことが羨ましいです。そんな風に思っている人間がここに居るってことを、覚えていてください」
少し息切れしながらも自分の想いを言葉にしたこころは、自分に背を向けたままの栞桜をじっと見つめる。
身動ぎも一つも見せずに、こころの話を聞き終えた彼女は、再び足を前に進める直前に、消え入りそうな声でこう呟いた。
「……ありがとう。いい奴だな、お前は」
「あっ……!」
その言葉だけを残して、今度こそ栞桜が廊下の先に消えて行く。
夜の闇の中で、背を向けている彼女の表情をこころが窺い知ることは出来ないが、しかし……きっと、栞桜は悲し気な表情を浮かべているのだろうなと、こころはそう確信めいた予感を感じていたのであった。
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