秋音なお

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四話

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「そういや、君はピアスとかしないの?」
「ピアス、痛そうじゃないですか」
「ピアス? 言うほど痛くないよ? そりゃ、軟骨とかそういうぶ厚いところにあけるって言うなら別だけど、耳たぶとか一瞬だよ。ほんと一瞬」
「にわかに信じ難いんですよね、それ。ピアスあけてる人はみんな言いますけど」
「えー。ほんとなんだけどなぁ」

 寝転がった僕らは死に方、互いの殺し方なんて忘れてしょうもないことばかり、たわいもないことばかりを話すようになっていた。その内のひとつが、先輩の耳で煌びやかに月光を反射させているピアスについてだった。
 先輩は高校生の時からピアスをあけていたが、それでも両方の耳たぶにひとつずつだけだった。大学生になってからは制限もなくなったからか、数ヶ月にひとつの頻度で増えていた。今はもう十個はあるだろうし、なんなら舌にもあいていた。ピアスをあけるタイミングというのは決まってなく、先輩の気分次第らしくて、ある時は二ヶ月連続でピアスが増えていた。
 そういうものなのかと聞けば、そういうものなのだと返ってきたから、多分そういうものなんだろう。

「……今何個あいてるんですか? ピアス」
「んーとね、ロブがあって、右のトラガスがあって、インダストリアルがクロスしてるから……」
 呪文のようなカタカナが聞こえる。
 多分、ピアスの名前なのか種類なんだろう。検討もつかないが。
「耳だけだと十二かな。あとは舌ピ。あ、チェストもあったのを忘れてた」
「チェスト?」
「鎖骨のところにあけてるの。これこれ」
「ち、ちょっと…!」
 先輩はピアスを見せるためなのか、一度起き上がるとシャツの裾に手をかけ、そのまま脱ごうとする。多分、酔った勢いっていうのもあるんだろう。僕が慌てて止めるが、本人はその理由をよくわかっていないようだった。

「な、なんで脱ごうとするんですか!?」
「え? だってその方が見やすくない?」
「いやいや、考えてください。僕男ですよ?」
「別に減るもんでもないしよくない? 相手も君だし変なことしないでしょ。あたしの下着姿見たくらいじゃなんにも思わないだろうし」
「そ、そういう問題じゃなくてですね、もう少し自分が女の子だって自覚を持ってください、本当に…」
「君は真面目すぎるよ。こういうのはさ、見れるなんてラッキー、くらいのスタンスでいいんだよ、もう」
 僕があまりにも過剰に反応するからと先輩は脱ぐのをやめてくれた。助かったと思う反面、どこかでもったいないことをしたなとも思った。情けないなとも思った。
「……君はそんなんだからいつまでも童貞なんだよ。もっと行く時は行かないとダメ。女の子がリードしてくれるなんて思っちゃダメだよ。押し倒すくらいの勢いじゃなきゃ、女の子が逆に可哀想」
「……どうせ知ったところで使いませんよ、僕は」
「ばーか」
 先輩は僕の額を指で弾いた。痛くはない。

「……ね、ハグしてよ」
「は、ハグ!?」
「うん、ハグ。それとも、君はぎゅーとかそういう言い方の方が好きだったりした?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあハグでいいや。ね、して?」
「……わ、わかりました」

 すみません、となにに対してかわからない断りを入れて、その背中へと腕を回す。先輩の体は華奢で薄くて折れてしまいそうで、そしてなぜか震えていた。
 それが僕には恐ろしくて、壊れないようになんて思いながらも強く抱きしめてしまった。薄いという表現は女の子の体に対して正しいものなのかわからなかったが、でもそう形容するしかないくらいに薄かった。こんな小さな体に希死念慮が詰まっているのかと思うと、悲しくてしかたがない。

「……君って、こんな体温をしていたんだね。今日まで知らなかったよ。最後に知ることができてよかった」
「……忘れないでくださいよ。忘れたら化けて出るんで」
「化けるもなにも、その時はあたしも化ける側なのに?」
「言葉の綾ってやつですよ」
「ふーん? なるほど?」

 先輩はまた寝っ転がると、背中いたーい、なんて笑った。
 このまま時間だけがすぎて、あたりまえに明日が来てくれたらいいのに。
 でもそれが叶わないことも同時にわかっている。

 先輩は必ず、死のうとするから。

 だから僕が先に死のうなんて考えていた。
 僕一人の命に大きな力はないかもしれない。
 でも、僕が先に死ねば先輩に現実を叩きつけることができる。
 人が死ぬとはどういうものなのか、叩きつけることがてきる。
 それが、先輩の自殺の抑止力になればいいと思った。
 そのままずっと生きてくれたらいいと思った。

 長く長く生きて、生き続けて。
 僕のことだってさっさと忘れてくれたらいい。
 こんな記憶、抱えていたって人生の汚点になるだけだ。
 忘れてくれていい。

 先輩は、ずっと生きてくれたらいい。
 それだけで、僕は満足できるから。

「ね、わがままいい?」
 先輩は思い立ったようにショルダーバッグを漁ってなにかを取り出す。

「君の耳に、ピアスをあけたい」

 取り出したのはホッチキスのような形をした器具。
 ピアッサーと呼ばれるものだった。
「……痛くないなら」
「もちろん、善処はするよ? でも痛かったらごめん」
「それ痛いって言ってるようなもんじゃないですか」
 まぁまぁ、とあやす先輩に負けた僕はしぶしぶ耳を差し出す。
 先輩はピアッサーをパッケージから取り出すとそれを構えた。

「……てかなんでそんなの持ってたんですか」
「軟骨にあける用を買ったつもりだったのが非対応だったの。でも捨てるのもなぁって思ってたらいつの間にかバッグの中で眠ってて。でもいいじゃん。捨てずに済むんだから」
 右と左、どっちがいい? と聞かれた僕はなにも考えず反射的に右と答えた。僕は右利きだったし、先輩も右の耳の方がピアスが多くついていた。どうせなら真似したかった。

「おっけー」

 ガシャン、という大袈裟な音が鳴って、右耳になにかの感覚が走る。
 ピアッサーが作動した音だ。
 あっという間に穴があき、ファーストピアスと呼ばれるピアスが耳についていた。
 痛みは、ほとんどない。
 似合ってるよ、という先輩の楽しそうな声が弾んでいる。

「とりあえず、しばらくはあんまり触っちゃダメ。バイ菌が入っちゃうからね。消毒もできるだけ毎日ちゃんとした方がいい。あとの手入れとかは自分で調べて。化膿すると結構だるいししんどいから」
「アフターケアまで教えてくれるんですね。……心中するのに」
「そりゃ、まぁ……ねぇ。ほら、……こういうのって、知ってても損にはならない、でしょ?」
「……そう、ですね」

 お互いになにかを隠し、含ませ、仄かに匂わせるように言葉を吐く。
 まるで殺す機会を伺っている暗殺者のようだ。
 いや、それもそうか。
 僕らは互いに加害者で被害者だった。
 それくらいがいいのかもしれない。

 ……それはやっぱり、寂しいけれど。

「ね、ちょっと寝ない?」
「……寝るんですか?」
「うん。ほら、あたしたち心中しようって言ってるけどやり方も決まってないじゃん。こんなに暗いと他にすることだってもうないでしょ?」
 スマホの充電もないし、も続ける先輩に僕は「それもそうですね」と曖昧に返す。
 スマホの充電は、十パーセントくらいしか残っていなかった。
「……じゃあ、寝ましょうか」
「うん」
 お互い、並んで寝転ぶ。川の字のように、とも思ったが二人じゃ一本足りない。僕は目覚まし機能が働くかはわからないが一応の望みをかけて六時にアラームをかけた。
 先輩より早く起きて先に死んでやろうという魂胆だった。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 向き合って寝るなんてことはできなくて、僕らは背を向けあって寝た。
 でも年頃の異性を横に寝つくなんてできなくて、僕はずっと波の音を聞いていた。

「……起きていますか」
 しばらくして声をかけたが返事はない。
 聞こえるのは、すーすーと言う寝息。
 もう寝てしまったらしい。先輩らしいと思った。
「……勝てませんね、ほんとに」
 僕は聞こえないようにため息をついて目を瞑る。

 早く起きて、死ななくてはいけない。
 やり方はわからない。
 でも海に飛び込めばなんとかなると思った。
 なし崩し的な思考だ。
 それでダメだったら、また考えよう。
 とりあえず、先輩より先に死ねばいいんだから。

 僕はゆっくりと意識を手放しながらも考えた。
 答えの定まらない思考は融解し、徐々に眠りに落ちていく。

 そうやって眠り、スマホのアラームで目を覚ました。
 午前六時。僕の予定通りに起きることができた。
 あとは先輩より先に、死ぬことができたら。
 そう思ったつかの間、僕は言葉を失う。

 先輩の姿が、どこにも見当たらなかった。
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