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 マルは、エイデンから薬学の基礎を学び始めた。
 薬部屋の薬草に興味を持った彼女に、エイデンが勉強の話を持ちかけたのだ。
 助手ができることは、一人で医者をしているエイデンにとってもありがたい話だった。

 最低限の読み書きはできるものの、獣人の国の城でロクに教育を受けてこなかったマルは、知識がかなり偏っている。
 そのため、エルフの子供たちが最初に勉強する内容も並行して学んでいた。
 しかし、勉強中にエイデンの体が触れたりすると、それだけで集中力が飛んでしまう。
 なんだか昨日から様子がおかしな自分に、マル自身も戸惑っていた。

 そんな折、また新たな患者がやって来た。今度の相手は重病を患った老エルフだ。
 息子に付き添われながら、木製の車椅子で運ばれて来る。
 エルフは頑丈だが、全く病気をしないというわけではない。
 むしろ、エルフがかかるような病気は、特に悪質なものと言っていいだろう。
 前々からエイデンが治療をしていたらしいが、エルフが年寄りで体が弱っているため、取れる措置が限られてしまうということだった。

「悪い部分が広がり過ぎて、手の施しようがありません。この分では回復は難しいです。少しでも延命できればと思いますが」
「…………やはり、そうですか」

 診察が終わった後、エイデンは「患者の命は長くないだろう」と、その息子に告げた。
 息子の方もそれは予測していたみたいで、エイデンに向かって今までの延命措置の礼を言っている。
 魔法を使える万能なエルフでも、医療の世界では使用に限界があるのだ。
 患者たちが帰った後、エイデンの口数は少なかった。落ち込んでいるのが、傍目にも見て取れる。

「あの、エイデン……あなたはできることを全てやったのでしょう? あの人の息子が言っていたよ、本来ならとうに命を落としていたって。それを助けてくれたのは、エイデンだって。そうやって、自分を責めないで」
「……」
「エイデンはすごいよ。賢いし、優しいエルフだよ」

 マルはエイデンがそうしてくれたように、診察室の椅子に座っている彼の頭を撫でた。
 急に触ったので驚いたのか、尖った耳がピクリと揺れる。

「ありがとうございます、マル……」

 椅子から立ち上がった彼は、そっとハムスター獣人の花嫁を抱き寄せる。
 マルは抵抗しなかった。

「君がいてくれてよかった」 

 パチパチと瞬きするマルの目の前に、エイデンの顔が近づいてくる。
 そうして、唇に温かいものが触れた。

「…………」

 生まれて初めて他人から受けたキスに、マルの思考が停止する。

「エ、エイデン……?」
「すみません、マルが愛おしくて。つい……」

 なんだか甘酸っぱい空気になり、お互いの動きがぎこちなくなった。
 不思議と、それが嫌ではない。

「エイデン」
「なんですか?」
「私、エイデンのこと、嫌いじゃないよ。最初は、あなたのことを警戒していたけど、だんだんわかってきたし」

 マルは、おそらく自分はエイデンのことが好きなのだろうと自覚していた。
 ライリーに笑顔で駆け寄ったサラミのように、夫のことを自慢げに話す兎や雌牛の獣人たちのように、自分を選んだエルフに好意を持ってしまった。

 だが、そのことを後悔してはいない。
 これから彼とエルフの国で生きていくことに、純粋に希望を感じていた。
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