ある日、ぶりっ子悪役令嬢になりまして(トライア編)

桜あげは

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 ベアトリクスが、私を部屋へと案内してくれる。
 トライアは、途中で王様の呼び出しが掛かってしまい、しぶしぶ去って行った。

(助かったぁ……)

 けれど、こんなことでは先が思いやられる。
 二人きりになったところで、ベアトリクスが私に過去の話をしてくれた。

「お察しの通り、私もこの世界へ飛ばされて来た人間です。気が付いたら、ベアトリクスの中に入っていました」
「……私と同じだよ。高校の階段から落ちて、気付いたらカミーユになっていたんだ」
「……私も、大学の帰りにマンホールを踏み抜いて落ちたのです」
「お互い、大変だったね。よりにもよってライバル令嬢だもの……あのさ、私に敬語は要らないよ。元の世界ではベアトリクスの方が年上でしょう?」
「そうはいきません。あなたは、主の妻となる方ですから」

 何を言っても、ベアトリクスは頑として丁寧な口調を崩さなかった。
 これはもう諦めるしかないのかも……

「ここが、あなたの部屋ですよ。隣は若様の部屋になりますが、鍵をしっかりと掛けられることをお勧めします。特に正式にご結婚されるまでは、二人の部屋の間をつなぐ扉の鍵を掛け忘れないようにしてくださいね」
「……? わ、分かった」

 二人の部屋を繋ぐ扉って、一体何のための扉だろう?
 普通に部屋の扉から廊下に出て、廊下から隣室に入ればいいと思うのだけれど……変なの。

(ベアトリクスもこういっていることだし、この扉の鍵は閉めさせてもらおう。いつでも他人が出入り出来る状態というのは、落ち着かないものね)

 その後も、私とベアトリクスは、元の世界の話で盛り上がった。
 自分と同じ境遇の人間がいたなんて、少し安心する。
 彼女も、ライバル令嬢としての破滅を恐れて騎士の道へ進んだらしい。今では、その強さが認められてトライアの護衛をしているそうな。
 破滅しそうになれば、逃亡して剣の腕で食べていくと決意しているなんて……このベアトリクスは、かなり逞しい女性のようだ。

「それにしても、あの若様がカミーユ様に求婚するなんて思いませんでした」
「そうだよね、私もびっくりだよ」
「舞踏会であなたに出会ってからというもの、あの方の女好きはピタリと消え失せたのです。嘘みたいでしょう?」
「へえ、あの女の子大好きなトライアがねぇ……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

 トライアが、私の何を見て縁談の話を持って来たのか……未だに私はよく分からないのだ。
 不安を隠しきれずにベアトリクスを見ると、彼女は苦笑いしながら私に告げた。

「まあ、あんな感じですけれど、若様は根っからの悪人という訳ではありませんよ……たぶん。ああ見えてイケメンだし、お金持ちだし、王族だし。あなたに会ってからは心を入れ替えたのです……たぶん。だから、何も心配要りませんよ」
「ベアトリクス、目が泳いでる……」

 益々不安になる私であった。



 しばらくすると、トライアが戻って来る。

「カミーユ、お待たせー♪ 僕がいない間、寂しかった? ごめんねー?」
「全然寂しくなかったよ。ベアトリクスもいたし」

 女子二人で、「ねー?」と声を合わせると、トライアは悔しそうに地団駄を踏んだ。

「なんで、そんなに仲良くなっているの!! ベアちんばっかり、ズルい!」
「……日頃の行いの差ですよ」

 ベアトリクスにズバリと切り込まれて撃沈したトライアは、標的をベアトリクスから私に切り替えた。

「ところで、カミーユ。トパージェリア風の服も似合うね?」
「えっ!?」

 トライアに言われて、私は用意された部屋でメイドに服を着替させられたことを思い出す。

(いつまでも、輿入れ仕様では疲れてしまうからね……)

 けれど、このトパージェリア風の衣装というのが曲者だった。
 なんせ、布面積が、あり得ないほど少ないのである。
 トパージェリアの女性の中では、臍出しは当たり前。下手をすると、ビキニレベルの露出加減の衣装を着ている強者もいる。

(無理、絶対に無理!)

 そうして、数ある衣装の中から私が選んだものは、ディズニーのアラビア風お姫様が着ていたような衣装だった。
 ダボっとしたズボンに胸当て。トライアほどではないが、ジャラジャラとした金色の飾り。
 肌の露出を控えがちなカーネットの文化から言うと考えられない衣装であるが、これが一番布面積が広くマシだったのだ。
 郷に入れば……とはいうけれど、しばらくの間は順応出来そうにない。
 だが、そんな私の心中を察せられる筈もなく、トライアは嬉々とした表情を浮かべてはしゃいでいる。

「可愛いなぁー♪ ウエスト、細いねぇー。カミーユ、こっちに来てもっとよく見せて?」
「せ、セクハラ発言!」
「僕は夫だから、セクハラじゃないよー」
「まだ、夫じゃないもの。トライアは婚約者だよ?」
「似たようなものじゃん、いずれは夫になるんだからさーあ」

 私が頑として動かないのを見て取ったトライアが、自分の方から近づいて来た。

「ところで、カミーユ。トパージェリア式の魔法実験室を見たくない?」
「え……? 魔法実験室?」
「うん、僕が普段使っている実験室なんだけどね。ガーネットとは違う部分もあるかもしれないよ」
「見たい!」

 気が付けば、私の口はトライアにそう告げていた。
 それを見た彼が、ニッコリと目を細める。

「じゃあ、行こう♪ こっちだよ」
「え、そっちって、トライアの部屋じゃ……!?」
「実験室と僕の部屋は、繋がっているんだ。その方が便利だし」

 それは聞いていない!
 なんだか、危険な予感がする。トライアめ、本当に油断のならない奴だ。

「べ、ベアトリクスも一緒に……」
「申し訳ありません。私はこれから午後の鍛錬が……代わりの護衛を置いて行きますので」
「ええっ!?」

 そんな薄情な! 困ったことがあれば、力になってくれるって言っていたのに!
 先程のこともあり、トライアと二人きりというのは心配である。

「なぁに、カミーユ? ソワソワしちゃって。一体、何を考えているのかなぁ?」

 ニヤニヤしながら、トライアが私の顔を覗き込んでくる。

「何も! 断じて、何も考えてない!」
「可愛いなあ、顔が真っ赤だよ? イケナイこと考えていたのかなぁ?」

 それはアンタだ!

「せ、セクハラ発言! しかも二回目!」
「だーかーらー、僕はカミーユの夫なんだから、その限りじゃないんだってばぁ」
「そうは言うけれど、婚約者の段階でそんなことをしてはいけないと思うんだ。途中で解消されることだってあり得るんだからね」

 国の事情や、個人の都合で婚約を解消されるという話は存在する。
 特に王族のトライアは、国内のあれやこれやに左右される筈だ。

「カミーユってば、そんな心配をしていたの!? 大丈夫だよ。カミーユが成人すると同時に、正式に結婚式をして夫婦になるからね?」
「いや、だから、その……」
「もしかして、一年も待ちきれないの? カミーユは、せっかちだなぁ」

(どうしよう……言葉が通じない)

 私の困惑を余所に、トライアは始終機嫌が良さそうである。
 その後、ベアトリクスと交代した護衛の男性と共に、私達はトライアの魔法実験室へと向かったのだった。
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